テラーノベル
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翌朝、三人は警察署を訪れ、紫野は昨夜の真司との出来事を、国雄たちは知る限りのすべての情報を提供した。
聴取は数時間で終わり、午後には三人は帰途についた。
蒸気機関車の揺れに身を任せながら、紫野はぼんやり窓の外を眺めていた。
一方で、国雄は通路を挟んだ向こう側に座る進と話をしている。
「警察の話では、女性は夜のうちにホテルを出ていたそうだ」
「実家に戻ったのか? それとも、どこかへ逃げたのか?」
「世間知らずの甘やかされた娘に、逃げるつてもないだろう?」
「それもそうだな。もし実家へ戻っているなら、警察がすぐに訪ねるだろう」
「となると、小さな町だ。すぐに噂が広まるな」
「ああ」
国雄は顎に手を当て、考え込むような表情をしている。
会話が途切れた時、紫野が国雄に尋ねた。
「蘭子様は、警察にはいらっしゃらなかったのですか?」
「うん。昨夜のうちにホテルを出たみたいだね」
「逃げても、追われるだけなのに……」
「もし実家に戻っているとしたら、今頃、父親に泣きついているのかも……」
「そんな……」
紫野は亡き父が大切にしていた会社の行く末を思い、胸に広がる不安を抑えきれなかった。
そんな彼女の不安そうな表情に気付いた国雄は、安心させるように言った。
「会社のことは心配しなくていい。僕がなんとかするから」
「申し訳ありません……いろいろとご迷惑をおかけして」
「気にしなくていいよ。それより、到着まではまだ時間があるし、幸子さんのための編み物でもしたらどう?」
「はい……」
国雄の言う通り、編み物に集中すれば余計なことを考えなくて済むと思った紫野は、毛糸を取り出して静かに編み物を始めた。
その頃、大瀬崎家では、蘭子の父・源太の怒鳴り声が家中に響き渡っていた。
「お前は、なんてことをしてくれたんだ!」
源太は怒りを露わにしながら、娘の頬を手のひらで叩いた。
「きゃっ!」
「あなた! やめてください!」
「止めるな! 娘が殺人を犯したんだぞ! 直接手を加えていないとはいえ、これは立派な犯罪だ! 俺の顔に泥を塗るような真似をしやがって、一体なぜこんなことをしたっ!」
初めて父親に手を上げられた蘭子は、床に崩れ落ち、放心状態でただ沈黙していた。
その様子を見た母の和子は、すぐに駆け寄ると、娘を抱き締めながら夫に向かって叫んだ。
「何もかも、あなたのせいです! あなたが事業に失敗してばかりだから、この子に不憫な思いをさせ続けてきたんですよ!」
妻の言葉を聞いた源太は、さらに逆上し声を荒らげた。
「なんだと! 俺がいつ娘に不憫な思いをさせたんだ? 女学校へ通わせ、欲しい物は全部買い与えてきた! すべて蘭子の望むままにしてきたのに、何が不憫だ! 母親であるお前が甘やかしすぎた結果がこの有様だろう! 分かってるのか?」
怒号が響く中、沈黙を保っていた蘭子が突然笑い声を上げた。
「あはっ、あははははっ! ああ、可笑しい!」
「何が可笑しいんだ、蘭子! 言ってみろ!」
源太が娘を問い詰めると、蘭子はゆっくり立ち上がり、腕を組んで冷たい微笑みを浮かべながら言った。
「はぁっ? 娘に不憫な思いをさせなかったですって? 何言ってんの、このバカ親父!」
「お前! 父親に向かってなんだ、その口のききかたは!」
「だから、バカだって言ってんの! あんたは、娘にどれだけ惨めな思いをさせてきたか分かってるの? バカにするのもいい加減にして!」
蘭子はふんと鼻を鳴らし、さらに言葉を続けた。
「あんたが東京で会社を倒産させるたびに、私は女学校で笑い者だったのよ! 周りから哀れみの目で見られる娘の気持ちを想像してごらんなさい! 最後の会社が潰れた時、行くあてのないあんたを助けたのは誰だった? この私よ! 感謝されるならともかく、どうして私が責められなきゃならないの? ふんっ!」
「な、なんだとぉ~!」
源太が右手の拳を振り上げた瞬間、母親の和子が慌てて立ち上がり、その腕にしがみついた。
「あなたっ! やめて!」
「どけっ! 邪魔するな!」
源太は必死にすがりついてくる妻を振り払う。その勢いで、和子はバランスを崩して壁に激しく身体をぶつけた。
その場に崩れ落ちる妻を一瞥した源太だったが、怒りに支配された心は止められない。
その時、蘭子は冷たい笑みを浮かべながら、鋭い口調でこう言い放った。
「お母様だっていい迷惑よ。いいところから嫁いできたのに、不甲斐ない夫のせいで、みじめな思いばかり。東京育ちのお母様がこんな田舎にまでついてきてくれたのに、あんたは感謝ひとつしないで、自分のやりたい放題。おまけに、娘がせっかく用意してあげた社長の座まで追われそうな勢いだし……。ううん、それだけじゃない。娘の縁談ひとつまとめられない父親なんて、いてもいなくても同じじゃない! あんたがもたもたしてるせいで、国雄様は紫野と婚約しちゃったじゃないの! 一体どうしてくれるの?」
国雄と紫野の婚約のことを初めて知った源太は、驚いた表情で妻に向き直った。
「紫野が村上家のご子息と婚約したって、本当なのか?」
源太の問いに、和子は髪を整えながら静かに言った。
「ええ、そのようですわ……」
「!」
衝撃を受けた源太は、頭を抱えながら唸るように言った。
「ということは、村上家からの資金援助は期待出来ないってことか……なんてことだ……」
重苦しい沈黙を破るように、和子が口を開いた。
「紫野は私たちの姪なんですよ。きちんと村上様にお話しすれば、援助してくださるのではありませんか?」
その言葉に、源太は再び怒鳴り声を上げた。
「そんなことできるわけないだろう! 馬鹿かお前は! 村上家のご当主は、人の道に外れたことが大嫌いなお方なんだ! もし、蘭子のことが知れてみろ、ただでは済まないぞ!」
彼は拳を握り締めながら、吐き捨てるように続けた。
「ご長男のフィアンセである紫野の両親を、蘭子が殺めたなんて……もう駄目だ、俺たちはおしまいだ……一体なぜこんなことに……」
嘆く父親の様子を見て、蘭子はみるみる青ざめていく。
「お、お父様……私はどうなるの? 私は直接、紫野の両親を殺したりはしていないわ。あれは、真司さんが……」
「お前は本当に世間知らずだな。直接手を下していなくても、指示した側にも責任があるんだよ。だから、お前は警察に捕まるだろう」
夫の言葉を聞き、妻の和子は恐怖のあまり声を荒げた。
「あなたっ! ま、まさか、蘭子を警察に引き渡したりはしないわよね?」
「お父様! ごめんなさい! どうか許してください! 蘭子はこれからは真面目にちゃんとやりますから、どうか、どうか警察だけは……」
窓の外を見つめていた源太は、重いため息をつきながら肩を落とした。
「もう手遅れだよ。警察が来たようだ」
「「ええっ!!!」」
その時、ノックの音が響き、扉越しに使用人の声が響いた。
「旦那様、警察がお見えです」
源太は目を閉じて深く息を吸い込むと、覚悟を決めたように冷静に答えた。
「応接室へお通ししろ」
「承知いたしました」
使用人が立ち去ると、源太は寄り添っている妻と娘の姿を冷ややかに見つめた。そして、絶望の表情を浮かべながら重い足取りで静かに部屋を出て行った。
コメント
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殺人、そして会社を不正に乗っ取り、おまけに相続権のある先代の娘を虐待し追い出しておいて…💢 家族皆、自分の保身ばかりで全く反省もしていない⁉️😱 まぁこんなどうしようもない親だから、モンスターみたいな娘が育つのでしょうね…😰 親子揃って、一生をかけて しっかり罪を償ってください‼️👮🚓
ザマぁ😎
自分たちの身を心配するばかりの最低な親子( ꐦ ・᷅ὢ・᷄ ) 罪を償う気持ちを一言も発せないところに、同情の余地は全くなし。 しっかり罰せられるべきです!