テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ねこさん⛄️
2,913
#現代ドラマ
ゆうき あきや
1,587
ふぃる汰
309
星桜かい
4,102
翌日の午前、九さんがお弟子さん2人を連れてきてくれた。でも、彼女たち2人を見て私はひっくり返るかと思った。エプロンドレスを着た女の子2人、どう見ても中学生!
「え、わ、若いですね……?」
ビビる私に、九さんは何でもないように言った。
「お主より年上じゃぞ、まあ化け狐は長命じゃから、長年生きても童に見えるかもしれぬが」
女の子たちは次々に言った。
「初めまして! 矢車と申します、70歳です!」
「初めまして、薄荷と申します。71歳です」
「そ、そうですか……」
私の祖父母世代より、ちょっと下くらいか……。
とりあえず3人を応接間に通し、コーヒーを出そうと厨房に行く。そしたらヤカがもう触手でコーヒーを淹れといてくれたんだけど、「一緒に話ししようよ」と応接間に連れて行こうとしたら、ヤカはシーツ被った人型にはなったものの私の背中に隠れてしまった。
「どうしたの」
{怖い}
「怖い!?」
{私はこんな姿しかできない、彼女らが私をどう受け取るかわからない、怖い}
「大丈夫よ、ヤカのこときちんと話してあるから」
{でもあなたとは違う受け取り方をするかもしれない、怖い}
「じゃあ私の後ろに隠れてて構わないから、同席はして」
そう言うと、ヤカは本当に私の背に隠れられるくらい小さくなって私のあとについてきた。応接間にヤカを連れて行くと、九さん以下は目を丸くした。
「そやつが{お館様}か?」
「なんで西洋のお化けの格好してるんですか?」
「前見えなくないですか? 大丈夫ですか?」
いろいろな問いを受けて、ヤカはさらに私の背中に隠れて縮こまってしまった。私はコーヒーを出しつつ言った。
「そうです、{お館様}です。人前に出るの怖いみたいで……見た目のことはあんまり気にしないであげてください」
ヤカは震えつつ私にささやいた。
{前に、あなたは自分のことを『お館様の代理人』だと言った}
「言ったけど」
{代理人に全面的に任せたい}
「怖がりすぎでしょ……まあ、ヤカがそれでいいならやるけど」
そういう訳で、ヤカはソファの座面の後ろに隠れ、私は普通にソファに座り、3人に改めて自己紹介をした。
「じゃ、改めてよろしくお願いします、牧之原真希と申します。後ろにいるのはずっとこの館の手入れをしてくれてた人で、こないだヤカって名前をつけました」
ヤカは頭だけ出し、蚊の鳴くような声で{よろしく……}と震えつつ会釈した。
「妾もきちんと自己紹介しておらなんだな、九と言う。宇迦之御魂神様という、穀物の神様に仕えておる。一応、千年と少し生きておるぞ」
そんなに!?
おかっぱの女の子の方が元気に言った。
「矢車です、戸籍上は矢車浅葱です!」
ハーフアップの女の子の方が落ち着いて言った。
「薄荷です、戸籍上は安留辺薄荷です」
2人に頭を下げられたので、私も頭を下げた。
「よろしくお願いします。ええと、2人には家事一般とその他雑用と、あと、私が外出するときの付き添いを主にお願いしたいんですが」
私がそう言うと、九さんが「この2人には敬語を使わずともよい」と言った。
「お主より年上じゃが、精神的にはお主より幼いからの。人間社会の厳しさを教え込む勢いで使ってやってくれ」
「そうなんですか?」
幼いって言われると不安なんだけど。それに別に厳しく扱う気ないんだけど。
「えーと、じゃあ。具体的に言うと、2人にはうちで平日9時5時で働いてもらって、館中の部屋の空気の入れ替えと、買い物と、水回りの掃除と、朝昼晩どれか1食のご飯づくりをやってほしいのね。あ、あとお洗濯もしてほしい。私が外出するときは付き添いもやってほしい。それ以外にも、必要が出た時は雑用とかもやってほしいの」
私は、持ってきた雇用契約書兼労働条件通知書の叩き台を2人に見せた。
「雇う条件とお給料はだいたいこんな感じ。でもこれで固めたわけじゃないから、2人の要望も聞いて細部を詰める予定。とりあえず、よく読んで」
矢車ちゃんと薄荷ちゃんは真剣な顔で叩き台を受け取り、読み進めてお給金にビビったらしい。
「こんなに頂いていいんですか!?」
「どこか間違ってませんか!?」
私は努めて落ち着いて言った。
「お金はそれであってる。うそや盗みをしないちゃんとした人を雇えるなら、お金は惜しみません。でも、社会保険料と所得税と源泉徴収がそこから引かれるから、実際のお給料は月60万ちょっとかな」
九さんが驚いた顔をした。
「保険? そんなものにまで入れてもらえるのか?」
「勤め人ならほとんどが払う保険ですから。健康保険とか厚生年金とか、払っといたほうがもしものときにいいでしょう? 労災も入っときますよ」
戸籍があるってことなら、普通に人間扱いされてるってことだと思うし。
矢車ちゃんと薄荷ちゃんは、またビビりだした。
「月60万円でも大金ですよう……」
「本当にこんなに頂いていいんですか? 他にすごく難しいことやるんですか?」
私は首を傾げた。
「別に難しいことはないと思うけども……とりあえず、最後まで全部ちゃんと読んで」
「はい」
「わかりました」
矢車ちゃんと薄荷ちゃんは真剣な顔で叩き台の紙に目を落とし、しばらく経ってから顔を上げた。
「たぶんこれで大丈夫だと思うんですけど……でも、その……」
矢車ちゃんと薄荷ちゃんは顔を見合わせ、「住み込みって話じゃなかったっけ」「通い?」とぼそぼそ話し始めた。あ、そうか、その問題があったか。
「住み込みでも通いでも、こっちはどっちでも構わないんだけども。住み込みならうちの部屋貸して、電気水道ガスはタダで、食費も出す予定。それも契約書に付け足すけど、でも通いでも全然いい」
九さんが言った。
「すまぬ、なんとなく住み込みだと考えていて、2人にもそう話していた」
そうだったんだ。
「まあ住み込みでも全然いいんですけど、そうですね……」
私は、大学に上がって一人暮らしを始めた時のことを思い出した。新生活、全部一人でやらなきゃいけないのと、大学っていう新しい環境での勉強と、新しいバイト探して始めるののトリプル苦難、大変だったな。この子たち、新しい仕事に加えて引っ越しと新生活も同時は、ちょっと大変すぎないか?
「その、通える距離なら通いのほうが2人の負担が少ないと思うので、できればそうしてあげたほうがいいと思うんですけど」
「む? そうか?」
「結構負担ですよ、新しい仕事に加えて新しい生活って」
矢車ちゃんと薄荷ちゃんは、すがるような目で九さんを見た。
「いつかは独り立ちしなくちゃいけないと思いますけど、まだ九様のところで暮らしたいです……」
「妹弟子たちもまだ頼りないですし……」
「ふむ……」
九さんは、考え込むように顎に手を当てた。
「そうじゃのう……その、牧之原。妾たち、扉を別の空間につなげられるのじゃが、この館のどこか使わない扉を貸してもらえれば、妾の家への道につなげられるのじゃが」
「そんなことできるんですか!?」
「前に、簡易どこでもドアと言われたことがあるのう」
「本当にどこでもドアですね……」
私は、私の後ろでまだ震えているヤカを見た。
「ヤカ、使わない扉ってある?」
{西棟の勝手口ならほとんど使わない……}
「じゃあ、そこで」
九さんが2人に言った。
「矢車、薄荷、後でその扉を見せてもらえ。お前たち2人でやれば家までつなげられるじゃろう」
「「はい!」」
それから、矢車ちゃんと薄荷ちゃんの要望を聞いた。朝昼晩どれか1食作る件について、朝昼晩のどれを作るのか決めてくれるとありがたいとのこと。私は後ろのヤカに聞いた。
「ヤカは、朝昼晩どれを作ってもらうのがいい?」
ヤカはまだ怯えていたが、私に対してはそれなりにしっかり話した。
{基本的に昼だとありがたいが、予定外のことがあれば夜でも構わない}
「じゃあ、基本お昼で。2人の分の食費も出すから、お昼はみんなで同じもの食べようか」
矢車ちゃんと薄荷ちゃんのこれまでについても軽く聞いた。普通の狐として生まれて、その後化け狐になって、九さんと縁があって弟子になったそうな。九さんの家、異界の山奥の古い一軒家で他の弟子たちと暮らして、何十年もかけて完璧に人に化けられるようになったけど、安定して耳と尻尾を隠せるようになったのはごく最近だそう。逆に、それができるようになったので、九さんは2人を人間界で修行させたいとなったとのこと。
私は、思わず二人に聞いた。
「え? じゃあ耳って出し入れできるの?」
矢車ちゃんと薄荷ちゃんは口々に「できます」「出せます」と言った。
何!? 私やろうと思ったら狐耳少女メイド雇えるの!? いや、そんな趣味丸出しにしたらこの子達に悪いからしないけど、でも一瞬見るだけなら! 一瞬見るだけなら!!
「そ、その……ちょっと耳出してもらえたりしない? 2人とも」
2人とも不思議そうにしたが、「はい」
「これでいいですか?」と、2人の耳にぴょこんと赤茶色の狐耳が生えた。
「きゃー! かわいい! 狐耳メイドが現実に存在するなんて!」
2人がはにかむ中、一人で騒いでいると、ヤカがなぜか私の顔を覗き込んできて、いきなり白い狐耳を生やした。
「あれ? どうしたの?」
{あなたにとってはこのほうが魅力的なのかと思って……}
「え!?」
そんなに私の意向を取り入れる気なの!?
「いやいやいや、無理しなくていいのよ、ヤカがしっくりくる姿が見つかればそれが一番いいんだから」
{そうか……}
ヤカは狐耳を引っ込めた。
矢車ちゃんと薄荷ちゃんのこれまでの生活も聞き取った。電化製品は多少使うものの、これまでスーパーやドラッグストアくらいでしか買い物したことがなく、コンビニもほとんど行ったことはないとのこと。
「銀行は行ったことある? 2人とも銀行口座ある?」
「それはあります」
「ネットのお買い物に使ってます!」
「それならいいや」
なかったら、給与支払いどうしようかと思った。
人間界で修行したくて、人間社会での暮らしを覚えたいんだよなあ、この子達。ちゃんと働いてもらうかわりに、教えられることは教えようか。コンビニATMの使い方くらい覚えてほしいしな。あとは、社会勉強……いや、待てよ?
「えっと、2人は、学校通ったことはあるの?」
ずっと九さんちで修行だったんだよね!? 字とか読めるの!?
薄荷ちゃんは「普通の学校に通ったことはありませんが……」と申し訳なさそうに言ったが、矢車ちゃんがあとを引き継いで言った。
「30年くらい前に塾講師のおばあさんと縁があって、10年くらいかけて高校までのお勉強を教えてもらいました」
「あ、なら一通りは大丈夫ね」
勉強は一通りやってると。
「じゃあそんなに忙しくない仕事だから、社会勉強として、ニュースとか新聞とか見て今の知識を入れるのと、そうねえ、他でも働けるようにしたいなら、パソコン覚えるといいかな、どれくらいできる?」
矢車ちゃんが鼻息荒く手を挙げた。
「動画編集一通りできます!」
薄荷ちゃんはしょんぼりした。
「ツイッター見てメール送るくらいしかできないです……」
逆に、矢車ちゃんはなんで動画編集ができるんだ? でも、もっと基礎的なことはたくさんあるしなあ。
「矢車ちゃんは、Excelとwordはできる?GoogleスプレッドシートとGoogleドキュメントでもいいけど」
矢車ちゃんは途端にしょんぼりした。
「それはあんまり……」
なるほど。
「そっか、じゃあ二人とも、ExcelとWordの使い方覚えようね。暇な時間に勉強してね、教材の費用出したげる。一応目標があるといいと思うから、Microsoft Officeスペシャリスト、MOSっていう資格を目指そう。あと、30年前の教育となると、情報科目があってないようなものだから、それだけは新しく勉強しておいたほうがいいと思う。でも教科書買ったげるし、YouTube見れば塾講師なんかが教えてくれる動画あるからね」
2人は「「はい!」」と頷き、九さんはなぜか微笑んだ。
「どうかしました?」
「いや、薬師如来様のお目は確かだと思ってな」
「?」
何のことだろう?
「まあよい、もしお主に暇があれば、いんたーねっととの付き合い方も見てやってくれぬか? 矢車がいろいろやりたいようでの」
へー、だから矢車ちゃん、動画編集だけはできるのかな?
「わかりました、ネットとの付き合い方の教材も探せばたくさんありますから、まずはとにかく勉強ですね」
その後また話し合って、契約書の内容をもう少し詰めた。買い物はそれ用に用意したクレジットカードでやってもらうとか、日常の買い物の内容はヤカの要望をまず聞くとか、勉強用にノートパソコンを2台買うとか、細かいことも色々決めた。よし、この辺も契約書に盛り込んで、また2人に読んでもらって、それで大丈夫ならサインか印鑑もらうかー! でもめちゃくちゃ疲れたから、すべては明日以降ね! 午後多分熱出るわ!
コメント
1件
うわー、今回もめっちゃ面白かったです!まず矢車ちゃん70歳、薄荷ちゃん71歳であの見た目って衝撃ですよね(笑)。でもお給料月60万の額面とか、社会保険やMOS資格の話とか、ファンタジー設定なのに現実の制度にちゃんと落とし込んでるのががくじゅつてき・あかげさんらしい。あとヤカが白い狐耳生やして「あなたにとってはこのほうが魅力的なのかと思って」ってシーン、めちゃくちゃ可愛くてグッときました。怯えてるのに頑張ってる感じが伝わってきます。それにしても矢車ちゃん、動画編集できるのにExcelできないの面白いギャップですね。続きが楽しみです!