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「うん、いい着物だ。と言っても、義姉上《あねうえ》のものだから、当然ではあるが……しかし、次から次へと、あの人も着物をよく持って来れるなぁ」

岩崎は、ぶつぶつ言いながら、着物を手に取ると、月子の肩へ掛けてやる。


「わぁーー!月子様、きれーー!」


お咲が叫んだ。


「……いたのだよ。お咲がな……」


岩崎はどこか、ムッとする。


「あっ、お咲ちゃん、お着替えしましょう!それは、明日のお衣裳だから!」


舞台衣裳を汚してはと、月子は気を効かせつつも、


「あっ!旦那様のお衣裳!」


清子が持って来た洋装、タキシードとかいうものをどうすればと、焦ってしまう。


広げた風呂敷の上に、何故か、二着の洋服がたたんであった。


そう言えば……中村の名前があがっていたような……。


そこへ、はかったように、玄関がガラガラ開いて、


「今、帰ったよぉーー!」


と、当然の如く二代目が現れた。


「お邪魔しまーーすっ!」


続いて聞き覚えのある、中村だろう声がした。


「また、うるさいのが……」


岩崎は、ますます不機嫌になる。


「あっ、とにかく、お衣裳を片付けないと!」



羽織っていた撫子柄の着物を手に取り、月子が畳の上へ置いて、たたもうとしていると、お咲も、不満そうにしている。


「あっれー?!親子喧嘩でもしたのっ?!」


ニタニタしながら、二代目が中村を引き連れて居間へ入り込んで来る。


「月子様、きれーーだったのにぃー旦那様、何にも言わないんだぁーー!」


「おお?!訳わかんねぇけど、つまり、唐変木の京さんが、まるっきり、月子ちゃんを誉めないとっ!ってことだな?お咲!」


二代目が囃し立てるように言っている側で、お咲がコクコク頷いている。


「そーいゃー、岩崎って、月子ちゃんを誉めないよなぁー二代目?おれ、見たことないぞ?」


「ですよねー!!中村のにいさん!」


空々しく顔を付き合わせる、二代目と中村の姿に、岩崎は、肩を震わせている。


と、中村がいきなり正座して頭を下げた。


「岩崎!すまん!また、演奏用の衣裳を貸してもらって……恩にきる!!」


ああ、と、岩崎も答えつつ、


「構わんよ。どうせ、中村、お前の寸法に直したものだし、それより、私のもので、済まないな。流行りの型とはずれている」


「流行りとかなんとか、そんなもの!おれは、タキシードなど、用意できん!だから、寸法直しまでしてもらって貸してもらえるのは、本当にありがたいことなんだ!」


深々と頭を下げる中村の姿に、たしか、中村の下宿は、賄いが無い。そう、いわゆる苦学生だったと月子も理解した。


そもそも、洋装一式揃えるとなると、大変なことのはず。だから、岩崎が、中村の為に用意してるのだろう。


なんだか、自分と同じ立場ではないかと、頭を下げ続けている中村に、月子は言葉がなかった。


「まあまあ、そう、固い話はよしとして、というより、もっと固い話が控えてるんだ!中村のにいさん!その辺にしておくれ!京さん!ちょっと、いいかい!」


二代目が、明日の演奏会の段取りを語り始める。


どうやら、岩崎男爵家主催になってしまったらしく、二代目が花園劇場を覗きに行った時には、執事の吉田が乗り込んでおり、完璧な段取りを組んでいたそうだ。


「だけどさぁー、客寄せの看板が間に合いそうにないだよなぁー」


そいつがちょっと、と、二代目は不満を述べる。


「客寄せと言っても、二代目。客は、サクラだろ?当日、わざわざ客寄せしなくても良いんじゃないのか?」


ん?と、岩崎が中村のタキシードのことなどなかったかのように、二代目へ話を振った。


「ですよねっーー!じゃなくって!やっぱり、通りがかりの客も取り込みたいじゃねぇーか!木戸賃のこと考えなよー」


サクラの客からも、木戸賃は取る。そして、なおかつ、まだ欲しいと、二代目は欲を出しきっていた。


「いい加減、あの劇場も、升席じゃなくて、椅子式の洋式座席にしねぇと、客の入りが悪くて、こっちは、家賃取れねぇんだよっ!」


どうやら、花園劇場も二代目の家、田口屋が大家らしく、それを聞いた中村は、どこまで手広く大家やってんだと驚きの声をあげている。


そんな、男の会話を邪魔してはと、月子は、お咲の手をそっと引く。


脇にある襖を使って、自分達の部屋へ下がろうと思ったからだ。


そちらで、月子とお咲の衣裳を仕舞い、皆の食事の用意でも始めようと、そっと歩み出す。


今度は中村が、参加学生の段取りについて喋りだした。


岩崎もいない、もう明日の事と、学生達は、練習を終えて帰宅したそうだ。


中村含め、いわゆる監督役の生徒数人が残り、岩崎や自分達で考えた進行の確認を取り合った。


どうにか行けるだろうと今日のところは、お開きとなり、皆、明日へ向けて意気込みながら帰って行った。


それら報告をしようと、中村は岩崎の家へ向かったが、途中、二代目とかち合って今に至るらしい。


ともかくも、あーでもない、こーでもないと、明日へ向けて男達は白熱した会話を交わしている。


そんな、怒鳴り合うような話し声に、月子も内心緊張した。


「月子様。お咲、にく太郎唄いたい。だめかなぁ?中村、演奏下手だから、だめかなぁ?」


着替えを終えたお咲が、悩ましげにポツリと言った。


思わず吹き出しそうになった月子だが、しいーー!と、当のお咲に注意され、月子はお咲へ向けて、失敗したと肩をすくめる。


「そうだねぇ。お咲ちゃん、旦那様達のお話が終わったら聞いてみようか?」


コクンとお咲は頷いて、


「月子様。お咲女中するよ?」


と、皆に出す料理の準備の手伝いをかって出る。


すっかり頼もしくなっているお咲に、月子は、再び笑いそうになったが、さっと口元に袖を当て、なんとか声を立てないように試みた。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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