次の週、秘書室にいた恵子は、後輩の奈緒が婚約した事を聞く。
奈緒はこの会社のCEOと交際していた。
二人の事をずっと応援していた恵子は、心から二人の婚約を祝福した。
そして奈緒の話が一段落すると、今度は恵子が「えっへん」と咳ばらいをしてから言った。
「えっとぉ~、私からも報告がありまーす」
恵子の言葉を聞いた奈緒と上司のさおりは、驚いて顔を見合わせる。
「恵子ちゃん、報告って何よ?」
「わたくし、この度井上君とお付き合いする事になりましたー」
「「えええーーーーーっ!」」
二人はびっくりして叫ぶ。
「ちょ、ちょっと、それってどういう事?」
「そういえば恵子さん土曜日に井上さんとゴルフに行ったんですよね?」
「行ったよー。ゴルフの練習に行って~、帰りに食事をして~、で、そのままむふふ♡」
「「ええーーーーーーっ!」」
二人は更に大きな声で叫ぶ。
そしてさおりが恵子に聞いた。
「….という事は、初デートでやっちまったって訳ね?」
その言い回しに恵子は思わず眉をしかめる。
「『やっちまった』とか、さおりさん表現が下品ですよー? 愛し合ったって言って下さい」
恵子がへらへらした顔で言う。
「えー? 信じられなーい! だって井上君はオタクだから草食系でしょう? だからなんかイメージ違うーっ。えっ? もしかして恵子ちゃんから襲った?」
すると今度恵子はふてくされたような顏をして言った。
「ちゃうちゃう」
「違うんですか?」
奈緒もびっくりして聞き返す。
「違いまーす、私が襲われました~♡ ハイ、彼、結構肉食系でしたっ! キャハハハッ」
恵子は照れて両手で顔を覆った。
そんな恵子を見て、奈緒とさおりはまだ驚いていた。
その後の恵子の話では、ゴルフの練習の後、井上にホテルのレストランへ連れて行ってもらいそこで井上から告白される。
そして恵子はOKの返事をし、二人はそのままホテルへ一晩泊まった。
「あの井上君が肉食系だったなんて……。すっかり騙されたわ」
「いわゆるロールキャベツ男子だったって事ですね」
「まさにそれよ! おまけにテクニシャン?」
「はい。アレのテクニックは歴代のカレシの中で一番でした~♡」
「「キャー――ッ!」」
恵子の言葉を聞いた二人は、また叫ぶ。
「まさかあの井上君がテクニシャンだったなんてねー、ハァーッ」
「でも井上さんってモテるみたいですよ。前に総務部の女性達が彼の噂で盛り上がってましたから」
「彼は深山二世だもん、そりゃモテるわ。大体さぁ、サッカー男子って学生時代からモテてるイメージじゃない? でもさぁ、恵子ちゃんは年下はダメって言ってなかったっけ?」
「はい。ずっとダメだと思っていましたが結構そうでもなかったみたいです。結局今まで付き合た年上メンズ達は全部駄目駄目でしたからねー。もしかしたら恋愛に年齢は関係ないのかなって最近思えてきて」
「なるほどね。恵子ちゃんがそう思えたのは大きいよ。それに井上君いい人っぽいから私俄然応援しちゃう」
「私も」
二人に祝福されて恵子は嬉しかった。
その日の昼休み、恵子はコンビニへお昼を買いに行った。
エレベーターを一階で降りると、すぐコンビニへ向かう。
その時、ちょうど井上が袋をぶら下げてコンビニから出て来た。
恵子が声をかけようと口を開きかけた時、突然女性の声が響いた。
井上に声をかけたのは、技術部の女子社員・三崎真悠(みさきまゆ)だった。
真悠は技術部の中でも1~2を争う美人だ。
真悠が井上に近付くのを見て、恵子は反射的に柱の陰に隠れた。
「井上さーん、お昼は何にしたんですかぁ?」
「唐揚げ弁当っす」
「またぁ~? 唐揚げ弁当ばっかり~」
「好物ですから」
「バランスよく野菜とかもちゃんと食べないと駄目ですよーっ」
「ハハッ、まるでうちのおふくろみたいな事を言いますね」
「だって栄養バランスが悪過ぎますよぉ~。あ、もしよかったらお昼ご一緒しませんか?」
三崎は甘ったるい声で井上を誘った。
これ以上二人のやり取りを見たくなかった恵子は、柱の反対側を通り抜けて出口へ向かう。
その時井上が恵子に気付いた。
(?)
逃げるように去る恵子を見て、井上は不思議に思った。
しかし急にハッとしてから腕時計を見る。午後の会議まではあと10分しかなかった。
「三崎さんごめん、これから会議なんだ」
井上は真悠にそう告げるとエレベーターへ向かった。
うまく逃げられてしまった真悠は、面白くなさそうにじっと井上の後ろ姿を見つめていた。
一方、エレベーターに乗った井上は、すぐに恵子へメッセージを送る。
【午後三時に備品庫で待ってます】
その頃恵子は、イライラしながら少し離れたコンビニへ向かっていた。
コンビニに着くとサンドイッチとサラダを買い、会社の方へ引き返す。
その時、井上からメッセージが届いた。
メッセージを見た恵子は、少しホッとしていた。
ホッとすると同時に目が潤んできた。
そう、恵子はやきもちを妬いていたのだ。
若くて綺麗な三崎真悠と話している井上を見て、二人があまりにもお似合いなので落ち込んでいたのだ。
いまだに男性不信が抜けていない恵子は、好きな人が女性といるだけでも不安になってしまう。
(こんな精神状態のまま、まともな恋愛なんて出来るはずないわ)
恵子は浮かれ過ぎていた自分が恥ずかしくなる。
(でも備品庫で一体何を話すの? やっぱり私とは付き合えないとか?)
井上が恵子を呼び出したのは、別れ話をする為かもしれないと思った。
(どうせ振られるなら、まだ傷が浅いうちがいいかも。もうあんな辛い思いをするのは二度と嫌よ)
そう思った恵子は、
【わかりました】
と返した。
そして昼休みが終わり、午後の仕事が始まる。
午後二時五十分になると、恵子は奈緒とさおりに聞いた。
「備品庫に行くけど、何か必要な物はありますかー?」
「あっ、恵子ちゃん助かる~、セロテープの替えをお願い~」
「了解です。奈緒ちゃんは?」
「私は大丈夫です」
「オッケー。じゃあちょっと行って来ますね」
「「行ってらっしゃーい!」」
そして恵子は秘書室を出て、ひと気のない38階の備品庫へ向かった。
恵子はこれから直面するかもしれない辛い場面を想像し、軽い吐き気を覚える。
憂鬱な気分のまま、恵子はノロノロと備品庫へ向かった。
コメント
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まだ元彼に浮気されたショックが抜けきれない、男性不信気味の恵子さん😰 そりゃあ井上くんは若くてイケメンだから、また捨てられるかと不安になっちゃうよね....😢 だけど 、きっと彼は大丈夫よ‼️😎👍️💕💕
不安になっちゃうよね🥲 でも大丈夫だと思うよ👌
恵子さん、男性不信がちらつくよね。だけど井上くんを信じよう🫶💕