テラーノベル
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「……俺、今日、話聞きに行っていい?」
朝ごはんのあと、赫がぽつりと言った。
桃と茈が同時に顔を上げる。
「学校に?」
「うん。退学処分になったって聞いたけどさ……
証拠ないと無理って、前に言われてたし」
赫は自分の手を不安そうに握る。
「正直、よく分かんねぇんだよ。
何が決め手だったのか」
その瞬間。
翠の背中に、冷たいものが走った。
(……やば)
頭の中に、一瞬で映像がよぎる。
スマホの画面。
ブレた画角。
聞こえる罵声。
自分が、耐えてるだけの動画。
(見られたら……)
(俺が出したって、分かる)
でも、顔には出さない。
出したら終わりだって、もう体が覚えてる。
「……」
翠は黙って、コップを持つ手を少しだけ強く握った。
「赫がそうしたいなら、いいんじゃね?」
茈が言う。
「学年主任の先生なら、
なんか説明してくれるだろ」
「俺もついてく」
桃が即答する。
赫は少し驚いた顔をしたけど、すぐに頷いた。
「ありがと」
その会話を聞きながら、
翠は心の中で必死に計算してた。
(動画には、赫ちゃんは映ってない)
(大丈夫……俺しか映ってない)
なのに。
胸の奥が、ざわざわして止まらない。
「……翠にぃ」
赫が、ふと振り返る。
「翠にぃも、来る?」
一瞬、世界が止まった。
「え」
喉が、ひくっと鳴る。
(行ったら、バレるかもしれない)
(行かなくても、怪しまれる)
一拍、間を置いて。
「……俺は、いいかな」
翠は、静かに言った。
「先生も忙しいだろうし。
赫ちゃん達だけで、十分だと思う」
理由は、もっともらしい。
声も、震えてない。
でも。
黄が、じっとすちを見ていた。
「……無理、してない?」
優しい声。
それが逆に、痛い。
「してないよ」
即答。
「ほんとに」
その言葉に、
あかはそれ以上何も言わなかった。
学校。
学年主任の先生は、赫と桃、茈を迎え入れた。
「処分の決め手は何ですか?」
赫が、まっすぐ聞く。
学年主任の先生は、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。
「……処分に至った理由は、
複数の要因が重なった結果です」
桃が食い下がる。
「複数って、具体的には?」
「証言、校内での行動記録、
そして……映像資料です」
「映像?」
赫が眉をひそめる。
「俺、そんなの知らねぇ」
「その動画の日付はいつからですか」
桃が強めに聞く。
先生は、そこで一度、言葉を切った。
ほんの一瞬。
でもその“間”が、妙に長く感じられた。
「……その件については」
先生は、はっきりとした声で言う。
「これ以上はお話しできません」
茈が目を細める。
「どういう意味ですか」
「動画の提供者、
そして映像の内容については――
本人の同意がない限り、説明できないと約束しています」
空気が、ぴんと張り詰める。
「本人?」
赫が反応する。
「被害者ってことですか」
「……そうなりますね」
先生はそれ以上、踏み込まない。
「ただ一つだけ言えるのは」
先生は、赫を見る。
「あなたを守るために、
誰かが“自分を後回しにした”ということ」
「そして、その動画の日付は、あなたが保健室登校になってからということだけです」
その言葉に、赫の喉が詰まる。
「……そんなの」
桃が低い声で言う。
「その人は一体誰なんですか」
先生は、首を横に振った。
「それは……
私からは言えません」
沈黙。
「じゃあ、俺は」
赫が唇を噛む。
「守られた側ってことですか」
先生は、ゆっくり頷いた。
「そうです」
その頃。
翠は、家で一人、ベッドに座っていた。
制服のまま。
カバンも床に置いたまま。
スマホの画面は真っ暗なのに、
指だけが、ぎゅっと端を握っている。
(……今頃、聞かれてるよな)
(動画のこと)
心臓が、どくどくうるさい。
(でも……)
(先生、約束した)
(俺がいいって言うまで、言わないって)
自分に言い聞かせるように、
小さく息を吐く。
そのとき。
玄関のドアが開く音。
一気に体が強張る。
「……ただいま」
赫の声。
翠は、反射的に布団に潜り込んだ。
———逃げたい。
———見られたくない。
廊下を歩く足音が近づいて、
でも、翠の部屋の前で止まる。
しばらくして、足音は離れた。
(……よかった)
そう思った瞬間。
胸の奥が、ずきっと痛む。
(俺、何してんだろ)
(守りたかっただけなのに)
(なのに、どんどん……)
自分が、家族から遠ざかっていく。
リビング。
赫は、ソファに深く座り込んでいた。
「……なあ」
ぽつりと、言う。
「俺、守られたんだってさ」
こさめが目を丸くする。
「え?」
「誰かが、代わりにやられてたらしい」
黄の顔色が変わる。
「……そんな」
赫は、拳を握りしめる。
「誰だよ」
その視線が、
無意識のうちに、廊下の先———
翠の部屋の方向に向いていることに、
本人だけが気づいていなかった。
コメント
1件
あぁ結構バレ始めてるなぁ なんか嬉しいようで悲しい。翠っちゃんに共感しすぎてバレないでくれって思ってしまう