藤原加奈子は、とても優秀な働き者だった。
あらゆる技能の習得に努力を惜しまず、語学からアーク溶接まで何でも学習する。
さらに、目的を果たすためなら手段を選ばない。
そんな生き方をしていれば、自然に能力は高まり、組織から突出する。
だが、出る杭は打たれるものだ。
なぜ打たれるかと言えば、気味が悪いからだろう。
そんな藤原先輩に初めて出会ったのは、高卒で入社した広告代理店でのことだ。
オレの初入社日、既に藤原先輩は迫害されていた。
通常の何倍もの仕事を押しつけられ、かつそれを完璧にこなし、何事もないかのように笑っていた。
更に仕事を増やされた。
藤原先輩は業務自動化ツールを自力で作成し、効率化することで対応した。
更に仕事を増やされた。
藤原先輩は会社に寝泊まりするようになり、なぜか以前より肌つやがよくなった。
更に仕事を増やされた。
藤原先輩はスキマ時間を利用して取締役を寝取り、更に自分の仕事を増やすよう要求した。
意味がわからなかった。
藤原先輩には自分の時間というものが存在しないのだ。
なのに、嬉々として働いている。
それでも、妬む者は出る。
社内の女性陣は藤原先輩の過去を探り、大学進学時に風俗業で学費を稼いでいたことを突き止めると、醜聞を広めた。
藤原先輩は気にしなかった。
そんなことより、最近始めた副業にあまり時間を割けないことを悲しんでいた。
「はは、自分がどこまでできるか試してみたいだけだよ」
魔改造を施した会社のパソコンで、3DCGのハワイ・ホノルル空港とその周辺にテクスチャを適用しながら続ける。
「どんな写真を見せても別の角度のやつを持ってこいと言われるなら、現地をデータ上で再現してしまえばいい。3DCGなら、あらゆる角度をその場で選べる」
「そんなに角度が気に入らないなら、あの口うるさい部長自身に決めて貰おうというわけだ。ふふ、あの無茶振りのおかげでモデリングにも詳しくなれた。これは感謝しないとな」
ハイスペックにも程がある。
だが、こんな生き方をしていればいずれ過労で死んでしまう。
「えっ、僕は30手前くらいには死ぬ予定だけど?」
藤原先輩がそんなことを言う。
他の誰かの言葉なら、何かの冗談だと一生に付せただろう。
だが、このハイスペOLは本当に自分の命を使い潰して生きている。
恐ろしくなったオレはパワハラ社長の親父から金を引っ張って会社を作った。
コンサルタント会社である。
相手にするのは上から怒鳴るしか能の無い親父が経営する、会社の子会社だ。
これなら、あらゆる問題を単独で解決する藤原先輩を派遣するだけで稼げる。
藤原先輩も好きなだけ働けるだろう。
Win-Winの関係だ。
目論み通り、藤原先輩は目を輝かせてオレの誘いに乗った。
「嬉しいな、役員になれるなんて夢みたいだ。これなら労働基準法違反に心を痛めなくて済む」
そう藤原先輩は喜んだが、オレの狙いは違った。
この形式なら、藤原先輩は今よりずっといい職場環境で働けるし、オレが圧力をかけることで無理矢理に休暇を取らせることもできる。
そう、思っていた。
「えっと、すまないのだけど。仕事の量を増やしてもらえないかな」
先輩は休まなかった。
休めと命じても、どこからともなくサーバーにアクセスして勝手に仕事をする。
仕事が枯渇すれば、新たな仕事を生み出して、金を稼ぐ。
少し目を離した隙にオレのコンサル会社は国内外のコンサルティングを請け負うようになっていた。
オレが休暇を取っている間に勝手に契約を進めていたのだ。
会社が大きくなり、子会社を抱えるようになると。
オレは「もう、好きなだけ働かせたらいいんじゃないかな」と思い始めた。
本人だって、そう望んでいるのだ。
個人的に持っていた会社の一つを藤原先輩に譲渡し、好きに使ってくれと言った。
役員待遇とはいえ、これまではオレがいた事で自由にできなかったことがいくらでもあったはずだ。その縛りを解いてやる。
今はまだ子会社だが、数年後にはオレのシヴァコンツェルンを脅かすほどに成長するだろう。
それもまた、面白いと思った。
だが、藤原先輩は予想外の選択をした。
コンビニで見かけた求人広告の中から、最もブラックそうな職場を見つけ、面接を受けて入社した。
そして、そこで馬車馬の如く働いて、自殺した。
意味がわからなかった。
調べても調べても、藤原先輩が死んだ理由はわからない。
オレが所有する末端の子会社で、過労死してもおかしくない程働いていたのは確かだ。
だが、それではなぜ今まで死ななかったのか、その説明がつかない。
その時。
ふと、代理店時代の先輩の言葉を思い出した。
「前にも言ったけど、30手前までには死ぬよ。このやり方だとそれ以上は身体がもたないというか、性能が落ちるからね」
そんな馬鹿なことがあるか。
早く転職するべきだ。
パワハラで死んだらどうするんだ。
「それで死んだら、僕が弱かったってことだよ」
「僕が死んだら、新しい人員を補充すればいいのさ。大丈夫だよ、地球人口は今70億人もいるし。絶滅しないよ」
「それに、人はいつか死ぬんだ」
「それなら、やりたいようにやって死んだ方がいい人生だろう?」
死ぬと決めたから死ぬ。
そんなことで人が死んでたまるものか。
藤原先輩の死に、オレは憤慨した。
葬式では感極まって遺体に怒鳴り散らした。
起き上がれ、立って働け!
何をしている! この程度のことで死ぬんじゃない!!
やり残した仕事があるぞ。
事業はまだ拡大するんだ。
戻ってこい、またお前に仕事をやろう!!
嬉しいだろう? 馬車馬の如く働かせてやる!!
先輩は生き返らなかった。
自殺した癖に、至極幸せそうな死に顔で、余計に腹が立った。
正直、オレから見れば意味不明な行動だったが、先輩にとっては本当にやりたいことだったのだろう。
悔しいが、今でもまったく理解できない。
後で思い知ったことだが、似たようなことを考える人間は少ないが確かに存在する。
彼ら、彼女らは。
長く穏やかに生きることより、短く苛烈な人生を歩もうとするのだ。
その為なら、何だって犠牲にできる。
オレの目の前にいるベルッティもそうだ。
燃えるような意思を湛(たた)えて、果てるまで走り続ける。
この少女は10歳にして、死ぬと決めたのだ。
なんと馬鹿馬鹿しいことか。
ルーニーがオレを見る。
瞳にはベルッティの炎が飛び火していた。
おそらく、ルーニーはベルッティのことを理解してしまったのだろう。
理解した上で協力している。
苦しいだろう、ルーニー。
それはオレにできなかったことだ。
そして。
「……やってくれたな。ベルッティ」
この少女はルーニーを協力させ、奴隷を使役し、遂にはオレすらも動かそうとしている。
奴隷が主人を動かそうとしているのだ。
これを才能と言わずしてなんと言えばいい。
僅か10歳にしてこれだ。
成長したらどうなるんだ? 本当に惜しい。
……ベルッティを生かす方法はある。
今すぐベルッティを拘束し、海外の善良な資産家あたりに売り飛ばせばいい。
そこまで遠ければ醜聞も届かないし、危険な帝都で働かずに済む。
そこでまた、コツコツと努力していけばいいじゃないか。
言うべき言葉が喉の奥で詰まる。
その隙を突くように、ベルッティが口を開いた。
「おれは奴隷ですが、意思があります。奴隷は所有することを許されませんが、この意思だけは、おれのものです」
「おれに、金を稼がせてください」
そうだ。そうだったな。
何を楽観していたんだ、オレは。
こういうまっすぐなクズはどうにもならない。
先輩の時もそうだったじゃないか。
場所を変え、立場を変えても、こいつの生き方は変わらない。
新しい場所で、また果てるまで働くだけだ。
その瞳に、燃えるような意思を湛(たた)えて。
わかったよ。
お前の自殺に付き合ってやる。
少年少女にオレは言う。
「そうか、なら任せておけ」
「オレが限界を超えて稼がせてやる」
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