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あれからまた一カ月が経った。
特に進展はないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
メリーティアは庭園をゆったりと歩きまわったあと、花壇の前にしゃがんだ。
昨日は蕾だったチューリップが今朝はきれいに咲いている。一面のネモフィラ畑の合間にぽつりぽつりと咲くピンクや黄色のチューリップがかわいらしい。
けれどメリーティアは無感動にそれを見つめるだけだった。
季節を知らせる花に感動するには、心が摩耗しきってしまっている。
「――メリーティア」
背後からグウェンダルに呼ばれるが、振り向かなかった。
彼から話しかけてくるのは、離宮に来てからはこれが初めてだ。
重く沈んだ声音から彼が何を言おうとしているか想像できて、耳を塞ぎたくなった。
「メリーティア、どうして皇帝陛下のことを好いているふりをするんだ」
「ふりなんかじゃないわ」
「……どれだけの付き合いだと思っている。君が無理をしていることが私にわからないと思うか」
「知ったような口を利かないで。無理なんかしていないわ」
突っぱねるような物言いをすると、肩を掴まれて振り向かされる。
片膝をついたグウェンダルは怒ったような顔をしていた。けれど悲しんでいるとも見える表情に、メリーティアは下唇を噛み締める。
付き合いが長いのはメリーティアとて同じだ。だからわからないはずがない。それはグウェンダルがメリーティアを心配するときに見せる顔だった。
「ならどうして日に日にやつれていく? どうして食べたものを吐き戻すんだ。陛下が避妊薬を飲んでいるのは知っている。妊娠のはずがない。それに夜もあまり眠れていないんだろう?」
目の下を撫でられて、言い訳の言葉を見つけられず瞼を伏せた。
「君がどういうつもりで行動しているのか私には理解できない。どうしてこんなことを続けるんだ? 皇帝陛下のこともネビルや第一皇子殿下のように弄びたかったのか? 昔の君はそんな人ではなかっただろう。私が愛したメリーティアは無邪気で心根の優しい人だ。そんな君がどうして?」
「――ッ昔のわたしは一度死んだの! あなたの愛したメリーティアは死んだのよ!」
責められている気持ちになり、メリーティアは思わずカッとなって叫んだ。
グウェンダルに怒るのは筋違いだと頭ではきちんとわかっているのに、一度気持ちを吐露してしまうと際限なく噴き出していく。自分の中だけに溜め込んでおくのももはや限界が近かった。
どうしていつまでも見放そうとはしてくれないんだ、という彼への鬱憤も積もっている。
心配をかけたくない。
グウェンダルが愛してくれた自分を、彼の記憶の中だけでも穢したくない。
復讐とともに堕ちていくさまを、グウェンダルだけには見られたくなかった。
「わたしを心配してくれるなら、バシリー伯爵から媚薬をもらってきてくれない? そうしたらこの代わり映えのない日々に刺激が出てまた楽しい気分になれるはずだわ。ねえ、お願いよ。……何も考えたくないの」
ここに来ることを選んだのは自分なのに、ケイリクスに抱かれるのが嫌で嫌でたまらない。
情事をグウェンダルに聞かれることも。
一日ごとに、一時間ごとに、一分ごとに嫌になっていく。
もうとっくに限界を超えているのだ。生理的な嫌悪感に苛まれて、このところ食事が喉を通らない。自覚はあったが、きっとグウェンダルが黙っていられないほどひどい顔をしているのだろう。
ケイリクスにバレないよう化粧で必死に隠しているが、勘付かれるのも時間の問題だ。
グウェンダルは眉を下げて沈痛な面持ちを浮かべると、一度まばたきをしてから力強いまなざしで目をまっすぐ見据えてきた。
「君は私に自由がほしいと言った。これが君が望んだものか? この状況を楽しんでいるようには見えない。そばで守れるならと護衛騎士になったが、君が壊れていくのをただ見ているだけなんて無理だ。もしここから逃げ出したいというなら私を頼ってくれ。ここからも、皇帝の腕からも、帝国からでも、君を救い出してみせるから」
「――――」
メリーティアはひっと嗚咽した。
だから聞きたくなかったのだ。
何もかも諦めて縋ってしまいたくなるから。もう復讐なんてやめようって投げ出してしまいそうになるから。
覚悟を決めたはずなのに、自分の弱い心が情けなくてたまらなかった。
口元を手で覆い、声もなくぽろぽろと涙をこぼす。
「……メリーティア……」
「――メリーティア!」
グウェンダルに被せるように、ケイリクスの声が響いた。
政務を終えて帰ってきたようだ。
ケイリクスは慌てて駆け寄ってくると膝をついた。顔を両手でそっと包み込んできて、今にもつられて泣きだしそうな顔で覗き込んでくる。
「どうして泣いているんだい? 何か嫌なことがあったのか? 余に教えてくれ」
「違いますわ。目に砂が入ってしまっただけです」
「見せてごらん。あぁ目が赤くなってしまっているね。今日は風が強いからもう部屋に戻ろう。今日のディナーはそなたの好きなものだけを用意させたんだ」
「ありがとうございます、陛下」
メリーティアは普段どおりの笑顔を浮かべ、ケイリクスの腕に両手を絡める。
グウェンダルがついてくる足音が聞こえたが振り返らなかった。