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第4話:削除された言葉
その掲示は、朝の光にまだ濡れていた。
白い紙。手書きの文字。誰の名もない詩。
だがそれは、**管理区域第4校内掲示規約 第17条「非認可掲示物禁止」**に、明確に違反していた。
1時間目が始まる直前、校内放送が静かに流れた。
「注意:本日、構内に“無認可文章”が発見されました。現在、処理中です。」
教室内が少しだけざわめいた。
けれど誰も「見た」とは言わないし、「誰が書いたか」も追及されない。
この社会では、“口に出すこと”が自己リスクに直結するからだ。
ミナトは机に座りながら、心臓の音が急にうるさくなった気がした。
「あれは……見つかったのか?」
机の個別スクリーンに、微細な通知が表示された。
【AI自動処理完了:削除済み。該当内容は“感情誘発要素”と判断されました。】
【次回以降、行動傾向の確認が必要です。】
ミナトの“行動スコア”は、42→39に下がっていた。
“危険ライン”とされる40点未満が、彼の背後に迫っていた。
昼休み、ミナトは教室を抜けて、再び掲示板の裏へと向かう。
だが、そこにはもう何も残っていなかった。
紙は剥がされ、痕跡すらない。
唯一残っていたのは、掲示板の端にうっすらと浮かんだ灰色の跡。
AIドローンが除去処理を行った証だった。
「……消された」
ミナトは小さく呟いた。
誰にも聞かれないように。それでも言葉にしないと、自分が消えそうだった。
その夜、自宅の天井に取り付けられた感情センサーパネルが、ミナトに通知を送った。
「あなたの情緒変動が規定値を超えました。ストレス軽減プログラムを実行しますか?」
ミナトは「いいえ」を選択する。
でも、画面はまた問う。
「自分の状態を“最適”に戻しましょう。これは“あなたのため”です。」
彼は、画面を閉じることも、もうできなかった。
ミナトはベッドの中で、指先だけを動かして詩を書く。
今夜の言葉は、誰にも読まれない。
誰にも渡さない。
> 「言葉は、消された。
> でも、書いた手は、消されていない。」
その頃――
校舎の清掃エリアのデータに、不自然な履歴を発見した人物がいた。
少女の名前は、ナナ・イズミ。
彼女はミナトの詩を、消される前に読んでいた。
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