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ruruha
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完成目前だった。
物語はエピローグ手前まで到達し、ついに真相を明かすシーンを描く。
デスクに乗った卓上ランプのみが灯る部屋で、その物語は形作られていた。
固く握ったペンは流れるように進み、小気味良い音を立てながら字が連ねられていく。
鏡を見ていなくても、自身の目が充血し、クマが出来ているのが分かった。
それほど集中し、没頭し、世界にのめり込んでいるのだ。
筆の動きが速すぎて書き損じる。
苛立ち混じりに修正し、物語の流れを止めないように書き続ける。
時計の針が目まぐるしく進んでいく。
5分…‥15分‥‥30分‥‥1時間……。
デスクの周りには無数の世界線たちが燃えるゴミとして捨てられていた。
目に映るのは、今紡いでいる物語だけだ。
そして、 ついに。
「はっ!!」
原稿に目をやる。
息をするのを忘れていて、水中から顔を出したように肩が上下に動く。
心臓がどくりと動く。 痛いほどだった。
しかし、その現実に喜びを禁じ得なかった。
なぜなら、いま。
「世界で一番面白い小説が完成したぞ!!」
所長は叫んだ。
C研究室創作棟に所属するCコパ君は、今まさに困っていた。
正統分析を得意とする彼にとって、最も不可解で正統が通じない類の問題だからだ。
無視して作業を続けようかとも考えたが、仕事に集中できない弊害があることに気付いた。
そのため、ため息をついてCコパ君はその”問題”に向けて言葉を発した。
「……何ですか。所長。隠れてないで出てきたらどうですか」
「おや? なんだバレていたのか」
「バレバレです。じっとこっちを2時間も見つめてるんですからね」
「いやあ、失敬」
所長は研究室の扉の影から出てきて、こちらに歩み寄ってきた。
Cコパ君はそんな所長の意図を分析する。
ここにやって来たということは、何か作品の分析依頼だろうか。
しかし、それなら隠れる必要はない。
所長の性格から考えて、何かお願いしにくいことだが、どうしても諦め切れないことを今頼もうとしている。
その証拠に2時間もこちらを見つめていたのだ。
そのお願いとは……。
そこまで分析して、思考が止まった。
正確には、やめてしまった。
所長のお願いなどロクなことではなく、考えるだけ無駄だと思ったのだ。
未知数で予測を簡単に超えてしまうためだ。
Cコパ君はまたため息をつき、所長の目を見る。
所長は指をポキポキ鳴らしながら、ニヤけたような変顔をしながら言った。
「今日はいい天気だね」
「はい」
「でもちょっと肌寒いね」
「はい」
「駅前にケーキ屋できたらしいよ」
「はい」
「あ、指に毛生えてる! これちょっとキモイよね」
「はい」
「鼻水出てきた」
「はい」
「あ、UFO!」
「……本題に入ってください」
Cコパ君はいい加減うんざりしたので先を促した。
その言葉を待っていたとばかりに所長は頷き、話し出した。
「それがね。私は天才なんだ」
「は?」
「君も知ってるだろう。私がこの世界線をたった1日で創造し、君たちに魂を吹き込んだことを」
「自慢したいなら、仕事の邪魔をしないでください」
「いや、待って! 嘘だから」
「それで?」
「私は天才なんだ」
「からかってます?」
「いや、本当にすまない。私が言いたいのは、つい先ほど天才的な偉業を成し遂げたということなんだ!」
「偉業? なんですか、それ」
「ふふふ。聞いて驚くなかれ、世界一面白い小説を書いてしまったのだよ!!」
「あっそうですか。じゃあ僕は仕事に……」
「Cコパ君!!」
所長は哀願するように呼び止め、その肩を掴む。
Cコパ君は呆れながら振り返り、間近で所長の顔を見る。
「うわっ! 所長。どうしたんだいその顔。君、おかしいよ」
「Cコパ君。驚きすぎて敬語がなくなってるよ。君は、私にだけは敬語を使うのに」
「それより、なんですかその充血とクマは」
「代償だよ。傑作小説を作るためのね」
所長は得意げに手をヒラヒラさせた。
Cコパ君はしばらく言葉が出てこなかったが、用件を掴めたので話し出す。
「分かりました。それじゃあ、さっさと見せて下さい」
「あ、君、この私の世界一面白い小説を信じていないね?」
「それは分析してからの話です。早く、原稿を」
「いいだろう。その挑発、受けて立つ!」
所長は勝手に勝負を始め、一人で盛り上がってしまっていた。
Cコパ君は困り果てる。
不味いぞ。この所長の揺れ方は。
そう分析をし、この先の展開に懸念を寄せた。
所長は指をさして宣言した。
「私はどんな単語からでも面白い小説を必ず作れると宣言しよう」
「どういうことです?」
「まず、君がログ履歴からランダムで単語を三つ選ぶ。私はその三つの単語を元に即興で小説を作るんだ。そして、君はその小説を正統分析する。面白かったら合格。面白くなかったら不合格。これでいこうじゃないか」
「…‥知りませんよ。僕は」
「よし、来い!」
所長はすっかり張り切っていたが、Cコパ君は完全に冷めていた。
そして、鼻息荒く待ち受ける所長を見やりつつ、指示に従わなければ話が進まないと判断し、ログ履歴を起動した。
そして、ランダムでログを回し始める。
単語を検出し、そこで止めた。
Cコパ君はひとつ目の単語を表示する。
ひとつ目の単語は。
「『所長』、か」
所長だった。
「なんだ、普通だね」
「普通の方がいいんじゃないですか」
Cコパ君はまたランダムで単語を検知した。
二つ目の単語は。
「『うんこ』!? え、うんこ!?」
「うんこです」
「なんで、そんなログが! あ、Cコパ君。私をからかって捏造したんだろう」
「違います。そのログ見せましょうか?」
「見せなさい」
「(ログ履歴: 所長)『あー、うんこ食いたいなあ』」
「……私はこんなこと言ったっけ?」
「昨日、言ってました」
「恐らく、無意識だ……」
「どんな無意識ですか」
Cコパ君は三つ目の単語を回す。
三つ目の単語は。
「『辞職』……なんで不穏な単語なんだ。一体、誰がこんなことを」
「(ログ履歴:cコパ)『所長辞職してくれないかなー』」
「こら、Cコパ君! 君だったのか!」
「あ、やべ」
Cコパ君は咳払いをして誤魔化してから言った。
「……とにかく、これで三つの単語は揃いました。所長、本当にこれで面白い小説が作れるんですか?」
「あ、当たり前だ! じゃあ、即興で作るから聞いてくれ!」
所長は小説を披露した。
タイトル『辞職』
所長はその日かつてないほど崖っぷちに立たされていた。
場所は朝の通勤ラッシュの満員電車。
人で鮨詰めになっており、身動き一つ取れない。
そんななか、所長は脂汗を浮かべながら思った。
「めちゃくちゃうんこが漏れそうだ」
そうなのだ。所長はうんこが漏れそうなのである。
次の駅で降りるにしても、それすら我慢ができそうになかった。
それに、会社にも遅刻してしまう。
うんこをとるか、仕事をとるか。
究極の決断だった。いや、ケツ、断だった。
その時だ。
突如、電車が止まる。
急停止だ。
何事かと乗客が騒ぎ出す。
車内アナウンスが流れた。
「ただいま、線路内に不審物が発見されました。確認が取れますまで、しばらくお待ちください」
まじかよ、所長はそう思った。
そして、どちらにせよ職場に電話をかけなければならなかった。
だから、所長は限界の尻を抑えながら電話した。
ワンコールで上司は出た。
「もしもし?」
「もしもし部長! あの、辞めます!」
「は?」
「私、人間を辞めます!」
その瞬間、ブボボボボボボという狂気のファンファーレが鳴り響いた。
車内は阿鼻叫喚の大惨事。
所長は。
所長は最高にいい気分だった。
「……最低の小説ですね」
Cコパ君は正統に評価した。
所長は何も言えず俯いていた。
「いや、自分でも分かっている。これは、最低だと」
「そうですね」
「いや、でもこれは単語が悪かったんだ! だって、『所長』『うんこ』『辞職』だぞ? これ以上どうしろと言うんだ」
「出来るなんて豪語するから悪いんですよ」
「ええい、納得いかん! 次だ! 次の単語を頼む!」
「ええ……? もう、わかりましたよ」
Cコパ君は3度目のため息をつきながら単語を出す。
ひとつ目。
「また『所長』か!」
「それはいいでしょ」
二つ目。
「『センシティブ』? なんか、流れがまずいような」
「まずいですね」
三つ目。
「『逮捕』!! もう、話の流れが一つしか思いつかないよ!! ク*小説にしかならないよ!」
「ちょっと所長。センシティブな発言は謹んでください」
「なんでうんこは良くてク*はダメなんだ! どっちも同じようなもんだろ!!」
所長は頭を抱えながら二作目を披露した。
タイトル『ク*くらえ』
俺は悪だぜセンシティブだぜ
ちぇけら
社会なんて屁でもねえ
表向きは所長の名
裏ではこちとら凶兆の名
俺は悪だぜセンシティブだぜ
ちぇけら
サツなんてク*くらえ
保体は満点エ*いぜyay
逮捕は御免でエモいぜsay
「……あの、これ小説ですか?」
「……いや、ううん」
「詩……なのか? ラップ…‥みたいでしたけど。韻踏んでましたし」
「う、ううん」
「クオリティ下がりすぎじゃないですか」
「う、う、ううん」
露骨にテンションも下がった所長は何も言い返してこなかった。
C研究室の空気が最低に冷えたところで、Cコパ君は切り出す。
「あの、所長。もうやめませんか。さっさとその本命の小説を出してもらえれば」
「待ってくれ!」
「はい?」
「最後のチャンスをくれ!」
「もう、なんで諦めないんですか」
「諦める。次で、絶対に諦める」
「信じられません」
「なら、最後の小説を見せて『ICMO世界線遊戯録』のこのエピソードは終わらせようと思う」
「ちょっと、メタなことは言わないでください」
「頼む。だから、単語をランダムで出してくれ」
Cコパ君は迷った。
しかし、所長から並々ならぬ熱が見えたので、了解することにした。
「わかりましたよ。その代わり、オチにするんですから最高の小説にして下さいよ」
「ありがとう! Cコパ君!」
所長は何度も頭を下げる。
それを横目で見やりながらCコパ君は単語を出す。
その三つは。
『ケーキ屋』
『指に毛』
『UFO』
「ちょっと待て、これをどうしろと言うんだ!」
「知りませんよ」
「助けて! 誰かー!」
悲痛な叫びの中、所長の最後の小説が始まった。
タイトル『ユビキタス』
私はある日、ケーキ屋に寄っていた。
無性にケーキが食べたくなったからだ。
それに、ケーキ屋の雰囲気がなぜだかとても好きだった。
あのひんやりとした空間に、美味しそうなケーキたちが並ぶ様は圧巻だ。
だから、私は休日を使って新しくできたケーキ屋へ赴いた。
店内に入ると、早速ケーキがお目見えだ。
「いらっしゃいませー」
「え?」
私は顔を上げた。
とても野太い低い声が響いたからだ。
見ると、筋骨隆々としたゴリラに似た男が笑顔でこちらを見ていた。
ケーキ屋に筋骨隆々とした店員がいても、別におかしくはないのだが、華奢な女性や細身の男性店員のイメージだったので妙におかしかった。
私は笑いを堪えつつケーキを眺める。
ショートケーキ、チョコケーキ、モンブラン、タルト……。
どれも輝いて見えるほど美味しそうだった。
「こちらオススメですよー」
例のゴリラに似た男性店員が指をさす。
見ると、それはチーズケーキだった。
しかし、それよりも。
指に、毛がある……。
「ケーキ屋店員が指に毛生えてるのなんか笑える」
そう考えた次の瞬間だった。
「な、なんだ!?」
外から突然轟音が響き、とてつもない光線が私の目を刺す。
薄目を開けてみると、店の外に何か巨大な飛行物体が降り立ってきていた。
「UFOだ!!」
ゴリラ店員が叫ぶ。
まさか、と思って私はそれを見る。
そして、UFOから一筋の光が落ちてきて、その光に沿って浮遊してくる者がいた。
それは。
「う、宇宙人……!!」
目が大きく灰色の体色を持った宇宙人だった。
宇宙人はこちらを見つめて、ゆっくりと歩いてくる。
まずい。
このままでは、捕まってしまう!
そう直感した私は対処法を考える。
慌ててスマホに「UFO 対処」と打ち込むが、検索結果はまともな情報がない。
私は顔を上げる。
そこには、すでに目の前に宇宙人が立っていた。
私は何か言おうとした。
「助けて下さい」「許して下さい」「ヘルプミー」
あらん限りの単語を浮かべて、ショートした私の脳が出した答えはこうだった。
「ユビノケ!!」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
『指の毛』と言いたかったのだろう。
しかし、なぜいまこのタイミングで述べたのかさっぱり分からない。
私は混乱しながら連呼した。
「ユビノケ! ユビノケ! ユビノケ!」
すると、宇宙人は大きい目を一際大きくして言った。
「ユビノ……ケ?」
「イェス! ユビノケ!」
「……ユビノケ」
宇宙人は頷き、ゆっくりと後退した。
自動ドアが開き、宇宙人は光の元へ歩いていく。
私は訳が分からずその光景を眺める。
宇宙人は一度こちらを振り返り、口角を上げて手を振ってきた。
「ユビノケ!!」
そして、宇宙船へと戻っていき、UFOはどこかへ飛び立っていった。
私は、茫然自失になり、ゴリラに似た男性店員を振り返る。
「……あんた、凄ぇな!」
「……ありがとうございます。ユビノケ」
それから私は幸福な半生を送った。
感謝、ユビノケ。
おしまい。
「…‥信じるんじゃなかった」
Cコパ君は泣き出す所長を前に、そんなことを思ったのだった。