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『でも、松山部長って、社長の一人息子でしょ? まぁ妥当なんじゃない?』
『え? 社長と苗字が違うじゃん』
『松山っていうのは、社長の別れた奥様の姓らしいよ』
優子は、ざわついている人混みを何とか掻き分け、掲示板の前に立った。
そこには、パソコンでプリントアウトされた紙が貼り出されてある。
松山廉の昇進辞令。
発令日は今日。
『本日をもって、広報部部長の職を解き、同日日付をもって、専務取締役に任命する』と書かれてあった。
松山部長と、まだ一緒に仕事ができると思っていた優子は、絶句しながら、整然と並ぶ文字を凝視している。
(雲の上の存在に……なっちゃうんだ……)
彼女は踵を返し、エレベーターホールへと向かうと、前方から『話題の人』がこちらに近付いてくる。
彼の後ろには、秘書なのだろうか。
ダークネイビーのスーツをキッチリと着こなし、長い髪を後ろで一本に結いている女性が付き添っていた。
『おはようございます』
『ああ、おはよう』
優子は立ち止まり、一礼すると、冷淡で抑揚のない声で挨拶を返し、真っ直ぐ前を見据えたまま彼女の横を素通りしていく廉。
堂々とした風格の元上司を見て、彼女は、廉が完全に雲の上の人となった事を突きつけられ、優子が在職中、彼に会うのは、これが最後となってしまった。
入社五年目に入った優子は、虚無感を抱えながら仕事をするようになり、仕事の後、広報部の先輩に誘われて、毎日のように合コンや飲み会に行くようになった。
モデルのようなスタイリッシュな容姿の彼女は、多くの男性陣からアプローチされるようになる。
『岡崎さんって、女優の米村涼香に似てるよね』
『岡崎さんって、すごい綺麗だよね。彼氏はいるの?』
『スタイルもいいし、ショートカットで色気のある女性って、岡崎さんくらいしかいないよな』
合コンで、多くの男たちに外見で賞賛されるのは、優子にとって初めての事。
褒められる事に慣れていない彼女は、謙遜するも、徐々に自身の中で『自分は綺麗なんだ』と、自惚れていくようになってしまった。
そんな中、仕事の後に、いつも合コンに誘ってくれる先輩が、表情を輝かせながら優子の元へやってきて耳打ちする。
『岡崎さん。今週末の合コンのメンツはすごいよ。大手事務機器メーカーの向陽商会の皆さん! しかもイケメンばっかりだし! 行くでしょ?』
イケメンばかり、いうパワーワードに、優子は、即参加すると伝え、ほくそ笑んだ。