相談室のドアが静かに開いた。
入ってきたのは、中学三年の男子生徒。制服の襟元が引きちぎられかけていて、腕に何本か、ペンで書いたような傷跡が見えた。
「……入っていい?」
遥は頷く。椅子をすすめると、少年はそこに座った。
「相談……っていうか、別に……。なんかもう、何言いたいのかも分かんなくなってて」
「……じゃあ、黙っててもいいよ」
「……」
数秒の沈黙ののち、少年は口を開いた。
「屋上でさ、囲まれて……あ、いや、大したことじゃないんだけど。『大したことじゃない』って言わないと、またひどくなるから……」
「うん」
「『お前、臭い』とか、『しゃべんな』とか、毎日。ロッカーも水浸しにされてて。先生も気づいてるけど、見て見ぬふりっていうか……俺が弱いのが悪いって」
遥は、手元のカップに視線を落としたまま、ぽつりと呟くように言った。
「……俺、同じクラスのやつに、机蹴られたことあるよ。三ヶ月くらい。授業中に」
少年の目が動いた。
「……なんで?」
「理由は、なかった。ただ、見てて気に食わないって言われた。……でも、理由があれば納得できるのかって言われたら、それも違う気がして」
「……先生、なにもしなかったの?」
「してたよ。“見守ってます”っていうやつ」
「それ……意味ないじゃん」
「うん。でも、“意味のないこと”がずっと続くと、人って、自分のほうが間違ってるのかなって思えてくる」
「……俺、もう、誰にも期待してない」
「それでも、ここに来たんだね」
少年はふいに俯き、指先で制服のほつれをいじった。
「……殴ってくれたりしたほうが、よかった。今のほうが、壊れてく感じする」
「うん……壊れないようにするの、難しい。でも……壊れかけてるって、自分で思えるうちは、まだ全部なくなってないってことだよ」
「……意味、あるの? これ話して」
遥は少しだけ息を吐いて、目を伏せた。
「あるかどうかは、今は決めなくていい。ここには、“意味のないこと”も、持ってきていいから」
「……また来ていい?」
「来なくても、生きててくれたら、それでいい。でも来たいなら、何回でも来て」