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#ハッピーエンド
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アルバートは地面に散った黒い灰へ、静かに手を伸ばす。
灰が浮かび上がった。
黒い粒子となって、アルバートの指先へ吸い込まれていく。
黒い雪が地面に溶け込むかのようだ。
綺麗だった。
なのに、どこか背徳的で。
人が本来、触れてはいけないものに見えた。
周囲の人々が、さらに距離を取る。
「……あれが鬼狩り」
「ああして、怪物の記憶をさらに上から喰って……強くなる」
「忌々しい。奪魂鬼と同じ力だ」
群衆のざわめきが広がる。
悲鳴の代わりに、妙に陰鬱で湿っぽい囁き声があたりを包む。
「……何これ?」
颯爽と現れ、怪物を退治したヒーロー……という扱いではない。
誰も歓声を上げない。
礼を言う者もいない。
人々はただ、アルバートから少し距離を取るように後ずさっていた。
「……普通じゃない」
「……彼が鬼化したら……ああ恐ろしい!」
囁き声がこだまする。
怯え半分、好奇半分。
アルバートは、聞こえない体で、剣を鞘にしまう。
エリスは、その横顔を見上げる。
最初見たときは、冷たい印象の人だと思った。
けれど同時に、どこか諦観した、孤独を受け入れた人間特有の寂しさも感じる。
「……あの」
声をかけると、アルバートが視線を向けた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
一瞬。
ほんの一瞬、彼の目が、嬉しくてたまらない子供のように、静かに揺れた。
エリスは首傾げる。
――喜びと、動揺?
――この人は鬼狩り。
――消防士とか救命士とか、最前線で人を危機から救う仕事――感謝されることも多いと思うのだけど。
「……礼を言われるほどのことじゃない」
ぶっきらぼうを装って、アルバートは顔をそむけてしまう。
照れている様子を、エリスは微笑ましい顔で見ていた。
――かわいいい人だな。
――だからこそ、わからない。
エリスにさえ、肌で感じるものがある。
周囲の人からのアルバートの視線は、ひどく冷たい。
――どうして、こんなにも、嫌われている?
「……医師フレッドは、誰か寄越さなかったのか?」
「え? 誰?」
「君を診た医者だよ」
「あの、わたし、病院を追い出されて……一人で、ここまで」
「先生も困った人だ。君を迎えに行った使用人が電話してきて、『入れ違い!』と嘆いていたよ。先生も不在で、途方にくれてた」
アルバートが頭を抱える。エリスは苦笑した。
「あなたは、誰ですか?」
アルバートの表情が止まった。
辛そうで、涙をこらえるような顔。それでいて真面目そうな面持ちでエリスをまっすぐに見る。
エリスが目を見張る。
――そうだ、私! 記憶喪失のことを言ってない!
――彼の顔を見ればわかる。
――彼にとって私は大切な人だったんだ!
――だれですかなんて、彼が傷つく。
「ごめんなさい! 貴方はきっと、私の……」
その瞬間。
脳に鋭い痛みが走った。
視界が白く弾ける。
「っ――ぁ……!」
頭の奥を、無理やり掻き回されるような激痛。
知らない景色。
黒い影。
誰かの声。
割れるようなノイズ。
膝が崩れ落ちる。
倒れる寸前、アルバートが支えた。
「……いい」
低い声が落ちる。
「俺を思い出さなくていい。俺を知らなくてもいい。それでも、幸せにするから」
大きな手が、そっとエリスの目を覆った。
手は暖かい。
――安心できる人が傍にいる多幸感は、眠気をもたらすんだな。
意識が暗闇に落ちる直前、エリスはそんなことを考えた。
*
薄っすらとした意識の中。
エリスは、アルバートと少女の声を聞いた。
「鬼狩りが世間から嫌われてること、エリスお嬢様は知らない?」
「ああ」
「何で? 一般常識は消えないはずですよね? 奪魂鬼の記憶もあるのに、鬼狩りついての知識はない……そんなことあります?」
「俺が鬼狩りだからだ」
「ああ、若様に関する記憶は消えやすい、と……んー、難儀ですねー」
「……軽いな」
「所詮他人事ですので。悪いですか?」
「いや、君はその調子で丁度いい。空気が重いのは嫌いだ」
エリスが目を開ける。
彼女はふかふかのベッドに沈み込んでいた。当然のように天蓋付きだ。
家具はどれも一級品で、オシャレな暖炉に火が灯っている。
二人が私に気づく。
使用人服の少女が、エリスに頭を下げた。
「はじめまして、エリス様! 所詮は貴方様の他人、メアリー・ルルゥと申します!」
エリスが混乱していると、アルバートが「新しくエリス専属として雇われたメイドだ」と補足してくれた。
「えっと、はじめまして……え? 私、専属の使用人がつく身分なんですか?」
「もちろん! 何せ貴方は、英国で最も気高きヴェイン公爵家の次期当主、アルバート・ヴェイン卿のいいなづくぅェ!」
話途中で、アルバートがメアリーの口を塞ぐ。
「馬鹿ッ! エリスがなぜ気を喪ったか忘れたかッ!? 俺との関係性を思い出そうとすれば、彼女の脳に負荷がかかる!」
「……すみません! ここぞとばかり、家名をかさに着てドヤりたくて……」
「せめて同情を誘える言い訳をしろ」
「いや、本気で失念してました、すみません……あれ……でも……」
「どうした?」
「本当の関係性が言えないなら、若様は何と説明して、エリス様を傍に置くつもりなんです?」
アルバートが眉間を押さえ、難しい顔をする。
エリスに向き直る。
「はじめまして、兄です」
真摯な顔でそういうアルバートの後ろで、メアリーがボソッと言った。
「……大博打が過ぎるぜ、若様」
だいたいわかった。
アルバートは冷酷そうな見た目と裏腹に、恐ろしく誠実で――。
嘘が下手であるらしい。