豪は奈美に対して、ある意味『前科』がある。
彼女を、もう泣かせたくない、傷つけたくないと思い続けていたのに、理性が簡単に剥がれ落ち、奈美に、また嫌な思いをさせてしまったのだから。
彼女はまだ、緩やかに首を横に振っている。
「違う……。豪さん…………違うの……」
涙を拭わず、奈美は顔を濡らしたまま、つたなく言葉を紡いだ。
「私が、もう、この関係をキッパリ終わりにして…………出会う前の豪さんと私に戻った方がいいと言ったのは…………」
豪は、彼女の言おうとしている事を、黙ったまま待ち続ける。
やがて奈美は、はあぁ……と、ため息を震わせながら零していった。
「これ以上、この関係を続けたら…………豪さんへの想いが更に大きくなって、止まらなくなるから…………」
彼女の言葉に、豪は大きく目を見開いた。
「これ以上、口淫だけの関係で豪さんに会い続けたら…………豪さんの事を……あなたへの想いを…………諦めきれなくなるから…………だから、もう会わない方がいいって思った……」
(それって彼女も…………俺の事を……?)
雫を溢れさせながら、豪への想いを、不器用に打ち明けている彼女が美しい、と感じた。
「初めて会った日から……豪さんの事、いいなって思ってた…………豪さんと会うたびに魅かれていって、気付いたら好きになっていて…………でも、この気持ちは……叶わない恋だと思うと言えなくて……」
奈美は顔を濡らし、時折、鼻を啜りながら豪への想いを告げていく。
「気持ちは言えないけど……口淫するだけだとしても……豪さんに会えると嬉しくて……。けど、想いを伝えて…………あなたにもう会えなくなる事を考えたら……怖くて…………言えなかった……!」
彼女の言葉に、豪の胸の奥が、ギュッと強く掴まれた気がした。
次第に心が熱くなり、奈美へ手を伸ばしたい衝動に駆られていく。
「すごく……すごく…………苦しかった……!!」
張り詰めた糸が切れないように、何とか自分を保とうとしている姿がいじらしくて、豪は、奈美の背中に腕を回して引き寄せ、掻き抱いた。
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