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テラーノベル(Teller Novel)
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月明かりが照らす夜。

ゼゲルは奴隷たちと共に荷物を運んでいた。


「ひい、ひい」

「おい、遅えぞ新入り!!」


肉体労働とは無縁の生活を続けてきたゼゲルである。

日々、石畳の上で大荷物を運ぶ運送屋の体力についていけるわけもなかった。


「す、すいませえん!!」


帝都の昼は買い物客でごったがえし、とても荷物を運ぶことなどできない。

そのため、こうして夜に搬入するのだ。


たまに転がっているボロ布を避けながら進む夜道は、不慣れなゼゲルを余計に疲労させていた。


先頭を走る顔に一文字の傷を持つリーダー格の男が皆を制止する。

手振りで路地に入れと示していた。


ハンドサインのわからぬゼゲルでも、次々に路地へと向かう男達を見ればどうすればいいかくらいわかる。


重い荷物を担いだまま、ゼゲルはなんとか路地へと身を潜めた。


静まりかえった帝都の夜に耳障りな声が響く。


「フーン、フフン。フフ、フフフン」


このあたりではあまり見ない豪奢な服を着た青年がふらふらと歩いてきた。


なんだ、酔っ払いか。

そう思った矢先、青年が手にしているものが目に飛び込んでくる。


老婆の生首である。

それを振り回して遊んでいるのだ。


「フフ! フフフゥ! ウフフフフ!!」


左手に生首、右手には魔法が付与された幅広剣だ。

青年が転がっているボロ布を蹴飛ばすと、うめき声がした。


薄汚いヒュームの老爺だ。

帝都の端に転がるボロ布の半分くらいは、痩せこけた浮浪者なのだ。


青年が悪辣に笑う。

どうやら、どこぞの貴族の息子が発狂して、浮浪者を殺して回っているらしい。


「ひ、ひいい!」

「この馬鹿が、黙っていろ。やり過ごすんだ」


帝都の人口はすでに150万を超えている。

様々な人種がごった返し、現れては去って行くこの土地では、殺人犯を特定することなど不可能に近い。


夜は追い剥ぎも出れば、夜行性の獣も出る。

狂気に堕ちた殺人鬼も、銀髪の強姦魔も出る。


こんな夜中に丸腰で出歩くのは、家賃を払えずに放り出された浮浪者か、危険を冒してでも稼ごうとする運送屋くらいだろう。


「チッ、このままじゃ。予定時間に間に合わねえ」


「ど、どうするんですか?」

「か、金は払ってもらいますよ? 俺は働いたんですからね!」


ゼゲルの言葉に、リーダー格の男が苛立つ。


このクズ、まったく役に立たない。


金を稼ぎたいと言う割に、妙に金を見せびらかすし。

長年連れ添った大切な仲間達を奴隷だ奴隷だと馬鹿にする。


そのくせ自分は善良な存在であると信じて疑わない上に、まったく役に立っていないのに金を払えと言う。


ただお気楽に荷物を運ぶだけで金がもらえると思っていたのだろうか。

どうしようもないクズだ。


お前が馬鹿にした奴隷たちは、お前の何百倍もの価値がある。

命がかけの夜道を果敢に走り抜けることができる男たちだ。


その点、お前はなんだ。

ただ腰を抜かしているだけではないか。


「あ、あの。俺そろそろ帰るので。誰か荷物持ってもらえません? 後、金ください」


ははは。

先ほど「どうするか」と聞いていたな。


答えはこうだ!


「え、ちょ。何す、何するんだてめえ!!」


半ギレゼゲルをひょいと投げ、リーダーがすくっと荷物を担ぐ。


「行くぞ、お前ら。雇い主が待ってる」

「あの豚はどうするんですか?」


「知ったことか、死んでしまえ。あんなやつ」


去り行く男達を見送る暇はない。


ゼゲルが顔を上げると、月夜に輝く双眸(そうぼう)があった。

殺人鬼の瞳である。


「おや、今日は豚の日ですか。いいですねぇ!!」

「ひいいい!!」


ゼゲルは逃げる、全力で逃げる。

しかし、殺人鬼が追ってくる。


足が速い。かなり速い。

どうにもこうにも、逃げられそうにない。


ゼゲルも必死だが、殺人鬼もそれなりに必死だった。


顔を見られているのだ。ここでゼゲルを仕留めなければ、聖堂騎士団あたりに人相を語られる可能性がある。


もっとも、そうそう捕まらないし。捕まっても親が金で解決してくれるだろう。


だが、あのクズ親に頭を下げなくてはならないと思うと気分が悪い。その上、あろうことか反省したフリまでしなければならない。


なぜこの私が心の自由を奪われなくてはならないのか。

まったく理不尽極まりない。


「あーーーーーー! 不愉快ですねーーーーー!!」


いきなりキレだした殺人鬼の心情をゼゲルが理解できるわけもない。


なんで俺がと吃(ども)りつつ。息せき切って、角を曲がる。

その先にいたのは。


「ア、アーカード!! た、たすけてくれ!!」


二人の幼女奴隷を連れた、奴隷商人だった。

仲間と合流したように見えたのか、殺人鬼が動きを止める。


この奴隷は俺が性奴隷として使ってやってたベルッティとハガネだ。


どうやら高級料理屋、金鹿の杯亭から出てきたところらしい。

こいつら、俺よりいいもん食いやがって!


「おい、何の用だ」


アーカードが思慮深く、ベルッティが疑念をもって殺人鬼を見る。

だが、殺人鬼の視線はハガネだけに注がれていた。


ハガネはというと、ただまっすぐに殺人鬼を見据えている。

何を考えているのだろう。わからない。


「…………ははっ♪」


殺人鬼が満足したような顔で闇へと去る。

何だったんだ。あいつ。


「た、助かりました。いやー、よかったよかった」


俺は弱者の顔をしてみせる。

この鬼畜奴隷商人があのド変態ロリエルフを売りつけてこなければ、俺は借金を背負うことも、こうして危険な目にあうこともなかったのだ。


おのれアーカードと叫びたくなる気持ちをどうにか抑え込む。


こんな夜中に会食でもあったのか。

正装に身を包んだ奴隷商人は、クズを見るような目で俺を見るとこう告げた。


「助けてやったんだ。金を払え」


え? な、なんですと?


「50万セレスだ。今すぐ払え」


いや、それはちょっと。

それに、お前らただ立ってただけだし。


「それとも何か? ゼゲルよ。お前の命は50万以下だというのか? ミーシャは400万で売れたというのに、奴隷以下だな」


ぷーくすくすと奴隷が笑う。

俺が散々笑ってやった奴隷が、今では俺を笑っている。


それで頭に血が上った。

そこまでは覚えている。


俺はケテルネルから借りた金のほとんどをアーカードに渡してしまった。

奴隷を買う種銭として用意した金だった。


なぜそのようなことをしたのか、まるでわからない。

アーカードが囁く度に怒りが燃えあがっていた事だけは覚えている。


しかもそのアーカードときたら、最後には高そうな護衛付きの馬車に乗って帰ってしまった。俺が渡した金を、そいつらに渡していた。


なぜだ。

なぜいつもあいつばかり、安全なところで。


「だから、アーカードが。アーカードが悪いんだ」

「へー、そうなんすか。それで金をね。返せないってわけだ」


ああ、そうなんだ。


金を取られた恨みを晴らすように、酒を飲んだ。

飲んで飲んで、酒に飲まれて路上で寝っ転がっていたら、アーカードに渡さなかった分の金も誰かに盗られていた。


なんていうか、一大スペクタクルっすね。

夜中に運送業をやったら、殺人鬼に出会って、助けてもらったら、金が無くなったと。


そうなんだ。

そういうことだから、仕方なかったんだよ。


だから、お金貸して?


「おい、てめえゼゲルふざけんなよ!! 貸した金、返せねえとはどういうことだ! ああん!?」


あんなに優しかった金貸しのケテルネルが激怒する。

見たこともない顔だった。


闇の金融屋だけど、いいやつだと思っていたのに。


「こっちはなぁ、ゼゲルさん。アンタを信用して金貸してたんだよ。アンタはそれを裏切ったんだ。覚悟できてんだろうなぁ!?」


覚悟?

覚悟って何?


いや、俺は被害者だ!

俺は悪くない、俺は何も悪くない!!


あっちへいけ! 怖い!


ケテルネルの合図で、身体中に傷を持つ奴隷達がゼゲルを捕縛する。


なぜ俺ばかりこんなに不幸になるのだろう。


なぜだ。なぜなんだ。

ゼゲルがいくらか考えても、何も思いつかなかった。


おそらく、すべてアーカードが悪いのだろう。

そう思うことにした。


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