しまった、まただ。
婚約して外出デートを繰り返すようになって気づいたのだが、あの子には軽い迷子癖があった。
これはあの子の性格上仕方がないことと言わざるを得ない。
この前の買い物では道を聞かれて、上手く説明できないから、と一緒にいなくなるし、その前は足の悪い人に付き添って迷子になる始末。
「やむを得ないときは断りなさい」と言ってもそれができないのがあの子のいいところでもあり悪いところでもある。
その博愛ぶりを集約して俺だけにそそいでくれないかと毎回痛烈に思うけど…まぁ…そういうところもたまらなく好きだから口には出せない。
スマホを出したがすぐにしまった。
「家に忘れてきちゃった」と数十分前のテヘぺロを思い出したからだ。
仕方なく店中を捜し回ったけれども、見つけられなかった。
道行くのは家族やカップル。たくさん人、人、人。闇雲に捜すのはかえって危険だろう。
こうなれば、迷子の呼び出しでもしようか…いやそれはさすがに恥ずかしい。俺が。
まったく…今度首輪でもつけておこうか…。
「まぁ、いいや」
俺はゆったりとソファに腰掛けた。
毎度のことだというのに、何故だか苛立ちはなかった。
この広い施設。何時間したら再会できるのかも見当つかない。けれど、不思議と焦りもなかった。
どこにいたって、俺たちは出会える。
そんな根拠のない確信があった。
あったから、いつまでだって待っていられるような余裕があった。
そんな自分に驚く。いつの間に俺はこんな悠長な性格になってしまったんだろう。
まるであの子の性格がうつってしまったようだ。
亜海はよく俺をやさしいと言う。
けれど、俺は別にやさしい方だとは思っていない。
むしろ、愛を知らず、人を毛嫌いし、独りの殻に閉じこもる方が楽と思う偏屈者だった。
それが、あの子と出会ってすっかり変わってしまった。
あのほんわか雰囲気にふやけてしまった、とでも言うのがふさわしいかもしれない。
果たして数十分後、亜海は無事俺の元に戻ってきた。
「よかった…ぁ!やっぱりここで待ってくれてた。戻ってきて正解…!」
はぁはぁと肩を上下させながらほっとしている亜海。
俺はうんうん、とうなづきながらうながす。
「それで今日は何が起きたの」
「きょ、今日はええと…ごめんなさい…妊婦のお母さんを手伝ってたらつい…」
「妊婦?」
うん、と続きをうながすと、亜海は申し訳なさそうに弁明を始めた。
迷子の男の子がいて、一緒にお母さんを見つけてあげたら、そのお母さんが妊婦さんで一人で重い荷物を持っていて―――
「で、一緒に送迎バスまで運ぶのを手伝ってあげた、と」
「はい…」
ごめんなさい…とぽつりと続いた。
「この前もも黙ってはぐれるなって言われたのに…つい…」
しょんぼりうなだれる頭に、ぽん…と手をやる。
「だいじょうぶ。どうせそんなことだろうと思ってたから」
「…」
「だからほら、こうしてのんびり待ってやってただろ」
「…怒って…ない?」
「ないよ」
と言いながら頭を撫でてあげる。ちょっと強い力でごしごし。
「よかった。やっぱり裕彰さんはやさしい」
乱れた髪で、亜海はほんわかした笑顔を浮かべた。
そうすると、俺の心はまた瞬時にふやけてしまう。
やっぱり俺は、この子のこの笑顔にてんで弱い。
今度はやさしく髪を撫でてあげながら認める。
結局のところ、俺はこの子に完璧に溺れているんだな、と。
※
ショッピングモールを出て移動し、ランチ。それからは別の家具店をはしごした。
最後に家の近くのスーパーで買い物をして帰宅した。
テーブルしか置いていないリビングには、夕日が差し込んでいた。
今日はかなり歩き回って疲れた。
さんざん見て回ったけれど、これと言う決め手がなくて、結局何ひとつ買ってこられなかった。
ああ、来週もまたソファが無いリビングで一週間を過ごすのか。
でも、まぁいい。
これから亜海と一緒に時間をかけて買い揃えればいい。
ゆっくり、のんびりと。
亜海は干していたシーツを取り込もうと、ベランダに出ていた。
「わあいい香り。裕彰さんもかいでみて」
「んー?」
「お日様の香りがすごくいい匂い。今日はすごく天気がよかったから」
シーツから太陽と柔軟剤のさわやかな匂いが香っていた。
やさしくてほっとなる香り。
亜海と同じだ。
ふいに衝動に駆られて、シーツごと亜海を抱き締めた。
「きゃ…!」
びっくりした亜海の悲鳴に、ベランダの下を歩いていた親子連れが振り向いた。
「あ…ご、ごめんなさい」
恥ずかしげに亜海が頭を下げると、くすりと笑って、また楽しげに手を繋いで歩いていく。
「素敵な家族…」
長さのちがう影が遠のいていくのを見つめながら、亜海がつぶやいた。
「今日の妊婦さんもね、旦那さんが奥さんをすごい心配しながら迎えに来て『あんまり無理するな』って、男の子と一緒に怒ってたんだよ」
「へぇ…」
「親子二人でお母さんを心配しているのが可愛くて…なんだか家族っていいな、って思っちゃった…」
「そう。
…じゃあ、俺たちも家族増やす?」
「え…?…っあ…!」
シーツごと抱きくるむと、亜海を抱きかかえた。
心地よい重みを両手いっぱいに感じながら、思う。
満たされない人生を過ごしてきた。
ずっとひとりで寂しかった。
けれどそれはこの幸福を手に入れるための代償だったのなら、安いものだった。
この子はなんと言うんだろう。
いとおしいもの…大切なもの……いや。
たからものだ。
亜海は誰よりもなによりも大切な、たったひとつの俺のたからものだ。
「や…おろして…っ重いから…!」
「やだ。重くないよ、全然」
「でも…っ」
「今日はずっと外だったから、今夜はずっとふたりっきりで過ごすよ。わかった?」
そう告げて、抱きかかえて行くのは甘く密やかなふたりだけの部屋。
俺だけの、世界にひとつだけのたからもの。
今夜は一晩中閉じ込めて、いっぱいいっぱい可愛がろう。
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