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第3話:部屋の向こうで
その日も、私は同じ時間に祖父の家へ向かった。

西陽の角度がぴたりと決まる頃、物置の空気は少しあたたかくなる。


本を開くと、きのうまでの文字のつづきが書き足されていた。


「きょうも きみは おおきなこえで わらった」


その一文を目で追った瞬間、胸の奥にじんわりとひびいた。


私は笑っていた——たしかにそうだったと思う。

けれどその“きみ”という呼びかけが、まるで第三者の視点のようで、妙な距離を感じさせた。


ページをめくると、さらに文字が続く。


「だけど あのひとが ふすまをあけたとたん」

「きみのこえは すぐに しずかになった」


一瞬、空気が凍ったような錯覚がした。


“あのひと”——誰のことか、わかっていた。

祖母だ。


祖母は、いつも口をきつく結んでいた。

ぴしっと揃った灰色の髪、しわ一つない和服、足音のしない歩き方。

口調はいつも低くて冷たく、何かがずれていたり、散らかっていたりすると、すぐに注意が飛んできた。


私は祖母の前では、自然と声を抑えるようになっていた。

けれど、それを“誰かが見ていた”と知ったのは、はじめてだった。


物置の壁に、ふすまの音がかすかに反響したような気がした。



本の次のページには、短くこう書かれていた。


「わたしは なんども そのけしきを みた」


“わたし”が、私ではない。

ページの語り手は——祖父だ。


祖父の姿を思い浮かべる。

背はやや低めで、肩幅が広く、いつも少し猫背で歩いていた。

白髪混じりの髪はぼさぼさで、よく耳の後ろをかいていた。


部屋の隅で静かに座って、新聞をめくるふりをしながら、私たち家族を見ていた。

その姿がふいに思い出された。


そして、その視線の奥には、祖母への言葉にならない「おそれ」があったのかもしれない。



夕暮れの帰り道、ふと後ろを振り返ると、物置の窓に何かが反射していた。

私の姿ではない。背の高い人影が、壁に沿って立っていたように見えた。


風もないのに、木の葉が音を立てて揺れた。


その夜、私は夢の中で、ふすま越しに誰かの影を見た。

閉めきった部屋の向こうから、じっとこちらを見つめていたような——そんな気がした。

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