「娯楽とは悪である。子供に与えるべきではないものとして国で認定されたのは──」
カッカッと、黒板に書かれる娯楽の数々。
「特に暴力表現や性的表現については──」
18歳になるまで一切の娯楽は禁止される。
娯楽禁止法。
法律として制定されたのは今から50年も昔のことらしい。
「だが、君たちは今年で18歳になった。娯楽が解禁される」
そう言われてもピンとこなかった。
ただ、娯楽とは楽しいものであり、知れば世界が広がると言われている。
「ただし、18歳になったからと言って全員が娯楽を経験できるわけじゃない」
「はい!」
手を上げたのはクラス委員長だ。
「娯楽を経験できるのは、娯楽教室での教育を終えた者だけです」
ピッチリとくくられたみつあみに、黒縁メガネ。
典型的な優等生で、ケイコという。
「その通りだ。18歳になったみんなは、娯楽教室での教育を受けることができる」
娯楽教室に参加するかどうかは自主性に任せられることになっていた。
*****
「ヒロシ、お前どうする?」
休憩時間に声をかけてきたのは友人のマサだ。
「俺は参加してみるつもりだよ。新しい世界を見てみたいし」
「せっかく18になったんだもんなぁ。娯楽ってどんなものか、見てみたいよな」
マサも同意している。
「だよな。ちょっと怖い気もするけど」
変化を好まないタイプなので、娯楽と聞いて少し怯えもあった。
今までずっと禁止にされていたことが、18になって突然解禁されるのだから緊張するのも当然だけど。
「みんなで参加して、娯楽教室での教育を終えたら楽しさも倍増しそうね」
声をかけてきたのはケイコだ。
「ケイコも参加するのか?」
「もちろんよ!私はまだまだ教養を増やしていきたいもの」
ケイコは大きく頷く。
「娯楽教室か、どんなところだろうなぁ」
俺はぼんやりとつぶやいたのだった。
*****
翌日。
自ら娯楽教室へ行くことに決めたのはクラスの半分くらいだった。
「ここから先で見たこと聞いたこと、起こったことは他の生徒たちには話すなよ?」
学校の地下室へと続いている階段の手前で先生が言った。
すべては娯楽教室の授業を受けた生徒だけの秘密みたいだ。
「なんかワクワクするな」
マサがつぶやく。
子供の頃秘密基地を作ったときみたいなワクワク感が湧いてくる。
自分たちが知っている娯楽は、その程度のものだった。
「なにこれ」
地下室へ下りきった時、檻のような柵がついた部屋がいくつも並んでいた。
覗いてみると真ん中に簡易ベッドが置いてあり、奥には重厚な棚が置かれている。
「よし、この部屋にひとりずつ入れ」
先生に言われて俺は躊躇した。
こんな檻に入るのか?
「俺いっちばーん!」
ガチャン!
一番手前の部屋に入ったのはマサだった。
マサは好奇心旺盛で、前に出たがる性格をしている。
「おいマサ、大丈夫か?」
思わず声をかける。
「大丈夫大丈夫。部屋に入ると勝手に鍵がかかるみたいだ」
マサの檻はもうびくとも開かない。
「ほら、お前らもモタモタするな!」
先生にせっつかれて渋々檻の中へ入っていく。
ガチャン!ガチャン!
あちこちで勝手に施錠されていく音が響き、ついに俺も部屋に入ってしまった。
ガチャン!
冷たい施錠音に一瞬背筋が寒くなる。
「これは授業なんだから、心配することはない」
自分に言い聞かせて大きく深呼吸をした。
「全員部屋に入ったな?じゃあこれから娯楽教室の説明をする」
先生が檻の前の通路を歩きながら話を始めた。
「娯楽教室で習うのは、娯楽はどういうものか?ということだ」
「お前らもう知っていると思うが、特に禁止されている娯楽は暴力と性的な表現のある書物、ゲームその他すべてのものだ。これらの娯楽は悪とされている」
先生が足を止めた。
「この娯楽教室では、それがどんなものなのか、実際に経験して覚えてもらう」
「先生!」
その声はケイコだ。
少し遠い部屋に入っているから、姿までは見えない。
「実際に経験するってことは、本を読んだりゲームをしたりするということですよね?それなのに檻に入るのはどうしてですか?」
その質問に答える前に、自分たち以外の足音が聞こえてきた。
誰かが地下室に降りてきている。
「その認識は間違っている」
先生が答える。
「え?」
「ここではお前たちに本やゲームの中で起こっていることを、経験してもらう。それが娯楽教室だ」
先生が説明した瞬間足音の主が姿を現した。
それはスーツを着た男性で、檻の中の俺たちを見てニヤリと笑う。
「せ、先生、その人は誰ですか!?」
スーツの男からただならぬ雰囲気を感じ取ったケイコが叫ぶ。
「この人が、今回の講師だ」
スーツの男がケイコの前で足を止めた。
「ふへへっ。いい女じゃねぇか」
男はだらしなく口元を歪ませて笑ったのだった。