テラーノベル
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怜の周りにあった人の輪がようやく散り、奏を視線で探し出すと、彼女はこのパーティの司会進行役の男に捕まっていた。
(あの男………)
怜は奏のいる方を凝視する。
男は、まだ奏を離す気はないのか、彼女の手首を掴んだまま話し続けている。
奏が何かを言った後、男の腕を振り切って会場を後にしたところで、怜も彼女の後を追った。
ロビーは閑散としていて、誰もいない。
怜はくまなく奏を探すと、隅の方でソファーに座っている彼女を見つけ、近付いていく。
顔面蒼白の彼女は疲れ切った表情で、背もたれに身体を預けたまま、外の景色を眺めていた。
「奏さん」
疲弊した心と身体に心地よく響く低い声音に、奏が徐に身体を起こし、声の主へ身体を向けた。
「葉山さん、お疲れ様です。パーティ……楽しんでますか?」
力無く怜に微笑む彼女に、彼の胸の奥に鈍い痛みが広がっていく。
「まぁ、そこそこに。それよりも奏さん。顔色が悪いようだけど……大丈夫か?」
「大丈夫です。パーティも、あと少しでお開きですし……」
言いながら奏の表情が少しずつ曇り始めた。
「でも、かなり辛そうに見える。家まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。葉山さん、今日は車で来てるんですか?」
「ああ。リペア用の工具も持参したし、今日は車で来た」
会話が途切れ、静寂に包まれたロビーには、どことなく重苦しい空気が漂っていた。
沈黙を引き裂くように、怜は戸惑いながらも奏に質問する。
「そういえば、さっき…………男と話してたな」
「…………」
まるで嫉妬しているような怜の言い草に、奏が更に表情を曇らせながら口を閉ざしてしまった。
彼は、先ほど話していた男が奏の心の闇を支配している根源なのかもしれない、と感じていた。
それは午前中、定演会場のロビーで奏と会って話をしていた時に思った事だ。
いつも勝ち気な言葉を放つ彼女が、一点を見つめたまま、あんなに恐怖に怯えている表情を見せるのは、よほどの事だと思ったのだ。
奏に聞いたとしても、恐らく黙るだろうし、自分の事を更に警戒すると踏んだ怜は、これ以上彼女に問いかける事をしなかった。
「すまない。君の気分を害してしまったようだな」
「いえ……大丈夫…………です」
奏は再び、気の抜けたような表情で、ふにゃりと怜に笑いかけた。
「奏さん」
瞳の色を失いつつある彼女の目に、怜は視線を真っ直ぐに見やりながら彼女の名を呼んだ。
「無理だけはしないでくれ」
「……え?」
怜の右手が奏へと伸び、白皙(はくせき)の頬にそっと触れる。
「俺の前では……無理しないでくれ。無理に笑おうとしないでくれ。君は自然な笑顔が…………一番美しいから」
彼女の頬に触れながら、怜の親指は、疲労の色を滲ませている奏の表情に浮かぶ小さな花弁を、そっとなぞる。
色白の頬と艶やかな唇に触れながら、そのまま顎に手をかけ、彼は奏の唇を奪いたい衝動に駆られたが、何とか封じ込めた。
筋張った指先が柔らかな彼女の頬を、壊れ物に触れるように撫で続けるが、細い指先は怜の手首をゆっくりと掴み、引き剥がしていく。
「大丈夫です。そろそろお開きの時間なので行きますね。葉山さん、ありがとうございます」
奏は立ち上がり、怜の前で一礼すると、覚束ない足取りで会場の中へ入っていった。
「奏……」
怜は彼女の名前を呟いた後、スマホを取り出し、画像ファイルの中にあるお気に入りフォルダをタップした。
そこには先月、湘南へドライブに行った際、高校時代の友人、本橋豪の妻、奈美が撮ってくれた二枚の写真がおさめられている。
穏やかに笑顔を向ける怜と奏。
そして、彼女が柔らかな表情で彼に寄り添い、奏の肩に手を添えて写っている二人。
奏の自然体の表情をまた見たいと願いながら、怜はスマホをスーツのスラックスのポケットにしまいこみ、会場の中へ戻っていった。
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