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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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思わず足を止めてしまった。

扉の陰で、つい聞き耳をたててしまう。

「じゃあ二十歳そこそこの子を嫁さんにしたってこと? 意外! そういう好みだったんだ」

「まぁあの教授、貫禄の割に若いから、ものすごい年の差ではないだろうけど――にしたって驚きだよな」

どうやら俺の話――結婚の噂の話をしているらしい。

噂が流れていることには気付いてはいたが、予想以上に知れ渡っているようだ。

室内には、三人ほどの学生がいるらしい。

興奮気味の彼らの会話は続く。

「てか、俺はあの人が結婚したってことが驚き。恋愛感情持ってたんだ!? って」

「だよな、あの先生が結婚する相手って、どんな子なんだろうな?」

「はーい、俺見たことあるよ」

「まじで? なんで? どゆこと?」

「どうやらその相手、うちの特別コースに通ってる子らしんだよ。それがけっこうかわいいんだよ。清純系ってカンジで。ますます意外だよな!」

「まじでー! 今度見に行ってみようぜ!」

大学内に報告をした際に口外を控えるように頼んだわけでもないので、学生たちの結婚したことが知られるのは時間の問題と思っていた。

だが、相手のことは詳細には説明していない。年齢も、この学内に在籍しているということも……。

なぜ学生がこうまで美良のことを知っている? ――と巡らせて天田助手の姿が思い浮かんだ。

天田教授の娘である彼女なら、父親から詳細を教えてもらっていてもおかしくはない。

思わず溜息が漏れた。

美良は大丈夫だろうか。

こういう不躾な会話の種にされて彼女が傷つくのを恐れたから、必要最低限の関係者にしか公表しなかったのに。

以前、彼女が男子学生に言い寄られていた光景が思い起こされた。

あの時のように、軽薄な学生に彼女が翻弄されてしまったら――。

微かな苛立ちが芽生え始めた俺を煽るように、学生たちの会話はさらに白熱する。

「けど、もっとやばいのがさ、この結婚がカモフラージュっていう噂だよ」

「カモフラージュ? 恋愛感情なしで結婚したってこと?」

「そうそうそう。もういい歳だしって周りから結婚結婚って催促されるのを煩わしく思って、あの教授が適当に条件がいい子を選んだったって話」

「まじで? 最悪じゃん、ありえねー」

息を飲むしかなかった。

どうやら、噂は相当熱い話題として広まっているらしい。

人から人に伝えられていく過程で尾びれ背びれが付いてとんでもないものに変貌するというのが噂の常だが、今回のように真相を衝いてしまうというパターンもあるようだ……。

彼女とは学内での接点はほとんどない。

苦しいが、このまま沈黙を守って、噂が飽きられてしまうのを待つしかないか……。

さすがに焦りを覚える中、学生たちの無遠慮な会話は続く。

「もしそれ本当だとしたら、やばくないか。相手の子、かわいそうだろ」

「いんじゃね、結婚なんてそんなもんで。あの教授となら、金には苦労しなさそうだし」

「つまり金で買ったってやつ? あの冷徹教授らしいな、ははは」

軽薄な笑いが響く中、俺は思わず鼻笑ってしまう。

金で買った、冷徹か。

若者らしい不躾で稚拙な言い草だ――だが、実に的確な表現だな。

たしかに俺は、ただそばに置きたいというエゴで彼女の弱い立場を利用した。

援助という体のいい言葉で繕って金をちらつかせて、冷徹に彼女の人生を奪った。

まともな人間は、内に荒ぶる想いをちゃんとセーブし、それを純粋に受け入れてもらうにはどうすればいいかと試行錯誤し、慎重に相手と向き合う。

愛した人だから、想いやって大切にする。

俺は、彼女を愛してしまっていた。

あの図書館での出会いから、あのたった数日のやり取りだけで、彼女に惹かれてしまった。

こんなことは初めてだった。

冷徹という評価は実に的を得ていた。

女性と付き合った経験はいくつかあるが、すべて相手から申し出てきた場合のみで、俺から惹かれることはなかった。

元より俺は冷めた性格だった。

それがあることを境にしてより顕著になり、恋愛感情どころか人らしい感情自体も乏しくなっていった。

しかし、彼女と交流するうちに、それが狂ってしまった。

狂ってしまって、抑えきれずについ口走ってしまったのが、あのプロポーズだった。

結婚すれば、彼女を束縛できれば、彼女への想いは抑えられると思った。

だがその逆だった。

彼女を近くに感じるほど、知れば知るほど、彼女への欲が強くなっていく。

俺だけのものだと、存分に愛したくなってしまう……。

だが、この想いを彼女に告げることは、けしてしない。

彼女を愛してはいけないのだ。

俺に人を愛する資格はないのだから――。

「先生おはようございます」

背後から学生に話しかけられて、俺は物思いから顔を上げた。

一時限目開始の時間が迫っていた。

君という鍵を得て、世界はふたたび色づきはじめる〜冷淡なエリート教授は契約妻への熱愛を抑えられない〜

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