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翌週、浜田夫人に呼ばれていた柊と花梨は、二人で浜田家へ向かった。
実家の売却の方は順調で、横谷のローンの審査が下り次第、すぐに本契約へ進む予定だ。
柊が運転する車の助手席で、花梨が言った。
「今日はなんのお話なんでしょうか?」
「さあ……俺も電話の時に聞いたけど、詳しくは家で話すからとしか言われてないんだ」
「そうですか……」
花梨は不思議に思いながら呟いた。
浜田家へ到着し、応接室に通された二人は、そこに浜田夫人の夫・宗之(むねゆき)がいたので驚いた。
柊は何度も会ったことがあるが、花梨は宗之に会うのは初めてだった。
宗之はこの辺りの地主で、親族で会社経営もしていた。
「やあ、いらっしゃい。城咲君、久しぶりだね」
「ご無沙汰しております」
「今回は実家の売却の件で世話になったな」
「こちらこそ、全てうちにお任せいただき、本当にありがとうございました」
「うむ。ところで、彼女が水島さんかな?」
そう言われた花梨は、慌てて挨拶をした。
「初めまして、営業第二課の水島花梨と申します。この度は、わが社にお任せいただきありがとうございました」
「いや、こちらこそ。うちの家内があなたのことを気に入ってましてね。若いのに頼りになるし、実家への思い入れを全部汲み取ってくれたって、それはもう大喜びではしゃいでましたよ」
その時、応接室のドアが開き、浜田夫人がコーヒーを持って現れた。
「誰がはしゃいでたんですって?」
「お前だよ」
「やだ、私、はしゃいでなんていないわ」
浜田夫人は恥ずかしそうに微笑むと、柊と花梨の前にコーヒーを置いた。
「「ありがとうございます」」
すると、宗之が続けた。
「ははは、でも、お前言ってたじゃないか。また土地を売買する時は、また水島さんに頼むって」
「あら、それは言いましたわ! だって、水島さん、頼りになるんですもの」
褒められた花梨は、少し照れたように笑った。
その笑顔を、宗之が目を細めて見ている。
そこで、柊が笑顔を浮かべながら言った。
「お気に召していただき良かったです。また何かございましたら、ぜひ、この水島にお申し付けください」
その言葉に、宗之と浜田夫人は、顔を見合わせて微笑んだ。
そして、浜田夫人が口を開いた。
「じゃあ遠慮なく、もうひとつお願いしていいかしら?」
「「えっ?」」
「実は、ほとんど行っていない別荘があるのよ……」
それを聞いた柊が、聞き返した。
「別荘……ということは、軽井沢の?」
「ううん、違うの。軽井沢と伊豆の別荘は今後も使う予定なんだけど、今回売却したいのは、白馬の別荘なのよ」
その言葉に、柊が驚いたように言った。
「白馬にも別荘をお持ちでしたか……」
「あら? 言ってなかったかしら? 子供たちが小さい頃は、よくスキーに行ったんだけど、もうずいぶん行ってないのよ」
そこで、宗之が口を開く。
「私たちも年老いてきたし、今のうちに少し身の回りを整理しておこうって思ってね。白馬は今地価が上がっているだろう? だからいいタイミングかなと思ったんだ」
「おっしゃるとおり、売るにはちょうどいい時期だと思います。承知いたしました。では、さっそく現地調査に行ってまいりますので、住所を教えていただけませんか?」
浜田夫人は、別荘に関する書類を用意していたようで柊に渡した。
彼はさっそくそれに目を通す。隣から花梨も書類を覗き込んだ。
そんな二人を、浜田夫妻がにこやかに見つめている。
柊が一通り書類に目を通した後、浜田夫人が口を開いた。
「そこでね、一つ提案があるの」
「何でしょうか?」
「現地調査には、二人で行ってほしいのよ」
「「え?」」
「現地までは車でしょう?」
「はい」
「だったら、一泊で!」
「は?」
「え?」
「もちろん、宿泊代はうちが出すわ。ちょうど近くに素敵なリゾートホテルがあるのよ」
「「…………」」
柊と花梨は目を見開いて驚く。
そこで、柊が浜田夫人に言った。
「わざわざ宿を取っていただかなくても、頑張れば日帰りで行ってこれますので」
その言葉に、浜田夫人は笑みを浮かべる。
「城咲さんにはこれまで何度もお世話になっているし、水島さんにも今回の件でとても良くしていただいたわ。だから、この一泊旅行は、私からの労いのプレゼントだと思って、二人に行っていただきたいの」
突然思いもかけないことを言われた二人は、咄嗟に言葉を失う。
しかし、すぐに花梨が慌ててこう返した。
「で、でも、仕事ですから、ホテルまで取っていただくわけには……」
続いて、柊も言った。
「そうです。宿泊代まで出していただくなんて、とんでもないですよ」
すると、浜田夫人は姿勢を正し、微笑みを浮かべながら二人にこう告げた。
「これはね、私からの感謝の気持ちなのよ。だって、実家を潰さないで済んだだけじゃなく、あの有名なお二人が素敵なレストランにしてくださるのよ。こんな嬉しいことはないじゃない? 私はね、あなたたち二人に売却をお願いして、本当によかったって思っているんです。だから、せめてものお礼に、どうかこのプレゼントを受け取ってちょうだい」
浜田夫人に続き、宗之も言った。
「久子が、どうしても君たちにプレゼントしたいって言ってるんだ。快く受けてもらえないか?」
浜田夫妻の気持ちは痛いほど伝わってきたが、今まで前例にないことを持ちかけられた二人は戸惑っていた。
「しかし……」
柊が口を開きかけた時、宗之が再びこう言った。
「ちなみに、支店長の許可は電話で取っておいたよ。まあ、私がぜひにと言えば、あの男は断れないだろう。だから、会社のことは気にせず、二人で現地調査ついでに、少しのんびりしてくるといい」
「そうよ。お若い二人はいつも一生懸命仕事に取り組んでいるんですもの。このくらいのご褒美はいいでしょう?」
満面の笑みの二人を見た柊と花梨は、言葉に詰まったまま大きく目を見開いていた。
コメント
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浜田夫妻素敵✨ この別荘の現地調査で、2人の仲がグーッと近づくはず🫶ドキドキです😍
あら…🫣💕
浜田ご夫婦、何かを感じるのだろうなぁ♡キューピットよ🥰花梨ちゃんの鉄壁をどーんと砕いて…どーんと攻めて押し倒して💕勝手な予想の孫紹介じゃなくて良かった😂