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「今日……怜さんと……」
彼と会う度に、『淫らなお稽古事』で肌に触れられ、奏はセックスに対する恐怖や不安が、ほぼ消えたように感じていた。
だが、それとは別の感情が、彼女の中にずっと燻り続けている。
——怜さんと一緒にいて嬉しいはずなのに…………寂しい
その寂しさは何なのか。
奏には、元カレに無理矢理処女を奪われた経験がある事を踏まえ、セックスに関しては彼女の気持ちを怜は優先し、彼女が抱かれたいと思ってる時に、彼が抱くと言っているから。
その事は奏も重々承知だが、怜が気持ちの思うがままに抱いてきた歴代の恋人たちに嫉妬している。
彼は、彼女の敏感に感じる艶玉に触れる事で、達する事を身体に教え込んだ。
だが、そこから先は進まず、色欲の炎が灯された奏の淫靡な蝋燭を、怜の吐息で吹き消されてしまうのだ。
——彼によってセックスに対する不安や恐怖心が拭えた今こそ、抱かれたい。
抱かれたいんだけど……。
(でも……女の私の方から、怜さんに抱かれたいって伝えても、いいのだろうか? いやらしい女って思われないかな……?)
怜に抱かれる事を考え出すと、そこから枝分かれして、また違う心配事が芽生えてくる。
小さかった不安の芽が、いつしか茎を伸ばして葉を付け、如何わしくも不穏な花が咲きそうな感じだ。
(私にあんな過去がなければ……)
思考の回廊がまたスタートラインへ戻り、怜と一緒にいて嬉しいはずなのに、寂しい……と負のループに陥(おちい)る。
奏は項垂れながらこめかみに手を当てると、バスルームのドアが開く音が遠くに聞こえた。
濡れた髪をタオルドライしながらリビングに戻ってきた怜が、ソファーで俯き加減にして額に手を当てている奏を見て、すぐに近寄ってきた。
「奏? 大丈夫か? 体調悪いのか?」
怜の声にハッとして顔を上げると、彼は気遣うように奏の顔を覗き込んだ。
「ちょっと考え事してただけなので、大丈夫です」
「考え事? ひょっとして真理子の事で気に病んでるのか? 俺のかけがえのない大切な恋人は、奏だけだぞ?」
まさか、怜に抱かれた歴代の恋人たちに嫉妬していたなんて、奏は恥ずかしくて口にできない。
だが、彼は先ほどの修羅場にいた奏が、真理子の事をずっと気にしているのか、と受け取ったようだ。
ある意味、正解でもあるのだけど……。
「怜さんの気持ちは、しっかり受け止めてますよ。でも……」
「でも? 何だ?」
怜が奏を見つめながら不安げに問いかける。
「過去の恋人の名前を呼び捨てで聞いちゃうと……何か虚しいなぁ。私もお風呂に入ってきますね」
「あ……ごめん……」
シュンとした声で謝る怜。
これ以上、彼に悟られないように、奏は緩やかに笑みを浮かべると、着替えを持ってバスルームに向かった。
着ていた服と下着を全て脱ぎ捨て、洗面台の鏡に自分の身体を映し出してみる。
会う度に、怜が奏の身体に唇で描く華は、彼が言うには『奏を抱けない代わりに、俺だけの女という印を残す』という事らしい。
所々に残っている、赤黒く燻んだ証の華。
初めて付けられた時と比べると、大分華が散っている。
怜と恋人同士になってから、互いの肌に触れ合う時、彼は華を咲かせる事に夢中になる。
彼女の中で、当たり前のように身体に刻印されている淫らな証。
その数が少なくなってきている事に、奏は不思議と寂しさを感じていた。
(いけない。考え事してないで早く入らないと……)
バスルームの中に入り、奏は蛇口を全開にすると、降り注ぐシャワーの中に身を投じた。