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ー八代(飼い主)視点ー
冬は嫌いだ。
空気が薄くて、世界の音が遠くなる。
みんな足早で、誰も周りを見ない。
私も、その中の一人だった。
スーパーの袋をぶら下げて、いつもの帰り道を歩いていただけ。
ただ、それだけ。
「……猫?」
ゴミ捨て場の横で、小さな影が動いた。
痩せた猫。
毛は汚れて、耳も傷だらけ。
逃げる元気もないみたいで、ただこっちを見てた。
——あ、これ。
たぶん、もう長くないやつだ。
そう思った。
かわいそう、とかじゃない。
ただの事実として。
昔からそういうのが、なんとなく分かる。
助からない命の重さとか。
どうしようもない現実とか。
見ないふり、できるはずだった。
今までだって、そうしてきた。でも。
「……にゃ」
その声が、変だった。
弱々しいくせに。
やけに必死で。
まるで。
「助けて」って言ってるみたいで。
……気のせいなのに。
足が止まった。
「……はぁ」
小さくため息。
ほんと、面倒くさい。
私はしゃがみこんだ。
「こんなとこいたら死ぬよ」
返事なんてないのに、話しかける。
猫は、ふらふらしながら前足を伸ばしてきた。
縋るみたいに。その仕草が、人間みたいで。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
「……帰ろう」
口が勝手に動いてた。
たぶん、この瞬間。
私の負けだった。