テラーノベル
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カチッ――。
小さな音と共に、目線よりやや高い位置に設置されたモニター画面が光を放った。
映し出されたのは、薄暗い部屋の中で蠢く白い影。
「……なに?」
眉を寄せ、不可解な動きをするその影に目を凝らす。
……倒れ込んでいるのは、男性の後ろ姿?
着ているのは……これ、白衣かな……。
影の正体が人だと分かるにつれ、その輪郭が少しずつ鮮明になっていく。
前屈みになり、何かに覆い被さるように身体を揺らす大きな背中。
「よく見えない……。
あれ? もう一人いる?」
額に刻んだ皺をさらに深め、独り言を漏らしながら画面へ顔を近づけた、その時――
「ああ、ごめんね。音声をOFFにしたままだったよ」
直江先生はそう言って、黒いダイヤルを回した。
次の瞬間――
部屋いっぱいに女性の悲鳴が響き渡る。
「なっ……!?」
耳をつんざくような奇怪な声に驚き、私は思わず仰け反るようにモニターから顔を離した。
……!?
こっ……これって……。
目を見開き、身体が硬直する。
耳へ流れ込む艶かしい濡れ声。
男性と思われる身体が動きを増すたび、悶え、張り上げられる生々しい肉声。
目の前の映像が男女の「まぐわい」だと理解した瞬間、その光景の全貌が明らかになった。
白衣らしきガウンを羽織った男性は、立ったままオペ台に横たわる女性へ覆い被さり、腰を揺さぶっている。
そして、蜜所を密着させたまま、食らいつくように男性の背中へ絡みつく両脚。
片足にだけ下ろされたままの下着が、その光景をより淫らに映し出していた。
「直江先生……何なの、この映像……。
誰なの、この二人……。
着てるの、白衣だよね……。
どこで撮影した映像なの?」
見覚えのある情景に目を凝らしながら、引き攣った表情で問いを重ねる。
直江先生は画面に釘付けになる私を眺め、「ククッ」と喉を鳴らした。
「……なに?」
馬鹿にされたような含み笑いを浮かべる理由が分からず、口元を歪めて直江先生へ視線を向ける。
すると彼は、鼻先を人差し指で擦りながら、再び怪しげな笑みを浮かべた。
「なに言ってるの? 亜紀さん。
このモニターは、ここのオペ室の状況を映し出すためのモニターだよ。
ほら、左斜め上に麻酔器がちゃんと映ってるじゃないか」
「こ、ここのオペ室!? オペ室でこんなことを!?」
システム的には、確かに当然と言えば当然。
しかし、現実のオペ室で起きていることだと思うと、映し出された光景は信じ難い狂気そのものだった。
私は呆然と口を開けたまま、直江先生が指差した麻酔器へ目を凝らす。
「それに、これは『撮影した』じゃないんだよ。
今この瞬間、僕たちがこの二人を『撮影している』んだ」
「えっ……どういうこと? 今、この瞬間……?」
「この二人は今、ここのオペ室でこの破廉恥行為をしてるんだよ。
そして二人は間違いなく、この病院の関係者。
もちろん、亜紀さんも知りたいよねぇ。この鬼畜な奴らの正体を」
動揺を隠せない私の顔を見つめ、直江先生は満面の笑みで同意を求める。
「直江先生はこの二人が誰なのか知ってるの? この病院の関係者だなんて……」
素直に「知りたい」とも言えず、語尾を濁した。
「うん、よく知ってるよ。
だから一緒に見に行こうよ。7番オペ室。
人のセックスを盗み見できるチャンスなんて、あのパーティー以外じゃ滅多にないでしょ?」
「ええっ!? 盗み見って……そんな……」
『手術室7』……。
楓ちゃんがオペ台の上で横たわり、涙を流していた――あの手術室。
それは偶然なのか……。
あの夜の彼女の姿が、再び脳裏によみがえる。
その瞬間――
心臓が『ドクンッ』と大きく脈打ち、喉の奥に息が詰まるような感覚が走った。
湧き起こる不吉な予感……。
「……」
足元へ視線を落とし、身体を強張らせた、その時だった。
喘ぎ悶える女性の口から、驚愕の言葉が放たれた。
『……愛してる……愛してるわ……遼一さん……』
……え?……
愛してるわ……
……【遼一さん】?……
「いま……遼一って……。
遼……?」
モニター画面を見つめたまま、茫然と立ち尽くす。
耳を疑いたくなるその名を口にした女性は、男性の首筋へ両腕を回してしがみつく。
それを合図にしたかのように、男性は女性の身体を抱き起こした。
女性は腰を持ち上げられ、身体を弓なりに反らせながら身悶える。
前ボタンを外された白衣からは乳房が覗き、スカートは腰まで捲し上げられている。
女性は自ら腰を揺らし、快感を求めていた。
その淫らな姿を凝視したまま、私は言葉を失う。
男性が身体の位置を変えた拍子に、女性の顔がはっきりと映し出された。
その瞬間――
再び、私を大きな衝撃が貫いた。
そんな……
嘘でしょ……
「楓ちゃん……。
遼……」
映像が霞んで見える。
目の前が真っ白になる。
男性の背中。
揺れる髪。
そして、漏れ聞こえる息づかい。
――脳が『自分の夫』だと認識した、その瞬間。
私の視界は途切れ、身体は膝から床へと崩れ落ちた。
コメント
1件
読ませていただきました……。 いやもう、心臓がバクバクです。モニター越しに真実が暴かれる瞬間の描き方が本当に巧みで、画面の向こうにいる亜紀さんの動揺が手に取るように伝わってきました。特に「脳が『自分の夫』だと認識した」という一文、あの瞬間の衝撃が凄まじくて、私も息が止まりました。楓ちゃんのあの「遼一さん」という台詞が、こんな重みで回収されるとは……。直江先生の不気味なほどの余裕も、ゾッとしました。続きが気になって仕方ないです……!
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