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外伝2 紙芝居「きんたろうは誰が力持ち?」
土曜日の午後。
児童館の小さな部屋には、先週と同じ紙芝居の木枠が置かれていた。
その前には低い椅子。
一列目の真ん中に、ユウナ。
右隣にコウ。
左隣にミナト。
三人は、始まる前から少しだけそわそわしていた。
先週の桃太郎が、かなり面白かったからだ。
鬼ヶ島へ向かうと言った直後に慎重人格へ交代し、
行きたくない。
と言い始めた桃太郎。
きびだんごを見た瞬間、旅より食事を優先しかけた犬。
作戦会議ばかりした猿。
話し始めると止まらなかったキジ。
結局、鬼と大きな戦いにはならず、人格同士で話し合いが続いた。
ユウナは今でも思い出すと少し笑ってしまう。
今日は何の昔話だろう。
木枠の扉はまだ閉じられている。
ユウナの胸元で人格タグが震えた。
現在の表人格 代表人格
交代候補 物語人格 ツッコミ人格
内側から物語人格が言った。
今日は浦島太郎かな。
ツッコミ人格も続く。
亀について行く人格と帰る人格で一時間くらい揉めるやつ。
ユウナは小声で返した。
まだ何も始まってないよ。
コウがこちらを見る。
誰としゃべってるの?
うちの中。
今日もにぎやか?
普通。
ミナトが胸を張る。
俺は何が来てもだいたい知ってる。
ユウナが横を見る。
先週の桃太郎、途中から知らなかったじゃん。
あれは人格版だから。
今日も人格版でしょ。
……じゃあ知らないかもしれない。
三人が小さく笑ったところで、紙芝居のお姉さんが入ってきた。
ベージュのエプロン。
後ろでまとめた茶色の髪。
片手には紙芝居の束。
お姉さんは木枠の後ろへ座ると、子どもたちを見回した。
今日は山のお話です。
後ろの席から声が飛ぶ。
桃太郎またやるの?
山じゃないよ!
鬼ヶ島だよ!
お姉さんが笑った。
今日は桃太郎ではありません。
木枠の扉に手がかかる。
では。
一枚目。
大きな山。
木々。
川。
動物たち。
そして、その真ん中に小さな男の子。
お姉さんの読み聞かせ人格が、やわらかな声を出した。
むかしむかし。
山の中に、とても元気な少年が暮らしていました。
少年の名前は、きんたろう。
ミナトの昔話人格がすぐ前に出た。
知ってる。
ユウナが横目で見る。
まだ言わないでよ。
熊と相撲する。
言った!
コウの笑い人格が出て、肩を揺らした。
早いよ。
紙芝居のお姉さんも少し笑いながら、次の一枚を引いた。
きんたろうは、とても力持ちでした。
絵の中では、大きな丸太を肩に乗せている。
子どもたちが少しざわつく。
丸太は、きんたろうの体よりずっと太い。
コウの質問人格が出た。
これ本当に持てるの?
ユウナのツッコミ人格が返す。
昔話だから。
ところが。
お姉さんの声が少し変わった。
丸太を持ち上げたのは、きんたろうの力持ち人格でした。
ユウナが吹き出した。
やっぱりいる。
きんたろうの頭の近くには、小さな吹き出しがいくつも描かれていた。
代表人格。
力持ち人格。
慎重人格。
勝負人格。
動物好き人格。
力持ち人格のきんたろうは、大きな丸太を肩に乗せて笑っている。
楽勝!
その瞬間。
紙が少しだけ横へ動く。
同じ場所。
同じ丸太。
同じきんたろう。
けれど表情が変わっている。
慎重人格だった。
……これ、落としたら危なくない?
子どもたちが笑った。
ユウナのツッコミ人格がすぐ出る。
持ち上げてから気づいた!
慎重人格のきんたろうは、丸太を抱えたまま動けなくなっていた。
下ろしたい。
でも、足元に小さな花が咲いている。
こっちに置いたら花がつぶれる。
反対側には、うさぎがいる。
こっちはうさぎ。
後ろには川。
後ろは川。
前には母親。
前は母さん。
母親の心配人格が叫んだ。
とにかくじっとしてなさい!
きんたろうは丸太を持ったまま立っていた。
一分。
二分。
ユウナが笑いながら言った。
力持ちなのに動けない。
ミナトがうなずく。
こういう話じゃなかった。
しばらくすると、きんたろうの代表人格が戻った。
丸太を少しずつ回し、何もない場所へそっと下ろす。
どすん。
地面が少し揺れる。
母親が胸をなで下ろした。
きんたろう。
なに?
何でも持ち上げればいいものではありません。
はい。
力持ち人格が奥から言う。
でも持てた。
慎重人格。
そういう問題じゃない。
紙芝居を見ていた子どもたちがまた笑った。
次の場面。
きんたろうは山を歩いている。
動物好き人格が前に出ていた。
うさぎを見つければ声をかける。
猿を見つければ手を振る。
鹿を見つければ並んで歩く。
山の動物たちも、きんたろうをよく知っていた。
うさぎの応援人格がぴょんぴょん跳ねる。
きんたろうー!
猿のいたずら人格が木の上から木の実を落とす。
当たるかな。
きんたろうの慎重人格が横へ避ける。
危ないよ。
猿の勝負人格へ交代。
避けたな!じゃあ競争しよう!
きんたろうの勝負人格が、待ってましたとばかりに前へ出た。
やる!
動物好き人格。
でも仲よく遊ぼうね。
勝負人格。
勝つ!
慎重人格。
崖の近くは走らない!
代表人格。
一人ずつ言って!
ユウナは膝を抱えたまま笑った。
桃太郎より忙しい。
ミナトが言う。
こっちは人格が全部元気。
コウの質問人格が首をかしげる。
一時間に一回交代するんじゃないの?
お姉さんは読み聞かせを続けながら、紙芝居の絵の端を指した。
今日は朝から運動しているので、少し交代が早いようです。
ユウナが納得する。
興奮すると早くなるやつだ。
紙が抜かれる。
山道の競争が始まった。
猿。
鹿。
うさぎ。
きんたろう。
最初に飛び出したのは鹿の走る人格。
細い脚で山道を駆けていく。
次に猿の勝負人格。
木から木へ飛び移る。
うさぎの競争人格も、小さな体で勢いよく走る。
そして、きんたろう。
勝負人格が前に出る。
負けない!
ぐんぐん追い上げる。
鹿との差が縮まる。
猿を抜く。
うさぎを抜く。
もう少し。
ところが。
きんたろうの人格タグが切り替わった。
動物好き人格。
きんたろうが急に止まる。
ユウナが声を上げた。
なんで!
絵の中で、きんたろうは道の脇を見ていた。
小さなカエルがいた。
危ないよ。
きんたろうはカエルを両手ですくう。
走路の外へ運ぶ。
また走り出す。
今度は枝から落ちそうになっている鳥の巣を見つける。
ちょっと待って。
巣を戻す。
その間に、みんなはどんどん先へ行く。
勝負人格が奥で叫ぶ。
負ける!
動物好き人格。
でも危ないから。
勝負人格。
競争!
動物好き人格。
命!
慎重人格。
安全!
代表人格。
もう全部聞こえてる!
紙芝居の前で、子どもたちが笑った。
結局、きんたろうは最下位だった。
ゴールでは鹿が胸を張っている。
猿は悔しそう。
うさぎは大喜び。
きんたろうの勝負人格が前に出た。
もう一回!
慎重人格。
疲れたから休もう。
動物好き人格。
カエルが無事だったからいいよ。
勝負人格。
よくない!
母親の世話焼き人格が遠くから叫ぶ。
お昼ごはんですよー!
食べ物の話を聞いた瞬間。
うさぎの食いしんぼ人格。
行く!
熊の姿が、木の向こうから現れた。
大きい。
ユウナが身を乗り出す。
熊だ。
ミナトが得意そうになる。
ここで相撲。
ユウナが指を立てる。
今度は最後まで言わないで。
熊は、のんびり歩いてきた。
茶色の大きな体。
目は眠そう。
昼寝人格だった。
熊は木の下に座る。
眠い。
きんたろうの動物好き人格が近づく。
こんにちは。
こんにちは。
熊は欠伸をする。
何してるの?
昼寝。
そっか。
きんたろうも隣に座った。
二人で少し黙る。
ユウナがミナトを見る。
相撲しないよ。
まだ。
しばらくして。
熊の人格が変わった。
力比べ人格。
熊の目が急にきりっとする。
きんたろう!
なに?
相撲しよう!
きんたろうの代表人格が一瞬止まる。
内側から勝負人格が飛び出す。
やる!
慎重人格。
待って。
勝負人格。
やる!
慎重人格。
熊だよ。
勝負人格。
知ってる!
慎重人格。
大きいよ。
勝負人格。
見ればわかる!
ユウナが笑う。
慎重人格、今日ずっと止めてる。
コウの質問人格が言う。
でも誰も聞かない。
お姉さんが紙を抜いた。
地面に丸い土俵のような線が描かれている。
周りには、猿。
鹿。
うさぎ。
うさぎの応援人格が叫ぶ。
きんたろうー!
猿の勝負人格。
熊が勝つ!
鹿の案内人格。
線から出たら負けです。
熊の力比べ人格が構える。
きんたろうも構える。
はっけよい。
子どもたちが静かになる。
のこった!
二人がぶつかる。
熊は大きい。
きんたろうは小さい。
それでも動かない。
熊が押す。
きんたろうが押し返す。
紙芝居のお姉さんの演技人格が、力を込めて声を出す。
ぐぐぐぐぐ。
ユウナまで両手に力を入れた。
もう少し。
あと少し。
そこで。
きんたろうの人格が交代した。
慎重人格。
……これ、熊が転んだら危ない。
部屋の中が静かになった。
次の瞬間。
子どもたちが一斉に笑った。
ユウナのツッコミ人格が飛び出す。
相撲の途中!
慎重人格のきんたろうは、熊を押す手を弱めた。
熊。
どうした?
きんたろう。
後ろに石ある。
熊がちらっと後ろを見る。
本当だ。
熊の慎重人格まで出た。
危ない。
二人は一度相撲をやめた。
熊が石をどける。
鹿が周りを確認する。
猿が枝を片づける。
うさぎが土をならす。
安全になった。
再開。
勝負人格が戻る。
今度こそ!
力比べ人格の熊。
来い!
またぶつかる。
ぐぐぐ。
ぐぐぐぐ。
きんたろうの足が土を踏む。
熊の大きな体が少し傾く。
きんたろうが押す。
さらに押す。
熊が線の外へ。
どすん。
ただし、さっき石をどけた場所だった。
熊は尻もちをついた。
少し黙る。
そして笑った。
負けた!
きんたろうも笑った。
勝った!
うさぎの応援人格が跳ねる。
きんたろうー!
鹿の案内人格。
勝者、きんたろう。
猿のいたずら人格。
熊、弱い!
熊の力比べ人格が立ち上がる。
もう一回やるか!
猿の慎重人格へ交代。
やめときます。
子どもたちが大笑いした。
ユウナは目元をぬぐった。
猿、逃げた。
ミナトも笑っている。
これ、知ってる昔話なのに全然違う。
紙芝居はまだ続いた。
相撲が終わったあと、きんたろうたちは山の川へ向かった。
ところが。
大きな木が倒れて、道をふさいでいた。
熊の力比べ人格。
俺がどかす!
きんたろうの力持ち人格。
僕がやる!
猿の勝負人格。
どっちが早いか!
鹿の慎重人格。
待ってください。
うさぎの応援人格。
両方がんばれー!
きんたろうと熊が、倒れた木の両端をつかんだ。
持ち上げる。
ぐっと力を入れる。
木が浮いた。
その時。
きんたろうの代表人格が言った。
一緒に運べばいいんじゃない?
熊の代表人格。
……そうだな。
二人で木を持つ。
猿も枝を押す。
鹿が進む方向を教える。
うさぎは応援する。
よいしょ。
よいしょ。
よいしょ。
道の端まで運ぶ。
大きな木が、ゆっくり地面へ置かれた。
道が開いた。
動物たちが拍手する。
ユウナは少しだけ笑い方を変えた。
さっきまで勝負ばっかりだったのに。
コウが言う。
一緒の方が早い。
ミナトの昔話人格がうなずく。
力持ちって、一人で全部やることじゃないのかも。
ユウナが横を見る。
急にいいこと言うじゃん。
ミナトが得意そうな顔をする。
昔話人格だから。
次の紙。
夕方。
きんたろうが家へ帰る。
母親が待っていた。
今日は何をしたの?
相撲。
誰と?
熊。
母親の心配人格へ交代。
熊!?
きんたろうの慎重人格。
やっぱり危なかったよね。
勝負人格。
でも勝った!
慎重人格。
そういう問題じゃない。
力持ち人格。
木も運んだ!
母親。
また持ったの?
代表人格。
今度は熊と一緒。
母親の世話焼き人格が、少しだけ笑う。
それならよかった。
夕飯が並ぶ。
きんたろう。
母親。
熊。
猿。
鹿。
うさぎ。
なぜか熊まで食卓にいた。
ユウナがすぐ突っ込む。
帰らないの?
熊の食いしんぼ人格が、絵の中で大きなお椀を持っている。
ごはん食べてから。
コウの笑い人格がまた出た。
食べに来ただけじゃん。
猿のいたずら人格は、うさぎのおかずを狙っている。
うさぎの食いしんぼ人格は皿を守る。
鹿の案内人格は、みんなに席を教えている。
母親の料理人格は忙しい。
きんたろうの食事担当らしい人格まで出かけたところで、代表人格が止めた。
今日はもう僕で食べる。
内側から力持ち人格。
大きいお椀持てるよ。
勝負人格。
熊より早く食べる。
慎重人格。
急いで食べると危ない。
動物好き人格。
みんなで食べよう。
代表人格。
最後の意見にする。
紙芝居のお姉さんの声がゆっくりやわらかくなった。
きんたろうは、とても力持ちでした。
けれど。
いつでも力持ち人格だけで暮らしているわけではありません。
怖いと思う人格。
競争したい人格。
動物を大切にしたい人格。
慎重に考える人格。
いろいろな人格が、交代しながら毎日を過ごしていました。
最後の絵。
山のてっぺん。
きんたろうと動物たちが並んでいる。
熊。
猿。
鹿。
うさぎ。
頭の近くには、それぞれ小さな吹き出し。
勝負したい。
昼寝したい。
食べたい。
走りたい。
慎重に行きたい。
応援したい。
その真ん中で、きんたろうが笑っている。
お姉さんが最後の言葉を読む。
今日いちばん力持ちだったのは、誰だったのでしょう。
紙芝居の前が少し静かになった。
ユウナは熊を見る。
きんたろうを見る。
みんなを見る。
コウの質問人格が小さく言う。
きんたろうじゃないの?
ミナトが言う。
でも木はみんなで運んだ。
ユウナの物語人格が前に出た。
誰か一人じゃないんじゃない?
紙芝居のお姉さんが笑った。
最後の紙を抜く。
木枠の中には短い言葉。
みんなで持てば、もっと持てる。
おしまい。
ぱちぱちぱち。
子どもたちの拍手が部屋に広がった。
ユウナも大きく手を叩いた。
コウは笑い人格。
ミナトは昔話人格。
後ろの子どもたちも、好き勝手に感想を言い始める。
熊がよかった!
猿がおもしろかった!
相撲もう一回やって!
丸太持ってみたい!
危ないよ!
ユウナのツッコミ人格が最後の声に反応する。
慎重人格いた!
部屋がまた笑いに包まれた。
児童館の時計が鳴る。
ちょうど一時間。
あちこちの人格タグが震える。
ユウナも画面を見る。
現在の表人格 物語人格
コウ。
質問人格。
ミナト。
代表人格。
紙芝居のお姉さんも、読み聞かせ人格から代表人格へ戻ったようで、肩を少しだけほぐしている。
ユウナは椅子から立った。
次も昔話?
お姉さんが木枠を片づけながら答える。
そのつもりです。
何やるの?
まだ秘密。
コウの質問人格がすぐ手を挙げる。
浦島太郎?
秘密です。
かぐや姫?
秘密です。
一寸法師?
秘密です。
ユウナの物語人格が内側でいくつもの昔話を並べ始める。
浦島太郎なら、亀について行く人格と帰る人格。
一寸法師なら、小さい体の中に人格がたくさん。
かぐや姫なら、帰りたい人格と残りたい人格。
ユウナは急に楽しみになった。
昔話の主人公は、一人に見える。
でも。
この世界の昔話なら、一人の中にもいろんな考えがいる。
勇敢な時。
怖い時。
遊びたい時。
慎重な時。
そのどれか一つだけが、その人なのではない。
きんたろうだって。
力持ちだけではなかった。
児童館を出る前、ユウナはもう一度紙芝居の木枠を振り返った。
閉じた扉の向こうに、山がある。
きんたろうがいる。
熊がいる。
猿も鹿もうさぎもいる。
きっと今ごろ。
勝負人格が、また相撲をしたがっている。
慎重人格が止めている。
動物好き人格がみんなを集めている。
力持ち人格は、何か大きなものを探している。
ユウナは少し笑った。
今度こそ、持つ前に安全確認してね。
内側からツッコミ人格が返してきた。
絶対また持つよ。
ユウナは児童館の扉を開けた。
外には、やわらかな午後の風。
コウが先に走っていく。
ミナトが後ろから呼ぶ。
ユウナも歩き出す。
今日の紙芝居は終わった。
けれど。
昔話の中では、まだ誰かの人格が交代している。
そして次の土曜日。
また木枠の扉が開けば。
きっと別の昔話の誰かが、思っていたのとは少し違う一面を見せてくれる。
ユウナはそんなことを考えながら、少しだけ足取りを軽くした。
コメント
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わあ、めっちゃかわいい…!「きんたろう」の紙芝居なのに、人格交代で力持ちなのに動けなくなっちゃうの、めっちゃツボった(笑)ユウナたちが外で見てるのと、きんたろうの中でいろんな人格がわちゃわちゃしてるのがリンクしててほっこりする。最後の「みんなで持てば、もっと持てる」が優しく沁みた。昔話の新しい見せ方、すごく好きです🥀🤍
なな
50
#闇
ruruha
1,988
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