第22話:棲歌と鼓動が重なるとき
都市樹の中心に近い“核音脈層(かくおんみゃくそう)”。
そこは、都市全体の棲歌が最終的に伝わり、**枝や葉の形を決める“響きの心臓”**とも呼ばれていた。
しかし今、その層からは、鼓動だけが聴こえていた。
命令歌も共鳴音も、光のコードすら届かず。
ただ、低く、深く、絶えず打ち続ける“鼓動の音”。
ルフォは枝に着地すると、そっと耳羽を立てた。
金色の羽は濃い陰に沈み、尾羽の先端の反射層がうっすら震えていた。
鼓動に引き込まれるように、彼の呼吸も静かになっていく。
その背後から現れたのはシエナ。
ミント色の羽根は、鼓動の振動で微かに揺れ、
透明な尾羽が淡く光を集めながら、彼女自身の“棲歌を持たぬ存在”を際立たせていた。
肩にはいつものように、ウタコクシ。
今は音を立てず、体を丸めてじっとしている。
「聞こえるか? これは……棲歌じゃない。
でも、何かを“呼んでいる”。」
ルフォが低く言った。
それは、音でも光でもなく、“鼓動”という都市の最も原始的なリズムだった。
本来、棲歌とは“住む意思”を歌にして伝え、枝や葉と同調させる命令形態。
だがこの空間では、その前にある**“存在のリズム”**が先に鳴っていた。
シエナが尾羽を開く。
鼓動の周期に合わせ、わずかに光を反射させる。
反応は——あった。
都市の中枢が、棲歌ではなく“鼓動と光”の重なりに呼応したのだ。
彼女は命令を知らない。
歌えない。
けれど、鼓動に自分の呼吸を重ねることができた。
ルフォは見ていた。
歌わなくても棲歌を伝えるシエナの姿を。
都市が、それを“棲む意思”として理解し、共鳴していることを。
やがて、枝がそっと動いた。
葉がふるえ、苔が微かに花を咲かせる。
それは命令された動きではなく、
「一緒に棲んでもいい」という都市からの返答。
棲歌と鼓動。
音と光。
命令と存在。
その境界が、静かに重なった瞬間だった。
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