その時、奥の部屋からサンタクロースの格好をした三人組が姿を現した。
「「「社長っ、お疲れ様ですっ!!!」」」
三人は一樹を見るなり挨拶をした。
「ご苦労さん。お? サンタの衣装、結構似合ってるじゃないか?」
「似合ってるのはコータだけですよぉ」
「そうですそうです。俺達は腹が出ていないからなんか貧相なサンタだよなぁ」
そう言ってケンタという組員が少し小太りのコータの腹をペチッと叩いたのでその場に笑い声が溢れる。
コータは恥ずかしそうに頭をかきながら、ニコニコと笑っていた。
挨拶が終わると、景子が三人にクリスマス会の進行についての説明を始めた。
最初に景子が挨拶をしてから皆で歌を歌う。その後サンタの登場だ。
サンタ役の三人は真剣に景子の話を聞いていた。少し緊張した面持ちの三人を見て、思わず一樹の頬が緩む。
三人ともこういった役割は初めてだから緊張しているのだろう。
彼らは帰る家のない孤独な若者だった。
三人は中学を出てすぐ田舎から上京し新宿の町で知り合った。金もなく仕事もないままガリガリに痩せた身体で新宿の町を彷徨っているところ、一樹に声をかけられた。
その後三人は円城寺一家に入る。そして今では組にも慣れ、先輩組員達から可愛がられていた。
その時楓がピアノの練習を終えて戻って来た。
「あ、サンタさん? わぁ、三人も?」
一樹がうんと頷く。
「あれならタックルされても大丈夫ですね」
「ああ、ビクともしないだろう」
一樹は微笑んで言った。
その時、ケンタのつけ髭がはらりと落ちてケンタの顔全体が見えた。
ケンタの顔を見た景子は突然大きな声を上げる。
「あら? あなた……どこかで見た事がある顔だなーと思っていたら思い出したわっ」
「どうしたの? お母さん?」
興奮気味の景子に楓が聞く。
すると景子は驚きの表情のままサンタに変装したケンタを指差した。
「お、俺ですかっ?」
「そうそう、あなたよっ! ほら、去年…あなた中学生の女の子を助けてくれたでしょう?」
「はぁ? ……夏っすかぁ?」
ケンタは必死に思い出そうとする。
「去年の夏、うちの美穂が変な男に連れて行かれそうになった時、あなたが助けてくれたのよ! うん、間違いない、絶対にあなただわ!」
そこでケンタは急に思い出す。
「あっ! 思い出しましたっ! たしか駅の裏で無理矢理車に連れ込まれそうになったやつですよね?」
「そうそう! あーやっぱりあなただったのねー! あの時は本当にありがとうございました。あの後お礼に伺おうと思って警察にあなたの居場所を聞いたら、あなたは円城寺一家の組員だからお礼に行かなくても大丈夫ですって言われてそのままにしちゃってたの。本当にごめんなさいねぇ。あなたのお陰で美穂はあれから何事もなく元気に高校に通ってるわ」
「そうですか。それは良かった」
ケンタはニコニコして少し照れている。
「お前そんな事があったのか?」
低い声で一樹がケンタに聞いた。
「あっ、すみません、黙ってて……。でも俺が声をかけたら向こうが勝手に逃げて行ったので大した騒動にもならなかったんです。だから上には報告しなくてもいいかなーと」
「馬鹿野郎っ! そういう細かい事もきちんと報告しろって普段から言ってるだろう?」
「す、すみませんっ」
「……まあいいさ。それにしてもよくやったな」
一樹が褒めてくれたのでケンタはまた少し照れている。
その時タイミングよく美穂がキッチンへ水を飲みに来た。
「あっ、美穂っ! ちょうど良かった! ほら、あの時助けてくれたお兄さんよっ!」
景子の言葉を聞き美穂は一瞬びっくりした顔をする。
しかしすぐにサンタの姿をしたケンタに気付き、慌てて駆け寄って来た。
「あの時は本当にありがとうございましたっ!」
「いえいえどういたしましてー。もう高校生になったんだって?」
「はい。今一年生ですっ」
「そっかー。女子高生は更に狙われやすいから、これからも注意してねー」
「はいっ! 気を付けますっ!!!」
美穂は笑顔で返事をすると、ペコリとお辞儀をしてから部屋に戻って行った。
その時景子がハッとする。
「……という事は、あなたたちは全員円城寺一家の方達なの?」
そこで一樹は名刺を出して景子に渡した。もちろん藤城コーポレーションの名刺だ。
「社長さんなのね……藤城コーポレーションっていうのは藤堂組の系列?」
「はい、そうです」
「じゃあやっぱり皆さんは円城寺一家の人なのね。まあそうだったの……」
「お母さん知ってるの? 円城寺を?」
「あら、この辺りの人はみんな知ってるわよ。お祭りの時の夜店や商店街にある飲食店なんかは、円城寺さんが出店しているところが多いもの。それに最近この地区の見回りもしてくれているでしょう? 真夜中に?」
「はい……」
「この辺りは老人世帯が多いからみんな助かるって言ってるわ。今はお年寄りを狙った変な事件が多いでしょう? だからすごく心強いわ。本当にいつも見回りありがとうございます」
「いえ……大した事はしていませんので……」
「ううん、それでもすごく助かるのよ。皆様によろしくお伝え下さいね」
「ありがとうございます」
「楓、そういう事だったんだ!」
「お母さん、黙っていてごめんなさい」
「フフッ、私が腰を抜かすとでも思ったんでしょう? でも大丈夫よ。円城寺さんのところなら心配ないわ。東条さん、楓をどうかよろしくお願いしますね」
「はい。きちんとお預かりいたしますのでどうぞご安心下さい」
一樹は景子に向かって丁寧に頭を下げた。
その時、幼稚園児の男児が一人ふらりとやって来て言った。
「ねぇ、まだぁ~?」
後ろを振り向いた一樹とヤスはギョッとした後慌ててサンタクロースの前に立ち塞がる。
その間にサンタクロース三人組は慌てて隣の部屋に逃げる。ぎりぎり男児には気付かれなかったようだ。
「ひろくん、お腹空いたのね? じゃあそろそろ始めよっか。みんなを呼んでおいで」
「はーーーーい!」
そして美空愛育園のクリスマスパーティーが始まった。
パーティーはとても楽しく過ぎていった。
楓の伴奏で『赤鼻のトナカイ』を合唱した後、奥の部屋から体格の良いマッチョな三人組のサンタクロースが登場する。
その瞬間子供達から歓声が上がる。
待ってましたとばかりに、小学生の男児たちはサンタにタックルを始めた。
しかし今年のサンタは思い切り体当たりしても全然ビクともしないので、子供達はキャッキャと声を上げて嬉しそうに何度も体当たりする。
そのうちにサンタに担ぎ上げられたり肩車をされる子供達もいて、しばらくの間大騒ぎだった。
その後サンタ達は白い大きな袋を抱えて子供達の間を練り歩く。
そして一人一人にプレゼントを配った。
子供達はいつもよりも豪華なプレゼントをもらい、興奮のあまり大はしゃぎをしていた。
全員がプレゼントを受け取り少し落ち着いたところで、クリスマスの会食が始まる。
「さあさあ、サンタの皆さんも社長さん達もどうぞ座って召し上がれ」
景子が皆の分の席を用意してくれていたので、一樹達は座った。
その脇で、サンタの衣装から私服に着替えてきた若手三人組が少し戸惑った様子で立っている。
「しゃ、社長! 俺達も……いいんですか?」
その問いに一樹が答える。
「せっかくだからいただいていこう」
「「「やった!」」」
まだ20そこそこの若手組員達は満面の笑みで席に着くと、初めて目にするパーティー料理に感動していた。
そしてすぐに景子達の手料理を嬉しそうに食べ始める。
食事をしながら一樹が楓に言った。
「あいつらはクリスマスも年末も帰る家がないんだ。おそらく子供時代もクリスマスなんて経験した事がないんだろう。だからあんなに嬉しそうに食べてる」
楓が三人を見ると、若い組員達はご嬉しそうにご馳走をムシャムシャと食べている。
(今までは自分だけが不幸だと思っていたけど、もっと淋しい子供時代を過ごした人もいるんだわ。彼らと同じ境遇の人は、日本中に……ううん、世界中にいっぱいいるのかもしれない……)
楓は自分の愚かさと視野の狭さを反省する。そして一樹にこう言った。
「クリスマスにこうしてみんなと笑顔で食事が出来るだけでもありがたいんですね」
「そういう事だ」
うんと頷いた一樹は頬を緩めて楓を見つめる。
楓も一樹に笑顔を返す。
そんな仲睦まじい二人の様子を、景子は安心した表情で見つめていた。
コメント
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暖かいクリスマスになってよかった。ケンタ達の嬉しそうな様子がいいですね。
古き良き任侠の世界。そこを踏み荒らす梅島会か。琵琶湖のモロコとブルーギルみたいやな。 ミポリン、誰に連れ去られそうになったんやろ。ケンタ、ちゃんと報告しとかなあかんやん。
いいクリスマス🎄🤶✨思い出が増えてよかった〜 そしていろんな家庭がありますね みんなが笑顔になって欲しいなぁ