ヨウの元で詐欺師を初めて半年。 最初は半信半疑だった清水だが、ヨウの仕事を手伝ううちに次第にそのスリルと魅力に引き込まれていった。そして、自分が今までしてきた詐欺がいかに小さく浅はかなものだったかを思い知った。
清水はヨウに呼ばれ、ヨウの住む都内の高級マンションにいた。
「タオズー。君はポーカーをやったことはあるかい?」
「…まだその呼び方なのかよ」
清水はヨウを軽く睨む。タオズーというのは、ヨウが清水につけたあだ名だ。由来を聞くと「桃子(タオズー)は白桃って意味だよ、桃色の髪色の君にぴったりだろ?」と返ってきた。
「呼び方に飽きなんてないだろ。タオタオの方がよかった?」
「もうなんでもいい。で、なんでポーカー?」
「ふふ。次のターゲットはディーラーに賄賂を渡して不正操作し、勝ち続けて大儲けしている三上って男なんだけど…」
「そいつに勝って金を手に入れるつもりか?」
「大正解!」
ヨウは指を鳴らす。
「その三上って奴はディーラーを操作している…か。どうやって勝つつもりなんだよ」
「そんなの簡単!三上より高額な賄賂をディーラーに渡せばいいだけ。でさ、タオズーはポーカーできるのかい?」
「ルールは少しだけ知ってるけど、実際にやった事はない」
ヨウは清水の答えを聞くなり、呆れたようにため息をつき、仰向けでソファに倒れ込む。
「ポーカーもやった事ないなんて…。じゃあ俺が面倒くさい役をしなきゃいけないのかぁ」
「聞いておいてなんだよその反応は」
「まぁいい。作戦会議といこうか」
大雑把だが、ヨウの考えた計画はこうだ。ヨウが富裕層の人間を装い、三上のいるグループでゲームに参加。内通者のディーラーにカードを操作してもらい、三上が高額を賭け油断したところでゲームに勝つ。
「俺は何をすればいいんだ?」
清水は、未だ仰向けでソファに沈んでいるヨウに聞く。
「うーん。今の所は決まってないかな。暇なら初ポーカーを楽しむのもありだね」
ヨウは体を起こしソファに座り直すと、ニヤリと笑いこちらを向く。
「まぁどうせ、タオズーじゃベテランギャンブラーさん達には勝てっこないよ」
言い返してやろうと思ったが、ギャンブルをやった事のない清水が勝てないのは事実なので、清水はヨウを睨む事しかできなかった。
清水はヨウに連れられ、違法賭博が行われている会場へと向かう。会場は人が滅多に来ない路地裏にあり、地下へ続く階段から中に入れるようになっていた。
階段を降り扉を開けると、従業員の1人がヨウに話しかけてきた。
「初回のお客様でしょうか?」
「あぁ。スリルの味わえるギャンブルができると聞いてね、入ってもいいかい?」
ヨウは温和な顔で話しかける。
「後ろの方は?」
「彼は付き人だよ。まぁただの荷物持ちさ」
清水は睨みたいのを堪え、従業員に会釈する。
従業員は警戒しているようだったが、やがて2人を中に案内した。
会場内は複数の楕円形のテーブルをそれぞれ4、5人が囲み、トランプカードとチップを並べている。
「雰囲気のある空間だね」
ヨウは辺りを見渡しながら、いつもの調子で話している。
「三上って奴はどこにいるんだ?」
「あそこだよ。あの奥から2番目の黒スーツ」
ヨウの目線の先にいた黒いスーツの男が、おそらく三上なのだろう。中肉中背の普通の男だ。手元には大量のチップが置かれている。
「あのテーブルのディーラーが、三上に買われている犬だよ。金に食いつく滑稽なワンチャン」
金に食いつくのは俺らと同じじゃないか?と思ったが、言えばどんな言葉が返ってくるのか分からないので辞めた。
ヨウが三上のいるテーブルへと向かう。丁度ゲームが終わったタイミングで、ヨウは三上の向かいに座る。
「初めまして、俺もこのゲームに参加していいかい?」
三上はヨウを警戒しているようだった。だが、ヨウは変わらず温和な顔で微笑んでいる。
「後ろのは?」
三上は清水に視線を向ける。
「彼はただの付き人だよ。安心して、卑怯な手は使わない。俺はスリルのあるギャンブルを楽しみたいんだ」
三上は興味を示さず 「そうか」とだけ言い、次のゲームが始まった。
テーブルを囲むヨウと三上を含めた5人に、それぞれ裏向きのカードが2枚配られる。5人は自分のカードが見られないよう、手で覆うように自分のカードを確認している。三上の横に座る男と、その横に座る男がディーラーに自分の手札を返しゲームを降りた。 残った3人が賭けを始める。
次にディーラーがテーブルに表向きのカードを3枚並べる。ヨウの隣に座る男がゲームを降り、ヨウと三上の一対一の勝負が始まる。ヨウは先ほどよりも更に多くのチップを賭けた。専門用語が飛び交っていて、いまいち何が起こっているのかわからないが、清水はヨウに勝てる自信があるのだろうと考える。
ディーラーがまた表向きのカードを1枚並べる。ヨウと三上が賭けを始めた。
ディーラーが5枚目のカードを並べると、最後の賭けが始まった。
チップを先に賭けた三上から手札を見せる。
三上の手札はK(キング)と8(エイト)のツーペアだった。Kはカード単体で2番目に強く、ツーペアはカードの役で下から3番目に強いものだ。
この時点で、ヨウはK以上のツーペアかスリーカードを出さなければ負けてしまう。
ヨウが出したのはJ(ジャック)と9(ナイン)のハイカードだった。ハイカードは役がない状態。つまり、一番弱い役だ。
「あちゃー。やっぱ上手くいかなかったなぁ 」
ヨウは降参するように両手を挙げる。
それからも数回賭けていたが、運良く1回勝てただけだった。
会場を出た清水は、さっそくヨウに問いただす。
「なんで負けが分かっていた試合でわざわざ賭け金を増やしたんだ。あれじゃ金持ち馬鹿と一緒じゃないか」
「ふふふ。さっすがタオズー!分かってるねぇ」
ヨウはニコニコしながらこちらを見るが、清水はヨウが何を考えているか分からない。
「三上が俺のことを金持ち馬鹿だと思ってくれればいい。今回はそれが目的。明々後日くらいにもう一度負けてこようかな」
ヨウはなぜか嬉しそうに話す。半年この男と共にしているが、未だに性格が掴めない。
「それにしても、三上は思っていたより警戒心が強いな。タオズーはどう思った?」
「終始お前に疑いの目を向けていたから、警戒心は確かに強いだろうな。あと、三上は相当自信があるように思えた。自分は絶対負けないっていう自信」
「うん。俺も同じ意見だよ」
ヨウは満足したように頷く。
「タオズー。君に頼みたい事があるんだけど、やってくれるかい?」
ヨウはニヤニヤしながら話す。その問いに拒否権は無かった。
「…何をすればいい?」
「ディーラーを味方にしてきて欲しい」
清水は露骨に嫌な顔をする。
「情報0の状態でか?」
「情報くらい自分で集めなよぉ。まぁ、君の好きなようにやりな」
清水はある人物に会いにナイトクラブに来ていた。薄暗い空間にカラフルなライトが点滅している。曲に合わせて踊る大学生グループや、慣れない雰囲気に疲れ壁際に突っ立っている女。酒の飲み過ぎで酔い潰れている男など、各々がこの空間を楽しんでいる。
清水はカウンターバーの方へ向かい、辺りを見渡す。お目当ての人物は、バー近くのテーブルで洒落たカクテルを飲みながらスマホをいじっていた。
「よぉ花笠、久しぶり」
清水は花笠の横に座る。花笠はこちらに見向きもせずスマホを触り続けている。
間が空いた後、花笠は鬱陶しそうに口を開いた。
「いきなり現れてなんだその態度は」
「相変わらず冷たいな。俺たち詐欺仲間なのに」
清水が詐欺仲間と口にすると、花笠は拒絶するようにこちらを睨んだ。
「用がないなら帰れ、目障りだ」
「用があるからわざわざ来たんだよ」
清水はスマホを取り出しディーラーの顔写真を花笠に見せる。
「こいつの情報を集めて欲しい。もちろん金は出す」
花笠は清水のスマホ画面を睨む。
「見かけは普通の男だな、誰なんだ?」
「こいつは違法賭博が行われているポーカーリング会場のディーラー」
清水はスマホ画面をスライドし、次は三上の顔写真を花笠に見せる。
「この三上って男がディーラーに賄賂を渡してゲームの不正操作を行っている。今回のターゲット、三上を騙すためにこのディーラーの情報が欲しい 」
「…報酬次第だな」
花笠は三上の写真を睨みながら言う。相変わらずの警戒心の高さに清水は既に疲れてきた。
「いくら欲しい?」
「そうだな…」
花笠は顎に人差し指を置き考える。無茶な金額は勘弁してほしいと願いながら、清水は花笠の回答を待つ。
「手に入れた額の3分の1でどうだ?」
「思ってたより優しいな」
「2分の1でもいいんだぞ?」
「それは勘弁してくれ…」
これで花笠との交渉が成立した。清水の仕事はここからが本番だ。
花笠から貰った情報によると、三上に買われているディーラーは高梨和樹(たかなしかずき)。年齢43。結婚していて、子供が2人いるらしい。
休日の夜、高梨が仕事帰りに寄る居酒屋に清水は入る。 店内を見渡し、高梨の座るカウンター席の横に座る。清水は軽く酔った様子を装い高梨に話しかけた。
「……何か用ですか?」
高梨は少し警戒しながら話す。そして、清水の顔をじっくりと見た後、不快そうな顔をした。
「数日ぶりですね。貴方、地下のポーカーリングのディーラーさんでしょ」
清水は頬杖をつきながら話しかける。高梨は怪しいものを見るように清水を観察しているようだった。
「俺不思議に思ってるんですよね、貴方どうしてディーラーの仕事を続けるんです?しかも、あんな危ないところで」
高梨は眉を顰める。
「余計なお世話ですよ。好きにやっているわけじゃない。だけど、他にどうしようもないんだ」
「…お子さんが2人いて、上の子は来年高校受験……。借金があるのに、あんな危ない世界でずっと仕事を続けるのは辛いんじゃないんですか?」
清水が子供のことを口にすると、高梨は顔色を変えた。
「……誰がそんなことを…」
高梨は驚きと怒りの入り混じった声をしていた。清水は少し声を低くし、真剣な表情で高梨に話し始める。
「俺は貴方を助けることが目的なんです。これ以上、三上の手先として人生を無駄にしてほしくない。それだけですよ」
高梨は沈黙しながら戸惑っている。
少し間を置き、静かに話を続ける。
「貴方の借金の原因や金額を調べさせてもらいました。今のままじゃ家族を守るどころかもっと追い詰められる。だけど、貴方にチャンスを与えることができます」
高梨はしばらく沈黙し、やがて深いため息をついた。
「チャンス?何をしろって言うんだ、三上を裏切れと?」
清水は微かに微笑み答える。
「三上とのゲームで、ほんの少し手を貸して欲しい。たったそれだけでいいんです。詳細は後で話します。ただ、1つだけ信じて欲しい。俺は貴方と同じで、三上を潰したいだけなんだ」
高梨は困惑しつつも、清水の説得力に引き込まれていく。
「……もし協力したら、どうなる?」
「貴方には報酬として、俺が借金を全て肩代わりしましょう。家族の安全も保証する。三上が潰れれば、貴方は自由になれる」
高梨は葛藤した末に、清水に協力することを決めた。
無事に高梨を説得し終えた清水はヨウに電話をかける。8回目のコールでヨウは電話に出た。
『はいはい、なんの用?』
「ディーラーの高梨を説得し終えた。後は金を渡すだけだ」
『おぉ、さすがタオズー。仕事が早いね』
気のせいだろうか、電話越しに聞こえるヨウの声がいつもより低く感じた。
「…寝起きみたいな声してるな」
『そりゃあ、さっきまで寝てたからね』
ヨウはあくびをしながら答えた。相変わらずマイペースな奴だと清水は呆れる。
『高梨の気が変わらないうちに、さっさと金を渡してしまおう。できれば明日にでも渡して欲しいんだけど…』
清水は「了解」と答え電話を切った。
スマホを操作し、高梨に聞いた彼の連絡先に明日会えないかとメッセージを送る。5分後、「大丈夫です」と返事が返ってきた。
清水は指定した店の住所を送り、スマホをズボンのポケットにしまった。
後日。清水は人気の少ないカフェの個室で高梨と対面していた。
高梨は少し俯き、個室なのにきょろきょろと目だけを動かして辺りを見渡す。
清水が机の上に封筒を置くと、高梨の目は封筒に釘付けになった。
「ここに借金の返済額に見合う金を入れておきました。これで、今すぐ金融会社と縁を切れます」
高梨は目を丸くし、封筒を手に取ると恐る恐る中身を確認する。中身を確認している高梨は、戸惑いや喜びや罪悪感が入り混じった複雑な表情を見せた。
「……こんな額、本当に俺に?」
「当然です。ただし、この金を受け取る以上、俺達に協力してくださいね」
「具体的には何をすればいい?もし失敗すれば…」
清水は穏やかに微笑みながら話す。
「心配いりません。貴方がやる事はディーラーとしていつも通り仕事をするだけ。三上が勝ちやすくなるような不正操作を、そのまま俺達に切り替えてくれればいい」
高梨は目を細める。
「……それだけで済むのか?」
清水は真剣な表情で答えた。
「他の事は全て俺達でやる。貴方の役割はちょっとした変更を加えるだけ。成功すれば、貴方も安全だし、三上は必ず潰れる」
高梨はしばらく沈黙した後、封筒を握りしめて頷く。
「わかった。ただし、もしバレたら…」
清水は即答する。
「貴方には何も起こらないよう、完璧な逃走計画を用意しています。それだけは信じてください」
「…やるよ。家族のためだ」
高梨は決意を固めた表情で答えた。
ヨウと清水は地下に続く階段を降り、再び会場へと向かう。ヨウは以前と同じように三上の対面に座った。
楕円形のテーブルを囲む5人にカードが配られる。 最初の賭けが始まると、ヨウの隣に座る男がゲームを降りた。
テーブルに3枚のカードが表向きに置かれる。賭けが始まり、ヨウが一気に賭け金を増やす。三上の隣に座る2人の男がゲームを降りた。三上は警戒心を高めた様子だった。
ヨウと三上の一対一になる。
テーブルに1枚カードが置かれ、賭けが始まり、そしてまた1枚のカードが置かれ最後の賭けが始まる。
「オールイン」
ヨウが静かにその言葉を口にする。三上はポーカーフェイスを完全に忘れ、困惑しているようだ。
三上は自分の手札に自信があるらしいが、ヨウの行動が理解できずに降りるか賭けるか悩んでいるようだった。
「あら、賭けないんですか三上さん?」
ヨウは煽るようにいつものニヤニヤ笑いで三上を見つめる。三上の顔が更に歪んだ。
三上はまんまとヨウの煽りに乗り、全額賭ける。後ろで見ている清水は、三上が可哀想で仕方なかった。何を考えているか分からない、人を見下すような、小馬鹿にするような笑みを浮かべる男と賭博なんて、彼を知る者なら絶対に避けたがるだろう。
三上とヨウが同時に手札を見せる。
ヨウの手札はQ(クイーン)2枚とテーブルに置かれたコミュニティカードのQでスリーペア。同じくコミュニティカードの8でツーペア。フルハウスが完成していた。
三上の手札はスペードの5(ファイブ)とA(エース)。コミュニティカード内には手札と同じスペードのカードが3枚。合計5枚のスペードのカードが揃い、スラッシュが完成されていた。
フルハウスはスラッシュの1つ上の役。つまり、この勝負はヨウの勝ちだ。
それにしても、今回は高梨による不正操作が行われていないはずの三上のカードの強さに清水は驚く。元々の運なのだろうか、それともまぐれだろうか。
ヨウは場の賭け金を回収するなり、穏やかに微笑みながら三上を見る。
「いやぁ、惜しかったですね。とっても面白い試合でした。ふふふ」
たちまち三上の顔が赤くなる。
「おっ、お前、イカサマでもしたんじゃないのか!」
「まさか!前にも言ったでしょう?俺はスリルのある勝負がしたいと。イカサマなんて面白くない」
三上の怒鳴り声が会場に響く。
清水は困惑しながら2人の口論を見ている高梨に手招きをした。
「あの、俺はどうすれば…」
「この会場を出て、ここで違法賭博が行われていると通報してください。匿名でなら通報者が貴方だとは分かりません」
高梨はコクコクと数回頷くと、自分の荷物を回収し早足で会場を出て行った。
三上がテーブルをドンッと叩く。
「人を馬鹿にしやがって!」
「まぁまぁ、そんな大きな声を出さないでくださいよ。他のお客さんも驚いていますよ?ふふ。負け犬の遠吠えってまさにこのこと、滑稽だねぇ」
ヨウは指で輪っかを作り、顔の前にもってきて輪の中に三上を当てはめる。
ヨウは満足したのか、チップを換金しに行った。鞄に札束を詰めると、ヨウは清水の方を向き声をかける。
「タオズー、帰るよ」
清水は後ろから三上の強い視線を感じながら会場を後にした。
「ふふふ。大成功だね、タオズー!」
ヨウは両手を広げて紙幣をばら撒く。
「いやぁ、三上のあの顔!りんごみたいに真っ赤になってたの本当に面白かったなぁ。危うく噴き出すところだったよ」
ヨウはくすくすと笑い出す。
「ほんと性格悪いな。尊敬するよ」
皮肉を言ったつもりだが、はたしてこの男に通じているだろうか。
「ふふ。照れちゃうなぁ」
どうやら通じていないようだった。
大金に浮かれているヨウを眺めながら冷蔵庫から勝手にもらった缶ビールを開ける。
遠くの方から、パトカーのサイレンが聞こえた。
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