テラーノベル
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後ろに西岡の車を従えたまま夜の都心を走っていた颯介は、突然アクセルを踏み込み速度を上げた。
「どうしたんですか?」
「うまく振り切れそうだから、追い越すぞ」
そう言うなり、颯介は華麗なハンドルさばきで右へ左へと車線を切り替えていく。
後方が気になった凛がサイドミラーをのぞくと、青い車はみるみる後ろへと引き離され、気づけば完全に視界から消えていた。
「わ、さすが……」
「途中で首都高に入ろう」
「はい」
がっしりとした大きな手が迷いなくハンドルを操る。その力強くしなやかな動きに、凛は思わず見とれてしまった。
(あの大きくて魅力的な手は、今まで何人の女性の体をさまよったんだろう……)
緊急事態だというのに、不埒な想像が頭をよぎり、凛は慌てて首を振る。
(こらこら、変な妄想しないの!)
凛は気を引き締めるように姿勢を正し、前方を見つめた。
首都高へ入ったところで颯介が言った。
「うまく振り切れたな」
「よかった……。あ! でも、だったら私、家に帰れますけど?」
「奴が君の家の前にいたらどうする?」
「住所は知らないと思うので大丈夫です」
「俺は、そうは思わないけどな」
「まさか私の住所まで……? いくらなんでも考えすぎですよ」
「ストーカー気質の奴なら、やりかねないよ」
「そんなまさか……」
凛は背筋がひやりと冷たくなり、思わず身震いした。
テレビで見たストーカー事件のニュースが否応なく頭に浮かぶ。
「今日は念のため、事務所に一泊したほうがいい」
もっともな提案だと感じ、凛は素直に頷いた。
「すみません……では、お言葉に甘えて……」
「うん」
颯介の声には、どこか安堵がにじんでいた。
西岡をバックミラー越しに見た颯介は、その表情がむき出しの敵意に染まっているのを見て、胸の奥がざわついた。
あの異様な執着ぶりでは、どんな行動に出るか分からない。
凛を一人で返すのは危険だと判断した颯介は、彼女が素直に従ってくれたことに、心の底から安堵していた。
やがて車は、新宿のビル街にそびえるタワーマンションの地下駐車場へと入っていった。
「前に住んでいたっていうのは、ここですか?」
「いや。ここじゃなくて、品川のタワマンだよ」
「そうなんだ……」
颯介がタワーマンションをいくつも所有している事実に、凛は改めてため息をつく。
彼がどれほど不動産投資に長けているのか、嫌というほど思い知らされる。
車を降りると、二人はエレベーターで上階へ向かった。
最上階のボタンが押されるのを見て、凛はまた小さく息を吐く。
最上階に着くと、颯介は角部屋の玄関を開け、凛を中へ招き入れた。
「スリッパはそこのを使って」
「あ、はい。お邪魔します」
乳白色の大理石でできた玄関と廊下を見て、凛は思わず息をのむ。
シンプルで落ち着いた雰囲気は、まるで高級ホテルのようだった。
「廊下の一番奥がリビングだよ」
言われた通りに進むと、途中にいくつもの扉が並び、この物件の広さがうかがえた。
「こんな広い物件を、事務所として使ってるんですか?」
「ああ。いずれ売りに出す予定なんだけど、ここからの景色が気に入ってね……なかなか手放せないんだ」
そう言って颯介は笑った。
その理由は、リビングに足を踏み入れた瞬間に理解できた。
大きな窓の向こうに、新宿のビル群の夜景が一面に広がっていた。
「わあ……すごい……」
「いいだろ? この景色が圧巻なんだ」
「本当にすごいです。新宿のホテルと同じ景色が自宅から見られるなんて、贅沢ですね」
「うん。駅にも近いし、緑や公園も多い。住むには本当にいい場所なんだ」
「たしかに……」
凛は夜景に目を奪われたまま、小さく頷いた。
(ああ……こんなマンションに住めたら、どれだけ日々の生活が豊かになるか…….)
庶民的な自分の狭いマンションを思い出し、凛は小さくため息をついた。そして、室内を見回す。
広いリビングの片隅にはデスクが置かれ、その上にはパソコン類が整然と並んでいた。
颯介が普段ここで仕事をしているのだろう。立派な応接セットは来客用に用意されたものに違いない。
どの家具も上質で、室内全体に落ち着いた品の良さが漂っている。
そのとき、颯介が口を開いた。
「ちょっとおふくろに電話してもいい?」
「もちろん、どうぞ」
(そうだ……彼には家で待っているお母様がいるんだわ。だったら、今夜はここに私一人でもいいのに……)
そう思い凛が口を開きかけたとき、颯介はすでに携帯を耳に当てていた。
すぐに母親と繋がり、会話が始まる。
「もしもし、俺だけど、今日は事務所に泊まるよ」
しばらく母親の言葉に耳を傾けていた颯介だったが、その表情が一瞬にして曇った。
「なんでまた、そんなことに?」
声には明らかな動揺がにじんでいる。何かただならぬ事態が起きたのだと、凛にも伝わった。
「母さん、一人のときに知らない人間を家に入れるのはよくないよ。それに、彼女を泊めるのは反対だ。とにかく、今からそっちに行くから。うん……うん、頼んだよ」
慌ただしく電話を切ると、颯介は険しい顔で凛に向き直った。
「まずいことになった。うちに、あの女が押しかけてきたらしい」
颯介の話を聞いて、凛は驚きの声を上げた。
「ええっ! あの女って……まさか沢渡さん?」
「そう。この前うまくまいたはずなのに、どうして住所がわかったんだ?」
「この前うろうろしていたときに見つけたんでしょうか?」
「だとしても、おふくろを言いくるめて家に上がり込むなんて……やばいよな」
その言葉に、凛はさらに驚いた。
「なんて言って入ってきたんですか?」
「足をくじいて携帯を家に忘れたから、タクシーを呼んでほしいって。で、話を聞いたら偶然俺の知り合いだとわかったらしい。それで、おふくろが『今夜泊めてあげたら』なんて言い出して、参ったよ」
「す、すごいですね……」
あまりの衝撃に、凛はそれしか返せなかった。
まさかこんな身近に本物のストーカーがいたとは思いもしなかった。
「とにかく、心配だから一度家に帰るよ」
「わかりました。でも、帰ってどうするつもりですか?」
「あの女をつまみ出す。おふくろのそばから引き離して、さっさと家に送り届けるよ。申し訳ないけど、君は一人ここにいてくれないか? ああ、タオルとか今用意するから……」
颯介はそう言ってバスルームへ向かった。
準備を終えると、今度は凛にバスルームと寝室の場所を教えてくれた。
そこで、凛は思い切ってこう申し出た。
「あの、お気遣いはありがたいのですが、私、今から自宅に帰れますから……」
「それはだめだ。危険すぎる」
「でも……」
「ここなら何の遠慮もいらないから、好きに寛ぐといい」
そうまで言われたら、なんだか断るのも申し訳ないような気がした。
「わかりました。では、遠慮なく」
「うん。一人にして、ごめんな」
颯介は申し訳なさそうに言いながら、凛の頭をクシャっと撫でた。
その瞬間、凛の胸がドキッとする。
「じゃあ、行ってくるよ」
「気をつけて……」
凛は颯介のあとを追って玄関まで行き、そっと彼を見送った。
コメント
19件
ちょっと怖い2人😱 まさか連絡取り合ってないよね? 凛ちゃんはゆっくりくつろいでね
西岡を撒いて事務所に一泊💓は良かったけど、このタイミングでお母さんに連絡して良かった〜😌 まさかのストーカー奈美⚡️が嘘をついて自宅に上がり込んでお母さんの優しさにつけ込んで泊まるなんて事になる寸前だったなんて😱🙀😨 盗聴器仕掛けられてないから颯介さんは自宅内をくまなく探す必要ありだね🔍👀マジ警察案件だよ👮👮♀️⚠️✖️
西岡の本性見抜いてる颯介さん😎やっと2人っきりかと思いきや奈美の暴走が。。 善意が仇にされてお母さんが気の毒。。奈美はストーカーだと自覚しないとね。。