※
結局、玲奈さんのことは彪斗くんにも言わなかった。
裏方さんの何人かも玲奈さんを見たって証言していたため、みんななんとなく真相はつかんでいたみたいだけど、結果的に劇は大成功で終わったので特に追究されることも無く、みんなそんな事件があったことすら、いつしか忘れてしまった。
わたしたち生徒会を始めとする劇の関係者は、学内からだけでなく業界関係者からも高い評価を受けて、結果、その日を境に、さらに忙しい毎日を送ることとなった。
※ ※ ※
そして、時はあっという間に流れて、二か月が経った。
その後、生徒会のわたしたち五人はどうなったかというと。
元より忙しかった雪矢さんは、もーっと忙しくなって、最近ではプロデュース以外にも舞台関係のお仕事もやっているとのことだった。
寧音ちゃんと洸くんも、ふたりのあのコミカル演技が大好評だったみたいで、ドラマや映画で共演する機会が多くなったそうだ。
『忙しんだから足引っ張るな』ってよくケンカしてるけど、もともと仲良しのふたりだったから、むしろなんだか楽しそうだ。
そして、わたしはというと。
あの劇直後、いろんな事務所(それこそ大手さんは全部だった)から「うちに入らないか」とお声をいただいて。
わたしの意見を聞きながら彪斗くんや雪矢さんが厳選してくれた事務所で、近々歌手デビューすることになって、今はその準備で大わらわだった。
あの劇の時の歌がすでにネットに出回ってしまったせいで、すでにわたしの名は世間に相当知れ渡っているらしく、『デビューコンサートは大きい所でするべき』とか、『そのためにデビューアルバムを作らないと』とかって話が絶えなくて…とてもめまぐるしい。
けど、『最初からふりまわされると潰れちゃうから』って雪矢さんが忙しい合間をぬってわたしのプロデュースも手掛けてくれて、事務所といろいろ調整してくれるから救いだ。
本当は、雪矢さんはわたしひとりに集中したいらしんだけど…彪斗くんが『よけーだ』って認めないので、歯がゆい思いをしているとかしてないとか…。
仲がいいのか悪いのか…あのふたりの不思議な関係は、わたしが彪斗くんと正式にお付き合いを始めた今でも、変わらず続いている。
きっと、ああいうのを『よきライバル』って言うんだろうな。
当の彪斗くんも、ますます作曲家活動にはげんでいる。
わたしが歌う曲は全部彪斗くんが手掛けることになったから、特に最近は大忙しみたいだ。
そういうわけで、わたしたち生徒会は、あの劇をきっかけにますますスケジュールが合わなくなったために、活動らしい活動も、パークに行ったような遊びもすることなく、間もなく任期の終わりを迎えようとしていた。
劇の打ち上げすらできなかったから、すごく寂しいんだけど、でも、これからは、わたしたちはみんな、同じ世界で活躍する芸能人。
芸能界っていうシビアだけどおもしろくてワクワクする世界で、ずっとずっと、仲間だ。
※
めずらしく、わたしと彪斗くんのオフが重なった日。
ちょっと息抜きしよう、となって、わたしたちはあのパークに来ていた。
もうすっかりあの劇以来、世間に顔が知れ渡ってしまったわたしと彪斗くん。
さすがにと思い、今日はしっかり変装をして来たんだけど、
「なんか…ぜんぜん人がいないね…」
平日、しかもシーズンを過ぎたパークは、ガラガラで寂しいくらいだった。
吹く風も少し冷たいくらいで五人で来た時はあんなに心地よかったのに、って、時間の経過を少し寂しく感じる。
「…きゃっ…!」
しんみりとしていたら、急に彪斗くんの膝の上に抱きかかえられてしまった。
「あ、彪斗くん、人が…!」
「いねぇじゃん」
「…でも」
「るせえな。じっとしてろ」
ぎゅうと抱きしめられて、わたしは大人しく胸に顔を埋めた。
…あったかい、な…。
これはこれで、心地いい…。
「優羽」
「ん…?」
「疲れてねぇか?最近ずっとレッスンとかが忙しくて、休みなかっただろ」
ぶっきらぼうな言い方だけど、込められているやさしさがくすぐったくて…
わたしは胸に頬をすり寄せるように、首を振った。
「ううん。大丈夫だよ。だってすごく楽しいし。それに彪斗くんがどんどん素敵な曲作ってくれるから、わくわくするの。ね、新しい曲、もうできた?」
「ばかか。んなポンポン創れるか。はぁ…疲れるのは俺の方だな」
って、ぐしゃぐしゃ、とわたしの頭を撫でる手は、
乱暴だけど、とても愛おしさがこもっている。
「ね、彪斗くん…ちょっと、思い切って言うんだけど…」
「あ?」
「わたし今ね、アメリカで活躍しているプロデューサーから『近い内、アメリカに来い』って言われてるの」
「は?」
「もちろん、一週間とか短期だよ?ネットでわたしの歌を聴いて、その…一目惚れしてくださったそうで…こっちでも歌ってみないか、って…」
「…そいつ、男?女?」
「男の人だよ」
「…ふぅん」
「ね、行ってもいいかな…?わたし洋楽も好きだから、すごく素敵な機会だな、って…」
「行けば?なんで俺の了承得なきゃならないんだよ。おまえが行きたいなら、行けばいいじゃん」
「ほんと?よかった…!実はね、もう事務所が勝手にスケジュール入れちゃって…明日には発つことになってるの…。もし、彪斗くんにダメって言わ」
「明日ぁ?」
う…やっぱり、怒った…?
と思ったら、
「んっ…」
突然あごをつかまれて、キスされた。
「ん…っ、あ、やとくん…っ」
「うるせぇ。黙ってキスさせろ」
って、何度も与えられるキスは、ついばむようにやさしいキス…じゃなくて…
「っあ、…んっ」
ものすごく、濃厚なキス…。
それだけじゃなくて…食むように激しいくちづけは首筋にまでおよんで…チリっと痛みを感じたところで、ようやく離れた…。
絶対…キスマークつけられた…。
もう、また勝手なことしてっ…!二、三日は消えないじゃないっ…。
しれっとしている彪斗くんは、さらに衝撃的なことを言った。
「じゃこっちもビックリ発言。俺、近い内、アーティスト始めるわ」
わたしは目を丸くした。
「アーティスト活動?どうして急に?」
今だって作曲活動で十分忙しいのに、これに自分の活動を加えたら、もっと…。
「ただでさえ最近は俳優とかモデルのお仕事も断らずに入れてるのに。…これじゃ、わたしたち、会えなくなっちゃうよ…?」
「逆だ、ばーか」
彪斗くんは、泣きそうになりながら訴えるわたしを小突いた。
「…?」
「今まで俺は裏方に居すぎた。いい加減、潮時だ。おまえがどんどん先へ飛んでいっちまうから、俺もそろそろ表に出て行かなきゃならねえって思ったんだよ。…だって、一緒にいたいんだろ、俺とずっと」
彪斗くん…。
「なにせおまえは世間知らずだからな。芸能界なんて世界で放っておいたらどうなるか、考えただけでビビるっての。…まぁ、作曲家とアーティストだって関係近いし、男女だったら結婚してる例もあるけどさ…でもおまえの場合は―――って、なに照れてんだよ…」
「だって…」
結婚って…
「ば…!べ、別にそう言う意味じゃ…!」
と言いかけた彪斗くんだけど、
ふっ、と観念したように笑みを漏らした。
「ま、そう言う意味に近い気持ちがあるのは、確かだけどな」
彪斗くん。だいじょうぶだよ。
どこへ羽ばたこうとも、わたしは必ずあなたの元に戻ってくる。
だってわたしは、あなたに囚われ、あなたに育まれ、あなたに愛された、世界一しあわせな小鳥だもの。
彪斗くんは、わたしの頬をそっとやさしく包んでくれた。
「気をつけて行って来いよ。アメリカ」
わたしは大きくうなづいて、その手を両手で握った。
ぎゅっと強く、離れないように。
そうして初めて自分からキスをした。
ついばむような頼りないキスにちょっとおどろいた彪斗くんだけど、
抱き締めてくれて、今度はやさしいやさしいキスを返してくれる。
とろけるような幸福に包まれながら、わたしは心の中で、誓いの言葉を声高にさえずる。
彪斗くん。わたしは小鳥だよ…。
あなただけの、たったひとりの小鳥だよ。
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