テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#現代ファンタジー
るるくらげ
いと
第2章 第23話
「狂奏戦線」
ゴォォォォォ!!!
赤黒い大きな石と肉塊の門が開く。血と鉄と焦げた臓物の匂いが、ねじれた風と共に吹き荒れる。門の内側では脈打つように肉壁が蠢き、粘液が糸を引いて地面に滴っていた。
「やったねリッパー♡ でもさっきの赤い石 ゲート開ける時に壊れちゃったけど大丈夫?」
無邪気に笑うその声とは裏腹に、周囲には裂かれた死体が無数に転がっている。四肢のないもの、原形を留めないもの、まだ温もりの残るもの。踏みしめるたびにぐちゃりと音が鳴った。
「問題ない。どうせここはもう使わん」
リッパーは興味なさげに答える。紅い瞳に映るのは、既に“次の世界”だけ。
そして2人は切り裂かれた死体の山を蹴りながらゲートをくぐる。足元の肉片が弾け飛び、血が跳ねても、彼らの歩みは止まらない。
「そっかぁ ねぇ。緊張してる?」
「フッ する訳ないだろうこのオレが」
「だよね。…僕は少し、震えちゃってる」
細く幼い体が揺れる。
「ーーでも大丈夫だから。」
その声は甘い。まるで子供が手を握るように。
2人は光のない、時空の狭間のような道を歩く。上下の感覚も、時間の流れも曖昧。足元は空虚なのに沈まず、遠くで無数の断末魔が反響している。
そしてついに光ーー
「どんな世界でも君と一緒だから頑張れるの」
ーー出口。
轟音と紅い光と共にーーーヨムロ界は 2匹の魔族の侵入を許してしまった
空が裂け、森が震え、見えない何かが軋んだ。それは静かに、だが確実に“終わりの歯車”を回し始める音だった。
ーーーーー
そして時は戻る。
「情けねぇ……!!!」
脱走から数日経過し、難民ではないのに未だに食料を受け取り、寝床まで準備してもらっている自分に殺意すら覚えていた。
炊き出しの湯気。差し出されるパン。気遣う視線。
その全部が、刃のように胸に刺さる。
脱走前のことを考えると吐き気がする。誓刃としての誇り。仲間の視線。自分だけが逃げたという事実。
この数日間でふとした時に、死んでしまった方が楽なのではないかと何度も考えた。
もちろんそれは本意ではない。生きたい。強くなりたい。やり直したい。
ただ歳ゆえの未熟さから突発的な考えを出してしまうのである。
そんな時、いつも思い出す。ゼグレのあの夜の一言。
「”死ぬなよ”」
あの声。あの目。言葉少なに、ただ本気だった。
「……そんなこと、おれが1番わかってる」
拳が震える。泣きたいのか怒りたいのか、自分でもわからない。
そして時間が経つにつれ、そろそろ校舎に戻った方がいいのではとも考え始める。
少なくとも生活は送れるだろう。工夫しだいでもしかしたら昇進だって出来るのかもしれない。
ーー逃げた過去は消えない。でも、戻ることはできる。
すこし、ほんのすこし希望を胸に アクラはその日の朝 村をでて城下街に戻ることにした。
ルカサはもういない。彼女は既に別の村に支援しに行っているか 校舎にいるのだろう。
アクラは難民となった村人たちに挨拶をおえ、森の中へ入っていく。
森は重い。湿った土の匂い。絡み合う枝。光を拒むような濃い葉。
「それにしても…本当にくらい森だな…」
ここに来る時は無我夢中で走っていて、たまたま村についたから良かったのだが、運が悪かったら野垂れ死んでいたかもしれない。
今になって、ようやく怖くなる。
そして休憩を挟みながら1時間が経過し、太陽の見える場所に移動したその時。異変が生じる。
「…あれ?」
太陽の位置。影の伸び方。
東に向かって歩いてるはずだったが、太陽の向き的に彼は方向を誤っていたようだ。
「い、いつからだ…??」
冷たい汗が背を伝う。
東幻出身であるため 森の中での移動には全く慣れていないのである。油断していたのだ。
しかしその自体の深刻さにすら今のアクラは気がついていなかった。
「と、とりあえずこのまま進むべきか…?」
焦りが判断力を鈍らせる。引き返す、という選択肢が思考に浮かばない。
ーーーそうして夜が来てしまった。
森は一気に別世界へ変わる。音が増える。気配が増える。視界は焚き火の円の内側だけ。
アクラは焚き火をつけ、村で貰った携帯用食料と少しの水を飲む。
静かだが、静かすぎる。明日はとにかくこの森を抜け出したい。
ーーそのとき
草むらからゴソゴソと音がした。
「な、なんだ!!」
グルルル…
狼の群れ。
3、4匹。焚き火を囲むように、低く唸る。
一匹が牙をむきだし突進してくる。
一瞬、噛まれそうになるもーー「くっ…、こ…のっ!!」
剣が月明かりを反射する。
血が勢いよく飛び散り、地面に無慈悲に転がる。
残りの三匹は身の危険を感じ、情けない声を上げながら森の奥へと消えていった。
「はぁっ…!これじゃまともに寝れないかもな……」
鼓動がうるさい。手が震えている。
ガサガサ。
再度、別の方向の草むらから音がする。
「こ、今度はなんだ…!!」
音的に1匹だ。狼ではない。
ーー熊
嫌な予感。
だがその予想は大きく外れーー
「…ひ、人…?」
闇の奥、草を押し分けて現れた影は、小柄な、美しい青い瞳の少年だった。
月光と炎を同時に映したその瞳は、まるで宝石のように透明で、底が見えない。吸い込まれそうになる。
手袋をしていて服装も明らかに旅人っぽい。森を歩いてきたにしては、汚れが少なすぎる。足音も、草を踏む音も、今思えばほとんどしなかった。
前髪を中央で分けていて、黒髪のボブ。そして毛先が青い。その青は、ただの染色ではない。夜の色を溶かしたような、不自然な発色。
なんといってもその瞳はーー見るものを魅了するような 神秘的な美しさだった。
「だ、誰だ!」
アクラの声は無意識に荒くなる。さっきまで狼と戦っていた緊張が、別の質の警戒へと変わる。
「こ、こわいよぉ…そっちこそ誰〜?」
少年は困った表情をしながらも純粋な質問をしてきた。声は柔らかい。だがその震えは本物だ。
アクラはわずかに眉をひそめる。ーー怖がっているのは、どっちだ?
「自分から名乗れよ…!」
その瞳に、柔らかいオーラに魅了されすぎないようアクラは警戒心を放っていた。心臓が妙に早い。狼と対峙したときとは違う鼓動。
「僕?僕はアクロウ!親友と離れ離れになっちゃってさぁ…探してたらここについちゃった!お兄さんこそなんで?」
名前を名乗った瞬間、焚き火がパチリと弾ける。偶然か、それとも。
「お、おれは…今から家に帰るんだ!ただ迷っただけだ」
嘘ではない。だが全部も言っていない。
アクロウと名乗る少年に悪意や敵意は一切感じなかった。むしろ仲良くなりたい、という素朴な願いすら感じた。
「僕と同じだね!ねぇねぇお友達なろうよ!なんて呼べばいい?」
距離が近い。物理的にも、心理的にも。
「…アクラでいいぜ」
「きゃはははは!変な名前〜!!」
笑い声が森に響く。さっきまで唸っていた獣たちの気配が、嘘みたいに消えている。
「お、お前に言われたくねーよ!」
そんな軽い冗談すら嫌な気持ちにさせないアクロウのお人好しさに、アクラは少し気を許していた。
焚き火を挟んで、二人は腰を下ろす。炎がアクロウの横顔を照らす。
白い。人間にしては、白すぎる。
「…で、お前どっからきたんだ?」
「ん〜…わかんないよぉ……。道とかは全部任せっぱなしだったから…」
“任せっぱなし”。
その言葉に、ほんの一瞬だけアクラの背筋が冷える。
「じゃあ、その親友ってのが策士タイプでお前が戦闘タイプってこと?」
「ううん〜 僕よりリッパーのほうがずっと強いんだから!」
その名を口にしたとき、アクロウの瞳がわずかに細くなる。尊敬。信頼。そしてーー絶対的な依存。
「物騒な名前だな……!」
「えへへ〜お兄さんも強そうだけど、リッパーが相手ならバラバラかもねー!」
口元を抑えながらクスクスと笑う。
その笑いは可愛い。だが言っている内容は、死。
「やめろよ縁起でもねぇな!」
実際、アクロウと話すのは楽しかった。緊張がほぐれていく。焚き火の温かさが戻ってくる。
とにかくこの少年は人のことが好きなのだろう。そして話す人に安心と安らぎを与えた。
「そういえばお前何歳?見た感じ…8か9歳くらいにみえるけど…」
「え!?でも…うーん…わかんないなぁ もう忘れちゃったし…。お兄さんより少し下かな?」
忘れた。年齢を。
「そりゃそうだろ!おれは今15だ。あと二ヶ月で16歳だぜ!」
「きゃははは〜 お兄さんおもしろーい」
笑いながら、じっとアクラを見る。
「な、なにがだよー!てかお前何歳だよー?」
「何百歳…だっけなぁ」
焚き火の炎が揺れる。一瞬、影が“角”のように見えた。
「は…はは!笑えねぇ!」
「嘘じゃないよぉ お兄さんだって嘘ついてるでしょー!」
心臓が跳ねる。
「まぁ、おれは千歳くらいかな?」
冗談で返す。空気を軽くするために。
「すっごーい!ねぇねぇ魔術みせてー!!」
「おれ…まだ使えないんだ」
その瞬間。
アクロウの瞳の奥が、ほんの少しだけ冷えた。
「うっそー!じゃあ僕のとっておき、教えてあげる!君もきっとできるよ!」
ーーそしてアクロウは彼自身の指の先を少しかじり血を出した。
血が、焚き火に照らされる。
普通の赤。ーーに見える。
「な、なにしてんだ?」
「はい、あーん!」
「ちょーー」
わけも分からないまま、結構な量の血を飲ませられた。
温かい。鉄の味。だがその奥に、冷たい何かが混じっている。
ーー血の色が青に見えたのはきっと焚き火の光の反射のせいだろう。
「な、なにすんだよ!」
「お兄さん、なんか感じない?ドキドキするとか…」
アクラは自分の胸に手を当てる。鼓動は早い。だがそれは血のせいか、状況のせいか。
「いや……とくになにも」
「本当に…?」
その声から、柔らかさが抜ける。
「ただの血だろ?」
「…そっか」
なにか おかしい空気が変わった
森が、静まり返る。
さっきまで感じていた“安心”が、嘘のように消える。
「あのね。もしかしたら違うかもって思ってたの。お兄さんは…ほら、普通の人で、友達になれるかもって。僕の技だって教えてあげられたのに」
焚き火の光が弱まる。影が濃くなる。
「ど、どういうことだよ…」
アクロウはゆっくり立ち上がる。マントの紐に指をかける。
「…お兄さんーー 」
一瞬だけ、寂しそうな目をする。
「ーー双呪でしょ」
その言葉は、夜を裂いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!