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街はクリスマスムード一色で、どこに行ってもクリスマスプレゼントやクリスマスケーキ、オードブルの広告が目についた。
けれど、私の気持ちは鬱蒼としていた。
昨夜は、広いお風呂に浸かって、広いベッドで眠った。広すぎるベッドは、勇伸さんと二人で寝ても触れ合うことがなく、互いに背を向けてしまえば、独りだった。
こんな気持ちで龍也と会わなきゃいけないなんて……。
今朝の勇伸さんは、昨夜の出来事が夢だったかのような平常運転で、二人で朝食を取り、別れた。
私はため息をつくと、カップルだらけの駅前通りを足早に進んだ。
「ここ、か」
龍也から送られてきた会場の名前と、店の看板を確認して、スマホをバッグにしまう。
いつもの居酒屋と違って、随分と洒落たレストラン。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、ウェイターが颯爽と出迎え、深々と頭を下げた。年は、勇伸さんと同じくらいだろうか。
「桑畠様でしょうか?」
名乗る前に、聞かれた。
「はい」
「お待ちしておりました。コートをお預かりいたします。ポケットに貴重品がないかご確認ください」
コートを手渡すと、代わりに預かりのトランプを渡された。
この会場は、龍也が決めた。
別れを告げた日から数日後に、『この会場でいいか』とメッセージと店のHPのアドレスが届き、私は『OKです』と文字スタンプで返した。それに対する龍也の返事は、『お任せください』とお辞儀をする猫のスタンプだった。
さらに数日後。
時間を知らせるメッセージが届いただけで、私はそれにも同じスタンプで返した。
龍也に会うのは、二週間振り。
あの日の、泣きそうな、苦しそうな龍也の顔が忘れられない。
私は大きく息を吸い込んで、ウェイターの後に続いて部屋に入った。
「来たか」
言われた時間より十五分早かったから、龍也と二人かと思ったら、陸さんもいた。
十二、三人くらい座れそうな円卓に、等間隔に皿やカトラリーが配置されている。
「あ、俺、今日は千尋と目一杯飲むつもりだから、あきらは龍也の隣な」
椅子席なのだから、来た順に席を詰める必要はないと思うが、拒むのもおかしいなと言われた通りに龍也の隣に座った。
麻衣が来たら、隣に座ってもらおう。さなえでもいい。そちらを向いていれば、龍也のことは気にしなくてすむくらいの、間隔はある。
龍也と目が合ったが、すぐにドアがノックされて、逸れた。
千尋と麻衣が、ウェイターに案内されて入って来た。
「よ」と、龍也。
「お疲れ!」
麻衣が駆け寄って来て、私の隣に座った。
「千尋、隣来いよ」
言っていた通り、陸さんが千尋を呼ぶ。
「今日はめっちゃ飲みたい気分なんだよ」と、陸さんがテンション高めに言った。
「付き合えよ」
「いいけど、高いんじゃないの? この店。のみほなんてあるの?」と、千尋。
「龍也の伝手で、安くしてもらえるんだと。特別にのみほ付きで」
「へぇ」
「久し振りに、高い酒が飲めるぞ?」
今日の陸さんと千尋には要注意だ。
各席に置かれたドリンクメニューを見ると、名前だけでは想像もつかないような横文字満載。私は、一瞥しただけでメニューを置いた。
麻衣はめげずにメニューを見つめる。
「あきら、何飲む?」
麻衣に聞かれ、私は即答した。
「いつもの」
「梅酒、どこに書いてあるの?」
「麻衣。私にわかると思う?」
麻衣がキョトン、と私を見て、それから吹き出す。
「飲みたいお酒があるのか聞くのは、恥じゃないよね」
「とりあえず、ビールか?」と、陸さん。
「だね」と、千尋。
「大和とさなえもビールでいいかな?」と、麻衣がメニューを見ながら言った。
「あ、さなえは来れるかわかんないって。昨日、大和さんからメッセきたんだけど、最近体調悪いから、って」と言いながら、龍也がスマホを操作する。
「欠席のメッセはきてないけど」
「インフルとか流行ってるもんね」
私が何の気なしに言うと、龍也がグイッと身体を寄せてきた。
「お前は? 鼻声じゃね? 大丈夫か?」
思わず顔を背ける。
「大丈夫」
あ、嫌な言い方……。
しまった、と思うのと同時に、ドアがノックされ、開いた。
「わり、遅れたか?」と、大和さんが息を切らして顔を出した。
「まだ、ドリンク選んでたとこ。さなえは?」と、千尋が聞いた。
ウェイターが大和さんの後から入って来て、ドアの前に立つ。
大和さんは空いている龍也と千尋の間に座った。
「さなえは欠席で。やっぱ調子悪くて」
「置いてきちゃって大丈夫なの?」
「ああ。みんなに顔出せなくて悪い、って伝えてくれって」
お揃いでしたら、とウェイターがポケットから端末を出した。
とりあえず、と全員ビールを注文した。
すぐさま、サラダが運ばれてくる。全員に用意された頃、ビールが届けられた。
「んじゃ!」と、龍也が立ち上がり、グラスを持ち上げた。
「今年もお疲れさまでした! かんぱーい!」
「乾杯!」
品の良いグラスビールが、それぞれの喉に勢いよく注ぎ込まれる。
それを見越してか、すぐに二杯目のビールが運ばれてきた。
「ビール以外のご注文はございますか?」とウェイター。
「梅酒、ありますか?」と、私は聞いた。
「ございます」
「サワーで」
「かしこまりました」
「私はフルーツのサワーがいいな」と、麻衣。
「ストロベリーがお勧めです」
「それをお願いします」
「かしこまりました」
そうこうしている間に、次の料理が運ばれてくる。刺身の盛り合わせ。
「美味しそう!」
「龍也。さなえの分の料理、テイクアウトできないの? 刺身は無理だろうけど――」
「あー、いい、いらない」と、大和さん。
「どうせ食べらんないから」
「え?」
「つわり、でさ」
「え?」
「え!?」
「マジ!?」
各自、驚きの声を上げる。
「うそ! おめでとう!!」
麻衣が感激のあまり、勢いよく立ち上がった。
「やった!」
まるで自分に子供が出来たかのような喜びようだ。
「この前、レスだって泣いてたくせに、なんだよその急展開」と、陸さんが茶化す。
「はぁ? 泣いてねーし!」と、大和さんがムキになって答える。
「けど、またレスか。久し振りに張り切ったらデキちゃったって、高校生《ガキ》じゃあるまいし」
陸さんの言葉に、大和さんは苦笑い。
「それは、まぁ、痛いとこだけど、うっかりってわけじゃないからいーんだよ」
「まぁまぁ、めでたいことなんすから」
龍也が、私を見ているのがわかる。
子供の話題になって、私が平気かが気になるのだと思う。
龍也は、私以上に子供の話題には敏感に反応する。
自分が産めないからって、他人の妊娠を妬ましく思ったりはしないんだけどな……。
「いつ頃生まれるんだろ。今時期がつわりなら、夏ごろ?」と、麻衣が言った。
「だね。今度はどっちかな」と、私が答える。
「楽しみ! ね、ね、また三人でお祝い買いに行こうね」
大斗くんが生まれた時も、私と麻衣と千尋でお祝いを買いに行った。本当は陸さんと龍也も一緒だったけれど、店に入って二十分くらいしても全く決まる様子がないとわかり、近くのカフェに異動して行った。
「私たちが一肌脱いだ甲斐があったわけだ」と、千尋が大和さんに言った。
「ね? あきら、麻衣」
「そうそう! 感謝してよね、大和」と、麻衣が大きく頷く。
「は? なんで――」
「パーカー」
間髪入れずに私が言うと、大和の口がポカンと開いた。
「ナニしちゃったんだ?」と、今度は千尋が茶化す。
「してねーよ!」
「は? パーカー、って何の話だよ?」と、陸さんが興味津々で身を乗り出す。
「なんでもねーよ!」と、大和さんがぶっきら棒に言った。
この反応は、本当にナニしちゃったのかもしれない。
「違うよね? 久し振りにお洒落したさなえを見て、ソノ気になっちゃったんだもんね?」と、麻衣が助け舟を出す。
「そう! そうだよ! そういう意味では、きっかけ作ってくれて感謝してるよ」と、大和さんが大袈裟に言った。
「先週からつわり酷くて、実家に帰ってるんだよ。その方がゆっくりできると思って。だいぶ落ち着いたから今日も来たがったんだけど、さっき迎えに行ったら、また寝込んでてさ」
「大斗くんの時も、キツそうだったもんね?」
「ああ」
「大斗くんは? さなえと一緒?」
「大斗が一緒じゃさなえが休めないから残したんだけど、二日が限界だった……」
「大斗くん、さなえにべったりだって言ってたもんね?」
「そうなんだよ。早くも赤ちゃん返りなのか、ますますさなえから離れなくなっちまって」
なんだかんだと言いながらも、大和さんは幸せそうで、嬉しくなった。
羨ましい、と思うのが本音。
けれど、正直に言って、今は子供が産めないことを悲観的に思うより、昨夜の勇伸さんとのことが頭をもたげる。
あんな形で、龍也への気持ちが決定的になってしまうなんて……。