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教室の空気が変わったのは、ある“掲示”がされた翌日だった。黒板脇の掲示板に、教師の見回りの隙を縫って貼られた――匿名の「報告書」。そこには、「クラス内での迷惑行為」と称して、遥と日下部の名前が挙げられていた。
《不潔》《不快な視線》《教室の空気を乱す》《加害傾向あり》
証拠のように添えられたのは、加工された写真。教室で二人が話している場面が、角度と表情だけで「密談」「陰湿な企み」とされていた。
書き方は冷静で、理路整然としていた。感情のない書体。まるで報告義務を果たしただけのような、機械的な告発文。
蓮司の手は、どこにもなかった。
教師は「事実確認中」とだけ言い、掲示は一日中そのままにされた。生徒たちは、それを黙って見ていた。黙って、撮っていた。笑って、拡散していた。
日下部は拳を握りしめていた。怒りを、必死に噛み殺していた。遥は、一度もその掲示を見ようとしなかった。
その翌日、椅子が消えた。遥と日下部、ふたりの席だけ。
机の中には使用済みのマスク、ぐしゃぐしゃのプリント、そして――誰かが明らかに「踏んだ」菓子パン。ぐちゃりとした、それでもまだ甘い匂いを残すもの。
「加害者が被害者ヅラしてるんだもんね」
教室の隅で、誰かが言った。
「こわいよね、ああいう人たち」
「空気が重くなるの、マジで勘弁」
すべて「誰が言ったか」にはならなかった。言葉は空気になり、事実のように沈殿していった。
日下部は言葉を失い、遥は目を閉じた。
だが、逃げなかった。
授業中、遥のノートが奪われた。代わりに机の上に置かれたのは、印刷された“偽の反省文”。「クラスに迷惑をかけたことへの謝罪」として、捏造された遥の署名入りの文書。
それを見た教師は、なにも言わずにスルーした。
そして、そのコピーが掲示板にまた貼られた。
その全てを、蓮司はただ見ていた。
楽しそうに。遠くから。
崩れていくバランスを、壊れていく視線の先を、観察するように。