レストランで楽しい時間を過ごした二人は、店を出てホテルへ向かった。
歩きながら、紫野は神妙な顔をして国雄に言った。
「あの……両親が事故に遭った場所に行ってみたいのですが……」
国雄は一瞬驚いたが、すぐに穏やかな表情で答えた。
「事故があった場所には、まだ一度も行っていなかったんだね」
「はい」
「場所は分かる?」
「ホテルを通り過ぎて少し行った先の交差点です」
そこまでの道のりは、母と何度も歩いた懐かしい場所だったので、紫野ははっきり覚えていた。
「了解。じゃあ、行こうか」
国雄はそう言って紫野の手を取り歩き始めた。
突然手を握られた紫野は驚いたが、国雄の大きな手に包まれると、なぜか安心感が湧いた。
途中、国雄が花屋の前で足を止めた。
「花を買っていこうか」
「すみません、ありがとうございます」
店に入ると、国雄は紫野の母が好きだった百合の花束を注文してくれた。
花屋を出ると、二人は再び手を繋いで歩き始めた。
「寒くない?」
「大丈夫です」
そこで国雄は急に立ち止まり、自分が身に着けていたマフラーを紫野の首にそっと巻いてくれた。
「あったかい……ありがとうございます」
「うん。じゃあ、行こうか」
国雄の香りがほんのりするマフラーは、緊張気味の紫野の心をすーっと溶かしてくれるような気がした。
事故現場の交差点にたどり着くと、紫野は切ない表情をして足を止めた。
「どの辺だったのかな?」
「この道を右折しようとして事故に遭ったと聞きました」
「では、この辺りに花を供えようか」
国雄は歩道に跪くと、街灯の足元に花束をそっと置いた。
それから二人はその場で静かに手を合わせた。
紫野は、事故現場に行ったら泣いてしまうだろうとずっと思っていたが、不思議と涙は出なかった。きっと、頼もしい国雄がそばにいてくれたからだろう。
紫野は手を合わせながら、心の中で両親に語りかけた。
(お父様、お母様、私はこの方と結婚することになりました。どうか見守っていてくださいね)
お参りを済ませ、すっきりした表情で顔を上げた紫野は、隣にいる国雄に感謝の気持ちを伝えた。
「連れてきてくれてありがとうございました。これで気持ちの整理がつきました」
「それなら良かったよ。寒いから、そろそろホテルへ戻ろうか」
「はい」
二人は来た道を引き返し、ホテルへと向かった。
ホテルに戻り紫野の部屋の前まで行くと、国雄は突然紫野を抱き締めた。
静まり返ったホテルの廊下で、紫野は抱き締められながら国雄の心臓の鼓動に耳を傾けていた。
しばらく紫野をギュッと抱き締めていた国雄は、名残惜しそうに身体を離すと、彼女の耳元に優しく囁く。
「おやすみ。また明日の朝迎えにくるよ」
「お、おやすみなさい……」
紫野は恥ずかしくて真っ赤な顔のまま国雄に会釈をすると、部屋に入り静かにドアを閉めた。
彼女が部屋に入ったのを見届けると、国雄も隣の自室へ入った。
一時間後、国雄の部屋にノックの音が響いた。国雄がドアを開けると、進が立っていた。
「国雄君! 愛しい人とのディナーはどうだったかな?」
「プロポーズしたよ」
「はっ? もうそんな展開になっていたのか?」
進はかなり驚いた様子で国雄に言った。
「うん。こういうことはどんどん進めないとね」
「まあたしかに。紫野さんは美人だから心配だよな」
「お前、変な気起こすなよ」
国雄が進に釘を刺す。
「起こすわけないだろう! そんなことをしたら、お前に半殺しにされるからなぁ」
そう言って、進は楽しそうに笑った。
「で、何か分かったか?」
「それがさ、やばい情報が入った!」
「やばいって何だ?」
「事故が仕組まれたものかもしれないっていう推理は、もしかしたら当たっているかもしれない」
「そうなのか? でも、一体誰が……」
「聞いて驚くなよ……」
進は、知り得る限りの情報を国雄にすべて伝えた。
すべての話を聞き終えた国雄は、驚きのあまりしばらく言葉が出なかった。
「その、大瀬崎の娘と一緒にいた男っていうのは、誰なんだ?」
「それはまだ分からない。ただ、かなり親しそうにしていたっていうから、恋人か親族……そんなところだろうな」
「なるほど。で、娘がその男と一緒に銀行にいるところを何度も目撃されているっていうことは、金が絡んでる?」
「だと思う」
「大瀬崎の今の当主は関わってないのか?」
「それもまだ分からない。父親の指示があったのか、それとも娘が単独で関わっているのか? そこはもっと調べてみないと……」
「分かった。親父がその銀行の頭取と顔見知りだから、帰ったら話してみるよ」
「おお! それなら話が早いな」
「金の流れを追っていけば、男が誰なのかもわかるだろう」
「ああ。引き続き調べてみるよ」
「頼んだぞ。金はいくらかかっても構わないから」
「了解! ところで、明日の日中は観光するんだろう? どこに行くか決めたか?」
「紫野が喜びそうな所を、いくつか見繕ってもらってもいいか?」
「お安い御用だ。 じゃあ、明日の朝迎えに来るよ。おやすみ!」
「いろいろとありがとうな!」
進が部屋を後にすると、国雄はゆっくりとソファーに腰を下ろした。そして、顎に指を当てながら、じっと何かを考え込んでいた。
コメント
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紫野ちゃん😢ご両親の事故現場に、ようやくお花をお供え出来て、ご両親にもご報告出来てよかった😊✨これも、国雄さんが一緒にいてくれたからだね😌 嬉しい報告を、天国のご両親も、きっと喜んでくれてることでしょう✨ だんだんと、事故の真相が分かりつつありますね! 紫野ちゃんを苦しめた犯人には、天罰をーー
紫野ちゃん、 国雄ちゃんと一緒に事故現場にお花をお供えし、婚約の報告が出来て良かったね…💐🙏 お父さんとお母さんも、きっと喜んでくれていることでしょう🥹💓 そして進さん、お見事です😎👍 乱子と真司は(もしかしたら伯父夫婦も?)また直ぐに銀行に行きそうだから、意外に早く捕まえられるかもしれませんね…🚓👮
事故現場に花を供え国雄さんと手を合わせる事ができて良かった。事故ではなく故意に葬られた証拠を掴んで両親の無念を晴らして欲しい😢 ここまで着々と動いてくれてる国雄さんの愛の力は尊い💪