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「アウローラ……え、ああ、あ、大丈夫ですよ!全然仲がいいので!」
「そうか……いや、すまない、ステラ」
「ええっと、なんで謝ってらっしゃる……のですか。お父様」
呼び止められ、何の話かと思えば、フィーバス卿の口から出たのは、アウローラの名前だった。彼女について知っているのは、私じゃなくて、フィーバス卿の方だろう。だから、話す事なんて何もない、と思っていたが、申し訳ないことをした、というフレーズに引っかかってしまい、私の足は止る。一体何を謝ろうというのだろうか。
「あの、少し、無礼だなあーなんて思ってますけど、全然。強いですし、彼女の魔法について知りたいなあと思ってて!それくらい、優秀なメイドですけど……」
「優秀なのは知っている。だが、他のメイドや、使用人と違って、少しいや、かなり面倒な性格をしていてな」
と、フィーバス卿はため息をつく。
フィーバス卿もしっかり彼女のことを理解していたんだと、何だか意外というか、いや、それでこそ、フィーバス卿という感じがした。彼が気付かないわけもない。そうだと分かっていても、フィーバス卿にいいメイドがいると紹介された侍女が、立場もわきまえない突っかかってくる陽キャだったときは驚いた。何かの間違いだと思っていたけれど、フィーバス卿の口から彼女の名前が出たと言うことは、そういうことなんだろう。
「め、面倒な性格ですか」
「……先ほども、謝ったが、ステラと、アウローラの会話を盗み聞いてしまった。ステラが、辺境伯領周辺の視察にいったというのは、彼女に言われてだろう」
「え、ああ、ええっと」
隠さなくても、バレてるし、いいよね? と、私はコクリと頷く。フィーバス卿の顔が渋くなり、私は、笑顔を保っていることが辛くなった。
でも、アウローラの性格が、元々こうだったということは、もしかして、屋敷内でも歌い存在だったんじゃ、とそう思うと、何だか胸がそわっとした。親近感というか、仲間外れの悲しさというか。
「あの、お父様。アウローラのこと……なんで、私の侍女にって思ったんですか」
「変わって欲しかったんだ。お前となら、もしかしたら……同い年のメイドはいるが、どうもアウローラは孤立しているようでな」
「あ……そうだったんですね」
やっぱりそうか、と思ったと同時に、変わって欲しかった、孤立している、と彼女のことを見ているというのが伺えて、フィーバス卿の気配りが垣間見える。顔は怖いというか、いつも何考えているか分からないくらい凍りついているけれど、しっかりと、自分の屋敷の使用人のことを見ていると。
銀色の髪の毛を撫でながら、フィーバス卿はどうしたものか、と呟いてくしゃりと、髪を掴む。その姿すら、美しくて絵になってしまうのが彼だと思った。私の父親でもあると。
「嫌な気持ちになったのなら、変えよう。ステラの方が優先だ。それに、俺が思っていた以上に、暴言を吐いたようだしな」
「暴言って、まあ、でも、あんなの可愛いものですよ」
「ステラは、それに対して、自分への侮辱はいいが、俺への侮辱は許さないといった」
「そ、そこまで聞いていたと!?」
いつ聞かれていたんだろうか。本当に、盗み聞きだ最悪だ! と、心の中で叫びながらも、何だか嬉しそうにしているフィーバス卿のことを見ていると、嫌がっている素振りを見せたら、まずいなと思って、大人しくすることにした。
「そ、そうだったんですね。とっさに出た言葉だったので」
「……娘に思われて、嫌な父親はいないだろう」
「は、はあ……」
父親を体験するの初めてですよね? 本当に、感動だ……みたいな、顔をされて、反応に困ってしまった。本当に、想像していたのと全く違うタイプの人だった。
ここに来る前は、アルベドも、ブライトも、怖い怖い、というイメージを前面に押し出してきてたため、そういう人なんだろうと予想していたが、全くそんなことなくて。確かに顔は怖いけれど、中身は、氷が溶けたような人で。いや、残忍なところもあるけれど、それは、領主としての責任とか、貴族のプライドとか、そういう塊で。
考えれば考えるほど、フィーバス卿の属性は多いような気がした。
「ええっと、それで、アウローラ……確かに、色々言われましたけど、全然!変えて貰わなくても大丈夫です」
「いいのか」
「はい。何かアウローラの話聞いたら、私、同じだなと思って」
「同じだと、どういうことだ?」
「いや、あははは……」
こればかりは、誤魔化させて貰おうと、私は笑った。だって、同じというのは、前世のことだったり、前の世界のことだったりで。それを話したところで通じないし、ここまで築いてきたものがなくなる気がして、私はともかく、と話を続ける。
ここを突っ込まれても、どうにもならないし、私もはなす意思はない、と強く固めて、フィーバス卿の方を見た。
「肉塊のことは、話しましたし、アウローラのことは大丈夫です。お父様も、彼女のこと心配していたんですね」
「俺が拾ってきた少女だったからな。気に掛ける。いや、この屋敷で働く使用人のことも、民のことも……第一に考えている。それが、領主としての責任であり、義務だからな」
「さすがです、お父様」
「ステラは、無理をするな。理想はあるだろうが、一気に何かをやらなくていい。お前を養子として迎え入れたのは、ただ跡継ぎが欲しかったからではない。俺が、お前を選んだ。お前となら、家族になっていけそうだと思ったからだ」
と、フィーバス卿はそういって立ち上がった。
そうして、私の方にやってきて、ポンと肩を叩く。優しく。でも、彼から放たれる魔力は、冷気となって冷たい。彼に課せられた呪いのようなものは、一生死ぬまで消えないのだろう。この地に縛り続けられる。それを、私が肩代わりできればいいのに。けれど、私には、前の世界に戻したいという目標がある。そのためのしのぎ。そう思うと、私は、本当に色んな人を利用して生きてきているなと、罪悪感に狩られる。
エトワール・ヴィアラッテアは、こんな罪悪感も何も感じず、自分のためだけに行動しているのだろう。それは、許されることじゃない。だからこそ、私は。
「ステラ?」
「お父様、ありがとうございます。私のことを娘だといってくれて」
「あ、ああ。いきなりどうした。何か、不安なことでもあるか?」
「不安、ですか」
私が、そう訪ねると、フィーバス卿の方が不安だというように私の頬を撫でた。彼の手は冷たくて、身体が一瞬驚いてしまう。フィーバス卿はそれを見てか、手を引っ込めそうになった。
「ユニーク魔法は、意思と関係なしに発動するときがある」
「えっ、あの、怖いこと言わないで下さいよ」
「本当だ。知っておいた方がいい。魔法は、意図的に発動できるものだと思わない方がいい。魔法は兵器だといっただろ。あれは、魔道士すらも、飲み込むものだぞ。感情の振れ幅が広いときには、とくに気をつけろ」
「はい」
恐ろしいことを、サラリと言われて、私の身体は凍りついたように冷たくなった。フィーバス卿のユニーク魔法が自分に掛けられてしまったら。内側から凍って、死んでしまう……そして、フィーバス卿も、苦しんでしまう。双方にいいことがない魔法。でも、魔法は、本人の意思と関わらず発動することもあると……
(魔力の暴走も同じなんだろうな……)
経験したことがあるからこそ分かる。自分ではどうしようもなく扱えない力。魔法の恐ろしさを知ったとき。そして、その魔法で愛する人を殺そうとしてしまった経験。本当に、紙一重で止めることが出来ていたけれど、出来なかったらあの時、リースは。
「気をつけます。魔法は、決して便利なものじゃないと」
「ああ、そうしてくれ」
「あ、あと、アウローラ本当に大丈夫ですから。上手くやっていけます。こう見えても、侍女と仲良くなるの得意なんです!」
「……っ、そうか。それならいい。ゆっくり休め、ステラ」
「はい」
フッと微笑まれて、一瞬ドキッとしてしまった。冷たい顔なのに、儚くて、強くて、凜々しい私の父親。私は、少し温かくなった胸元に手を当てお辞儀をして、部屋を出た。
「さてと……」
むかう先は決まっている。私は方向転換し、一歩踏み出した。
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