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「と言う訳で、そこの|男の娘《おとこのこ》――」
「なんかビミョーに字が違くないですか?」
「気のせいです。そんな事より男の娘――」
絶対気のせいじゃないだろ?
「あなた先程、男子が女子プロレスをやるのは犯罪だとか言っていましたが、そんな事はありませんよ。なぜならこの業界、性別の詐称など特に珍しくもないのですから」
はぁあ? 性別詐称が珍しくない?
木村さんの衝撃の発言に、訝しげな表情を浮かべるオレ。しかし、対する他の三人は、平然とした様子で話を聞いている。
「それって、どうゆう事ですか?」
「言葉の通りですよ。実際に、女子プロで活動している男子が何人もいるって事です」
「それも日本に限らず、世界中でな」
木村さんの言葉へ補足するように言葉をつなげる佳華先輩。
そして、始めて聞く話に困惑するオレへ、木村さんは更に話を続けていく。
「そうですねぇ、有名どころで言えば――レイシャ・マフノと言う選手はご存知ですか?」
「えっ? ああ、当然知ってるよ」
レイシャ・マフノといえば世界的にも有名なレスラーだ。知らないはずはない。
「あれだろ? ロシア出身、金髪の超セクシー系美人レスラーで本国ではモデルも兼業してる、24歳独身。身長188センチ、バストはGカップ。日本でも人気が高く、写真集が4冊も発売されているっていうレイシャ・マフノだろ?」
何気にオレも大ファンなので、写真集は全部持っている。
「そこまで詳しいと若干引きますけど、知っているなら話が早いです」
「話が早い……? って、ま、まさかっ!?」
今の話の流れから、最悪の予感が頭をよぎる。そして、その予感を肯定するように木村さんは、口元へニヤリと黒い笑みを浮かべた。
「彼女……もとい”彼”も女子プロで活躍してはいますけど、身体的には男性です」
あまりの衝撃に、一瞬目の前が真っ暗になった。
それでも木村さんが否定をしてくれる事を祈りながら、オレはなんとか声を絞り出す。
「マ、マジっすか……?」
「本当と書いてマジです」
「じ、じゃあ……あの、む、胸は……?」
「あれはシリコン――いわゆるニセ乳です」
生きる希望を打ち砕くような木村さんの言葉にオレは茫然とし、膝から崩れ落ちた。
オ、オレは……オレってヤツは、なんてモノを見て喜んでいたんだ……
「ホンット男って、金髪とか巨乳に弱いんだから――バカみたい」
うるさい、かぐやっ! お前に、今のオレの気持ちが分かってたまるかっ!!
「なんだい、かぐや。金髪と巨乳が羨ましいのかい?」
ガックリとうなだれるオレの横で、ラフな金髪の荒木さんが大きな胸を張っていた。
「アンタのは巨乳じゃなくて、巨大な大胸筋でしょうが!」
「あんだとーっ! ヤンのか、この貧乳っ!!」
「なっ!? だ、誰が貧乳だーっ! 平均をやや下回ると言えっ! だいたいアンタのなんてカチカチに硬くて、超合金みたいなおっぱいのくせにっ!!」
つまらない事で言い合いを始めるかぐやと荒木さん。まったく、いい年してみっともない。
まあ、そのつまらない事で落ち込んでいるオレに、人の事は言えんけど……
「上等だ、おもて出ろやコラ」
「望むところよ」
「待て待て……旗揚げしたら、ちゃんとお前達二人の|対戦《カード》も組んでやるから。どっちのおっぱいが上かはリングで決着をつけろ」
今にも場外乱闘を始めそうな二人の間に割って入る佳華先輩。てゆうか、その決着はリングでつけられるものなのか?
「そのためにも今は――」
そのまま二人の間から更に一歩踏み出して、オレの前に立つ佳華先輩。
「気持ちは分かるが、そんなに落ち込むな佐野。それに選手になれば、試合中にかぐやのおっぱい揉み放題だぞ」
「そ、そんな事したら、ネジ切るわよっ!」
胸を両腕で覆いながら、それを隠すように身体を横に向けるかぐや。
確かにいつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。オレの黒歴史たる闇の書は、帰ったらブックオンにでも売りに行こう。
オレはゆっくり立ち上がり、佳華先輩の方を向いた。
「いえ、中三から全く成長してないような、かぐやの|平ら《フラット》な胸には、全然、まったく、これっぽっちも興味が無いの、ぐはぁっ!」
ミニスカートから真っ直ぐに伸びたかぐやの足が、綺麗にオレのアゴを捉える。
「ブツわよ」
仰向けに倒れたオレを、冷ややかな目で見下ろすかぐや。
ってか、人のアゴをトラースキック(*01)で蹴り上げといて『ブツわよ』じゃねぇよ!
相変わらず、口より手……とゆうか、足が先に出るヤツだな、オイ。てか、パンツ見えてるぞ。
オレはアゴをさすりながら、再びゆっくり立ち上がった。
「ところで、さっきの話はマジなんですか? にわかには信じられないんッスけど――てか、なんでそんな事が……」
痛みを堪えながら、冷ややかな視線を送り続けるかぐやをスルーして佳華先輩と木村さんへ話を振る。
「ああ、マジだ」
「まあ、|性同一性障害《LGBT》が世間的にも法的にも認知されつつある昨今。身体が男性だからという理由で参戦を認めないなどと言うと、市民団体なんかが色々とうるさいのですよ」
まあ、何かに付けて文句を言いたがるヤツっていうのは、どこにでもいるからなぁ……
「ただ、お前が知らなかったように、一般人には絶対に秘密だ。情報は団体間でやり取りされて、必要があれば選手にも知らせる。たが、もしその情報を外へ漏らしたりしたら、ソイツは業界全体から永久追放される」
「それとマスコミなども、この話題は取り扱わないと暗黙の了解が出来ています。まあ、当然でしょう。そんな事をすれば、全世界の団体から取材拒否をされる事になっていますから。なので、アナタがデビューをしても外に男バレする事は、まずありません」
なるほど。まだ業界歴三か月のオレじゃあ知らないワケだ。
「それに佳華さんも言っていたけど、選手には対戦前に知らされるし、もしイヤなら断る事も出来るわ」
「もっとも、相手が男だから対戦したくないなんて話は聞いた事もないけどよ」
更にかぐやと荒木さんが、追い討ちを掛けるようにオレを取り囲む。前門の佳華先輩に後門のかぐや。それに左右を荒木さんと木村さんに囲まれて、正に状況は四面楚歌……
「状況は分かりましたか、男の娘? あなたのデビューを妨げる要因は何もないのですよ。ついでに逃げ道もありません」
その男の娘は止めて下さい……
「じょ、状況はわかりましたけど――オレは性同一性障害者じゃないんですから、女子と組み合ったりするのは抵抗があると言うか……」
「何を今更――大学んときは、あたしと何度もスパーリングをしただろう?」
「わたしとだって、子供の頃から考えたら数え切れないわよ」
前後から佳華先輩とかぐやの挟み撃ち。
確かにそうだけど――
「かぐやは子供の頃から一緒だから、何も感じないと言うか……カテゴライズ的に、オレの中でかぐやは『女子』じゃなく『メス』のカテゴリーだから。それに佳華先輩は『オッサン』のカテゴリーで――」
「「死ねっ!!」」
「あがぁっ!」
前後から佳華先輩とかぐやによるヘッドバッドの挟み撃ち……今、本当に星が見えたぞ。
(*01)トラースキック 身体を横向きの状態にして、片足を後ろに高く振り上げ、相手のアゴを足裏で蹴り上げる打撃技。