「運命を見れるって、本当なの?」
会合一番に訊ねた僕に、煙管をふかしていたミズキは不意を突かれたように目を丸めた。
当然だろう。だって本当に、扉を開けてすぐに訊いたから。
礼儀のなっていない生意気な子供だと憤慨しても良さそうなものなのに、ミズキは面白そうなものを見つけたとでも言いたげに、にっと口端を吊り上げて、
「坊っちゃんは、運命を知りたいのかい?」
「僕の見た夢が、これから訪れる”運命”なのかどうかを知りたい」
「へえ、それはまた面白い相談だね。自分の未来を夢に見たのかい?」
「違うよ。僕じゃなく、大切な人の……死ぬ夢なんだ。もう、何度も見ている」
「ふん? 大切な人が死ぬ夢、ねえ」
まず、一つ目に。
ミズキは小さな筒の上で、ひっくり返した煙管をトントンと指で叩く。
「私が見えるのは、その人の持つ星回りというやつでね。運命とは似ているけれど、少し違う。それこそ夢のように、正確な映像が見えているわけじゃないから、私の解釈の上に成り立っている。だから、”占い”と言っているのだけどもね」
それから二つ目に。
言いながらミズキは僕の傍まで歩を進め、上から見下ろしてくる。
「私は気に入った相手しか見ないし、この場にいない人間のものは見れない。ってことで、坊っちゃんの期待には応えてあげられない。すまないね」
「……そう」
駄目だ。時間の無駄だった。
気落ちする僕に、ミズキは「お茶でも淹れようか」と僕に座るよう促して、
「坊っちゃんの夢が”運命”かどうかを見てやることは出来ないけど、話を聞いてやることはできるよ」
「え……?」
「こんな怪しい店に、ひとりで乗り込んでくるくらいだ。よほど切羽詰まっているんだろう? 私も興味深い内容だしね。ひとつ、悩む頭の数を増やしてみるってのはどうだい? 私はこう見えて、お前さんのお父様よりも長くを生きているよ」
(父上よりも長く……? そうは見えないけど)
目尻を赤く塗っているのも影響しているのか、膝を軽く折ってにこにことしているこの異国の占い師とやらは、頑張っても母上と同じ程度の若さに見える。母上は父上よりも五つほど若い。
退屈凌ぎにからかわれているのかもしれないけれど、確かに僕にはもう、他に縋るあてがない。
(この人なら、話したところでマリエッタとは接点がないだろうし)
そうして僕は、自分の繰り返し見る悪夢を話し始めた。
ミズキは時折質問を挟みながらも、好き勝手話す僕の対面で、真剣に聞いてくれていて。結局、たったの一度も茶化すことはなかった。
話し終えた僕に、「……そうさねえ」と思案しながら、
「その夢の中に、成長したお前さんはいたかい?」
「……僕の見える範囲には、一度も」
「単にその場にいなかっただけか、同じ時間軸には存在しえないってことか……難しいところだね」
ふうむと呟いて、ミズキが「根本的なところなのだけれどね」と僕を見る。
「お前さんはどうして、その夢が運命かどうかを知りたいんだい?」
「それは、マリエッタを悪女になんて……あんな死に方で失うなんて、絶対に嫌だから」
「つまりお前さんの目的は、王子様に婚約破棄をされた挙句に殺される幼馴染のご令嬢を、”運命”から助けることかい?」
「……うん。そうだね」
「なら、ちょいと手荒だが、策はある」
「! 本当!?」
勢いよく立ち上がった俺に、ミズキはにたりと悪い笑みを浮かべて、
「王子様との婚約破棄が起点なら、そもそも婚約をさせなきゃいいのさ」
「それは……そう、だけど。理由も言えないのに、ただ僕が”王子とは婚約するな”って忠告するだけじゃ、きっと取り合ってもらえないよ」
「だろうねえ。そこでだ、お前さんが王子よりも先に、マリエッタ様と婚約しちまえばいい」
「…………え?」
呆けた顔で静止した僕に、ミズキはくっくと喉を鳴らしながら、
「私は貴族のしきたりにはそこまで詳しくないけれどもね、お前さんらの婚約ってのは、簡単に破棄できるようなものじゃないんだろう? なら、こっちが先にその席を取っちまえばいい。その夢が本当にマリエッタ様の未来なのだとしたら、運命が二人を引き合わせようとするだろうけども、手札がこちらにあれば、抵抗の余地があるしね」
ただし、と。ミズキは首を軽く揺らし、簪をしゃらりと鳴らす。
「婚約するのはお前さんだ。お前さんは、そのご令嬢と結婚しなきゃならない。そればかりか、マリエッタ様は一生お前さんを愛してはくれないだろうよ。なぜなら彼女の運命の人は、王子様なのだからね。それでもマリエッタ様を”もしも”の未来から救い出したいという覚悟が、お前さんにあるのなら」
「…………」
覚悟。
僕の夢を”運命”だと信じてマリエッタと婚約し、結婚して、愛されなくても生涯を共にする覚悟。
(いや、愛されないばかりか、恨まれる可能性だって)
だって僕は、マリエッタの”運命の人”じゃないのだから。
(それでも僕は)
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!