放課後の相談室には、まだ教室のざわめきがかすかに残っていた。 ドアが軽く開き、女子高生が肩を落として入ってきた。
机に手をつき、視線は床に向けたまま小さな声で話し始めた。
「……友達に無視されてるんです」
遥は椅子に浅く腰かけ、ゆっくりと顔を上げた。
「無視って、どんな感じ?」
「昨日も、昼休みに話しかけたら、誰も返してくれなくて。
それだけじゃなくて、なんとなく避けられてるような気もして……」
声は震えている。言葉にならない気持ちが、彼女の肩を丸めさせていた。
遥は机の上で指先を組み、考えるように口を開いた。
「……俺も、そういうのある。
誰も見てくれないって思う瞬間、胸が詰まる。声を出したくても出せない」
女子はわずかに顔を上げ、遥を見た。
「どうしたら、普通に接してくれるようになるんでしょうか」
「普通に接してくれるかは……相手次第で、俺らにはどうしようもないこともある」
少し言葉に詰まったあと、遥は続けた。
「でも、自分の気持ちを押さえ込まなくていい。
無視されて辛いって思う自分を、恥ずかしがる必要はない」
女子は小さく息を吐き、肩の力を少しだけ抜いた。
「でも、どうしても気になって……。誰も返事してくれないと、私が悪いみたいで」
「悪くない。無視される理由は、自分がどうこうじゃなくてもある。
相手の都合や気分、色んなものが絡むだけで、自分を責める必要はない」
沈黙の中、外の光が夕暮れに変わる。
遥は机に肘をつき、静かに言葉を選んだ。
「無視されると、孤独に押し潰されそうになる。
でも、そこで自分の価値を下げる必要はない。
声を出せなくても、存在しているだけで意味がある」
女子は少しだけ笑った。わずかに、肩の力も抜けたように見えた。
「……存在してるだけでも、意味がある……ですか」
「そう。無視されたからって、自分を嫌いになる必要はない」
ドアを開けると、夕暮れの光が二人を包んだ。
女子は立ち上がり、少し軽い足取りで部屋を出ていく。
遥は机に手を置いたまま、静かにその背中を見送った。
――無視される悲しみは消えないかもしれない。
でも、心の中で自分を否定せず、存在を認めること。
それが、小さな勇気になるのだと、遥は静かに思った。
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