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「先生、お帰りなさい。お疲れ様でした」
瑠衣が笑みを浮かべながら声を掛けた時、侑は柄にもなく鼓動が大きく打ち鳴らされた。
「…………ああ、ただいま」
キッチンから漂ってくる美味しそうな匂いに、思わず侑は鼻を微かに鳴らす。
「もう晩飯作ったのか?」
「今日は肉じゃがと味噌汁とおひたしを作りました」
「ほぉ。美味そうだな」
ソファーに腰掛けると、瑠衣がコーヒーを淹れて彼の前にマグカップを置き、彼女が隣に腰を下ろしてきた。
「ああ、そうだ。友人に楽器の調整を依頼したら『なる早でやるから待っててくれ』って言われたな。調整が終わったら、俺に連絡が来る事になっている」
「そうなんですね」
二人はホットコーヒーを口にしながら、夕食までの時間をのんびり過ごす。
どことなく嬉しさを滲ませている瑠衣の横顔を、侑は彼女に気付かれないように、チラリと見やった。
侑は、家に帰宅した時、瑠衣から『お帰りなさい。お疲れ様でした』と出迎えられた時、心がホッとしている事に気付いた。
彼女の表情を見た瞬間、仕事の緊張感から解放された、とでもいうのだろうか。
瑠衣がこの家に身を寄せるまでは、クタクタになりながら真っ暗な家に帰宅し、自分でリビングのスイッチを付ける事が当たり前になっていた。
それが、家に誰かがいて出迎えてくれる事が、こんなに安堵感に包まれるものだという事を、この歳になって侑は初めて知った。
彼女の微笑みに、少なからずとも癒されているのは確かだ。
「少し早いが、晩飯にしよう」
「じゃあ早速準備しますね」
彼女が立ち上がり、キッチンへ向かう小さな背中を見やりながら、侑はフッと笑いながら髪を掻き上げた。