「偶然だね? さっき一緒にいた人は知り合い?」
俊はどうしても相手の男性の事が気になり、さり気なく聞いた。
雪子は、俊が板倉と一緒にいたところを見ていたのだと知り慌てて言った。
「あ、はい。彼は前の職場の先輩なんです。今日用事があって鎌倉へ行くからお茶しようって誘われて……」
それを聞いた俊は、接客業だから感じが良く見えたのだなと納得する。
そして雪子に聞いた。
「お茶しただけ? なんかあったろう?」
「えっ?」
「顔に書いてある」
「あっ、えっと、はい……ちょっと色々あって……」
「このあと予定は?」
いきなりそう聞かれたので雪子は驚く。
「いえ、特には…….」
「じゃあ天気もいいしまた海にでも行きましょう。車だから、おいで!」
俊は雪子の手を取ると車を停めてある場所へ向かった。
いきなり手を握られて引っ張られるように歩き出した雪子は、何がなんだかわからないといった様子でただ俊について行く。
そんな二人の姿を、用事を済ませた板倉が目撃し驚いていた。
板倉はかなりショックを受けていた。雪子が知らない男性と手を繋いで歩いているからだ。
そして板倉は相手の男を観察した。
板倉は相手の男を観察する。
男は同性の板倉から見てもかなりの男前だった。堂々とした歩き方には自信が溢れている。
普通の勤め人とは違い、どこか華やかなオーラを放っていた。
一体雪子とはどういう関係なのだろうか?
板倉は二人が見えなくなるまでじっとその場に立ち尽くしていた。
俊は雪子を車に乗せるとすぐに海へ向かった。
今日は爽やかな秋晴れだ。
前回海へ行った時よりほんの少し肌寒いが、それでも海辺を散歩するにはまだまだ気持ちの良い気候だった。
俊はカフェから出て来た雪子の表情を見て、何かあったと確信した。
心配事があるなら話を聞こうと咄嗟に海へ誘っていた。
一方、雪子は突然俊が現れて、あれよあれよという間に手を引かれて気付くと助手席へ座っていた。
もし俊が現れなかったら、自分は今頃暗い気持ちのまま家へ帰りソファーに座ってため息でもついていたのだろう。
そう思うと、俊が海へ誘ってくれた事がとても有難かった。
渋滞もなく海まであっという間に着いた。
この前と同じ場所に車を停めると、二人は車を下りて砂浜へ向かった。
砂の上を歩きながら俊が言った。
「今日は桜貝、見つかるかな?」
「見つかりそうな気がします。だって今日は人が少ないし」
砂浜を見渡すと、今日はかなり人が少なかった。
時折ウォーキングをする人や犬の散歩をする人が通り過ぎるくらいで人はまばらだ。
波打ち際まで行った二人は、すぐにしゃがんで桜貝を探し始めた。
今はちょうど引き潮なので期待出来そうだ。
二人はしばらく無言のまま桜貝を探した。
しばらくして俊が叫んだ。
「これか?」
雪子はすぐに俊の所へ行き手のひらの上にある貝殻を見た。
俊の大きな手のひらの上には薄ピンク色の桜貝がちょこんと乗っていた。
「そうっ! これです! 一ノ瀬さん凄いわ!」
雪子は興奮して叫ぶ。
「一つ見つかったら近くにもっとあるはずなんです。桜貝はまとまって打ち上がる事が多いから」
雪子の言葉に頷くと、俊はまた足元を見つめる。
「おっ、またあったぞ! あっ、これもか? なんかいっぱいあるぞ」
「ずるーいどこどこ? 私も拾いたいっ」
雪子が可愛いらしい声で言ったので俊は思わず笑う。そしてこの辺りだよと雪子に教えた。
すると雪子はすぐに見つけた。
「あった! 嬉しいっ! あ、こっちにもまだある!」
と歓喜の声を上げながら雪子は夢中で拾い始めた。
大の大人が興奮して叫んでいるので、子犬を連れて通りかかった高齢の婦人が二人に声をかけた。
「何が見つかったの?」
「桜貝です」
雪子は微笑んで答える。
「あぁ、この辺りはこれからの季節よく打ち上がるわよ。フフッ、頑張って下さい」
婦人は笑顔で言ってから子犬を連れて立ち去った。
どのくらいの時間拾っていただろうか?
二人とも手のひらからこぼれそうなくらいの桜貝を拾っていた。
「もう充分です。嬉しい、今日は大収穫だわ」
雪子が嬉しそうな顔をして言うと、
俊は自分が採った分を雪子の手のひらに乗せた。
「ありがとう」
雪子は更に嬉しそうな笑顔になる。
そして先ほどバッグから取り出した買い物用のビニール袋を広げようとしたが上手く広がらない。
それを俊が広げてくれたので、雪子は手のひらいっぱいの桜貝を袋へ入れた。
「ふわっと持っていないと割れちゃうかも」
雪子はビニールに空気を少し入れて少し膨らませてから口を縛った。
「いっぱい採れたね」
「はい。ありがとうございます」
雪子はニコニコして俊に礼を言う。
そこに、先ほどまでの雪子の暗い表情は見当たらなかったので俊はホッとする。
二人の目の前にはちょうど大きな流木があった。
「少しあそこで休もうか?」
俊が歩き始めたので雪子は後をついて行った。
かなり長い間しゃがんでいたので、足がかなり疲れていた。
流木に腰を下ろした二人は同時に、
「「疲れたー」」
と言ったので声を出して笑った。
今日の波はとても穏やかだ。
太陽光が波打ち際の泡に反射してキラキラと輝いている。
右手には何人かのサーファーが浮かんでいたが、波がないので手持無沙汰なようだ。
「さっき、何があったの?」
突然俊が聞いたので雪子は言葉に詰まる。
「……….」
「言いたくなければ言わなくていいけれど、話して楽になる事もあるよ」
俊は穏やかに言うと海をじっと見つめた。
俊の落ち着いた声のトーンと無理強いしないその姿勢に、なぜか雪子は安心感を覚える。
(この人に言ってみようかな?)
そう思った雪子は口を開いた。
「実は、さっきの人は元夫の同期で私の職場先輩だったんです。私が離婚してからはずっと気にかけてくれていて」
「そっか…….で?」
「今度デートしないかって誘われて…」
俊は驚く。何かあるなとは思っていたが、まさかそんな内容だとは考えてもいなかった。
雪子の言葉を聞いてかなり動揺している自分がいた。
しかしなるべく平静を装って言う。
「で、それを聞いてどう思ったの?」
「彼の事は今までそんな風に見た事はなくて、どちらかと言えば兄のような存在だったからかなりびっくりしてしまって。昔からの知り合いだからつい自分も甘え過ぎていたのかなって、で、そんな自分に嫌気がさしたり。それでちょっとしんどくなっていました」
「そういう事か。でも彼の事を恋愛対象とし見られないならはっきり伝えた方がいいよね?」
「私もそう思いさっき言おうとしたのですがうまく言葉が見つからなくて。今まで本当に良くしていただいたので傷付けるような事は言いたくないし」
「だったらこう言えば? もう付き合ってる人がいるって」
雪子は驚いて俊の顔を見る。
「え?」
「もう既に付き合っている人がいると伝えれば相手も傷つかないだろう? 自分の方が一足遅かっただけで、振られた訳じゃないって思えるし」
「それはそうですが、だからといって嘘をつくのも……」
「嘘にしなければいいんじゃない?」
俊はそう言ってニッコリと笑った。
コメント
4件
↓↓お二人と同感で~す❣️ 俊さん、自然な感じでアプローチ....素敵だなぁ~✨ やっぱり大人の男性の余裕を感じます😎👍️♥️
↓ノルノルさーん!!! 私もそう思う〜(*゚∀゚)*。_。)ウンウン ほんっとに自然なの。俊さんって。 でもこの年代で偽装とかはないと思うんだ。だから… きっと俊さんは想ってる気持ちを穏やかに伝えると思う( ˘ᵕ˘ )
俊さん、言葉選びが神✨ 「嘘にしなければいいんじゃない?」ってなかなかすぐに出てこないワードだわ🤭👍💕