TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
シェアするシェアする
報告する


三日後。

俺はいつものようにフロアに一人、残業に追われていた。

今日の昼間は、ほぼ全く仕事が出来なかったから。

というのも、今日は水曜日。

基山が二週間振りに出社した。

が、タイムカードをきるなり向かった先は、人事部。しかも、泣きながら。

そして、訴えた。

『私が二週間も出社できなかったのは、是枝部長代理にハラスメントを受けたせいなんです!』

で、俺が呼び出された。

「基山くんの業務態度や能力については把握しているが、本人からの訴えをなかったことには出来ない。フロア中に響く声で泣き叫ばれてしまっては、ね」と、中村なかむら人事部長が苦笑いした。

「すみません、ご迷惑をおかけしまして」と、俺はソファに座りながらも背筋を伸ばし、膝に額がつくほど深く頭を下げた。

「個人的にはきみこそ被害者だとわかっているよ。が、しかし、ね」

「わかっています」

はぁ、と中村部長がため息をつく。

彼は、俺が入社した頃の、企画部での指導係だった。

当時は現在いまとは編成が少し違って、営業は仕事を取ってくるだけで、その後は企画部が請け負っていた。

俺は彼の元で、我が社が扱う商品を覚え、提案し、開発を学んだ。

ちょうど一年で彼は東京支社へ異動し、遅れること三年後には俺も東京支社勤務となり、広報部でまた一年、彼と共に働いた。

その頃に比べると、お互いに年を取った。

中村部長は十年ほど前、三十五歳の時に十二歳年下の女性と結婚し、娘が二人いる。一緒に仕事をしていた時は、とにかく家族自慢された。

家族の良さがわからない俺は黙って聞くしかできなかったが、彼がそういったプライベートを話すのは、気を許したごく身近な人間だけだと知り、光栄に思ったものだ。

「社内規定にのっとって、調査してください」

「調査……なぁ」

中村部長は大きく息を吐くと、ソファの背にもたれた。

「めんどくせ」と、天井を見つめて呟く。

「聞こえませんでした」と、俺はテーブルの上の『調査願書ねがいしょ』を見つめながら言った。

是枝の『枝』が『技』になっている。

小学生か、と内心唾を吐く。

「めんどくせぇ!」

今度はハッキリと吐き捨てた。

「わざわざ聞かせないでください!」

俺も、ハッキリと言い返す。

ガバッと体を起こした部長は、バンッと調査願書ごとテーブルを平手で叩いた。

「つーか! 『これわざ』って誰よ! ハラスメントで訴えようって相手の名前もろくに書けないってどういうことよ! つーか、小学生で習う漢字だろ! 俺の娘だって書けるわ! もっと綺麗に!」

「中村部長、外に聞こえますから」

「いーんだよ! 人事部は満場一致でお前の無実を確定している。こんなくだらない案件で仕事増やされて、みんなムカついてんだ」

こうして、素を見せるのも、彼が気を許した極々一部の人だけ。

「これだからコネ入社は……」と、中村部長がガシガシと頭を掻く。

「コネだったんですか?」

「ん? ああ」

「珍しいですね、中村部長が――」

「――俺じゃねーよ。俺が人事部に異動になった時には、基山の採用は確定してたんだ。俺がいたら、絶対阻止してた」

「でしょうね」

中村部長が人事部長になってから、コネ入社は断固拒否していると聞く。

「けど、コネ入社なら尚更、真っ当な調査が必要でしょう」

「……だな」

コネのルートは、聞かない方が身のためだろう。

「お前、溝口とは親しいか?」

「営業の溝口部長ですか? 挨拶と世間話をする程度には」

「じゃ、大丈夫だな」

「溝口部長に頼むんですか?」

「ああ。あいつなら、誰とも何のしがらみもないし、きっちりやってくれるだろ」

「はぁ……」

コンプライアンス違反の調査受付窓口は人事部だが、実際に調査を進めるのは人事部長が任命した調査委員長。調査対象に近すぎず、偏見のない部長職以上が指名される。指名された調査委員長は、自分を含めて男性二名と女性二名の調査委員を編成する。

男女比に差があっては、不公平さが生まれるからだ。

「後の人選は溝口に任せるわ。お前は必要に応じて聞き取りに協力したらいい。あ、基山は当面、総務預かりになるから」

「総務……」

「ああ。業務内容までは指示してないが、あいつは俗に言う雑務に揉まれた方がいいだろうな。課に属さずに何でもさせるように言ってある」

自分がコンプラ違反で訴えられているにも関わらず、俺は閃いた。

「部長、俺の独り言を聞いてもらえませんか――」

やはり俺は、運がいい。

残業中にも関わらず、鼻歌でも歌いたいくらいだ。

「あのぉ……」

初めて声をかけられた時は驚いたこの声にもすっかり慣れた。

勢いよくぐりんっと椅子を回転させ、跳ねるように立ち上がる。

「お疲れ!」

「お疲れさまです……」

柳田さんは、作業着を着ていなかった。清掃ワゴンも押していない。

「話し、聞いた?」

「はい」

「ごめんね、勝手に」

「いえ」

「しばらくの間、よろしく」

「よろしくお願いします」

一時的にとはいえ、基山が総務へ行ってくれたことは、俺にはラッキーだった。

引き換えに、柳田さんを獲得できた。

俺は中村部長の前で、足を組み、顎に手を当て、いかにも困った風に独り言をつぶやいた。

『人手不足で困ってるんだよなぁ。コンプラ委員に訴えられるような上司の仕事なんて誰も引き受けてくれないし。一時的にでいいからアシスタントになってくれる人はいないかなぁ。総務部の柳田さんとか、欲しいなぁ。相当な事務作業のスキルを持ってるのに、勿体ないんだよなぁ。せめて清掃業務のシフトを経営戦略企画部うちに貰えないかなぁ。けどなぁ、清掃業務をやりたがる人なんていないか。コネ入社で婚活に忙しい若い女性にやらせたら、きっと速攻で会社辞めるんだろうなぁ』

中村部長は、ニヤリと悪い顔で笑った。

それだけだ。

デスクに戻ると同時に、総務部長から内線が入り、『かなり不本意ではあるけれど――』と前置きした上で、基山と交代する形で柳田さんを一時的に経営戦略企画部うちの手伝いに行かせると言われた。

ピンチをチャンスに、ってやつだ。

「大丈夫なんでしょうか……?」と、柳田さんが珍しく背を丸めて言った。

「ん?」

「基山さん、清掃業務にかなり不満を持っていらしたようですが」

「だろうね」

清掃業務そのものよりも、作業着を見ただけで退職願を書いても驚かない。

「あ! もしかして、ここにも来ちゃう?」

俺は今、基山と接触するわけにはいかない。

「いえ! 基山さんは始業前清掃の担当になりました」

「そっか。まぁ、一緒に仕事をする人には迷惑をかけて悪いけど、他に引き取り先もなかったらしくてさ」

「はぁ……」

「さ! じゃ、早速だけどこれ頼めるかな」と、手書きの資料を差し出す。

「はい」と、彼女は資料を受け取り、俺の隣のデスクに座った。

「あ、これ、よろしければどうぞ」

リュックの口を開け、中からおにぎりを二つ、取り出す。

「今日は鮭わかめとおかかです」

「ありがとう。緑茶でいい?」

俺はデスクの上の緑茶のペットボトルを彼女の前に置き、おにぎりを受け取る。

柳田さんのおにぎりが食べられて、仕事がはかどり、一石二鳥だ。

俺は自分の置かれた立場も忘れて、鮭わかめのおにぎりを頬張った。

さあ、ふたりの未来を語ろう

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

33

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚