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きらめくシャンデリア、甘く漂うシャンパンの香り、密やかに流れる楽団の調べ……。
(ふふふ、今日も完璧な舞台だわ。)
ソフィアは、扇で顔を隠しながら、ほくそ笑む。
ガルドリア皇国きっての大貴族、アルマ侯爵家主催の舞踏会は、盛大にとり行われていた。
それもそのはず。アルマ侯爵家の一人娘、マリエッタ嬢の婚約が発表されるからだ。
(でも、お相手は、皇太子様。さて、どうなることかしら!)
ソフィアは、完全なる壁の花に徹して、これから繰り広げられるであろう、破談劇を心待にしている。
マリエッタ嬢のお相手、皇太子、ジュリアンは、今年二十五歳になる文字通り、独身貴族で、皇国皇位継承第一位の人物。
しかし、皇国の諸々な決まり事では、婚期をのがした皇太子らしく、焦りに焦った側近達が、有力貴族の令嬢と縁組させようと舞踏会で、婚約発表と手はずを整えているのだが、当のジュリアン皇太子は、ことごとく、その婚約を破棄していく。
それも、どうしたことか、発表パーティーにわざわざ遅れて登場し、声高に、破棄を告げるのだ。
婚約を破棄された相手の令嬢は、蒼白な顔をして、立ちつくす。続いて、招待客は、ざわつき、どうしようかと、皆、固まってしまうのだけど、ああ、他人の不幸は、蜜の味……。皆は、何が起こったのかしら?などと、空々しい言葉を交わしながら、婚約破棄された令嬢を、冷ややかな笑みを浮かべながら眺める。
その、凍りついた場の雰囲気こそ、ソフィアの大好物なのだった。
そもそも、皇太子は、常に、婚約破棄を行っている。そうして、相手の令嬢に恥をかかせる。それを、皇太子が、趣味としているのか、さっぱり不明なのだが、確かなのは、婚約は、確実に破棄されるということで、もはや、次は誰だと、社交界の噂になっているぐらいなのに、婚約発表パーティーは、開かれる。
もちろん、パーティーは、無惨にも婚約破棄という形でお開きになるのだが、そうなると分かっていても、お相手の令嬢は、次から次へと現れていた。
「まあねぇ、皆、ひょっとしたらの、望みに賭けてしまうんだろねぇ。上手く行けば、皇太子妃、しいては、皇后の位が手に入る訳だから……」
ソフィアの隣から、呟きが聞こえた。
「あら、アルマンド。今日もやって来たの?」
「あらら、君だって、高みの見物に来ているくせに。そうだろ?ソフィア」
図星を突かれたソフィアは、突然現れた、シャンパンをがぶ飲みしている男を、ふんと鼻であしらった。
「そろそろ、の、はずなんだけどなぁ。ソフィア、君、どう思う?」
「だと思う。そろそろよ」
「ソフィア、君とは気が合うねぇ」
へらへら、笑いながら、男──、アルマンドは、グラスに残っているシャンパンを、ぐびりと飲み干す。
「まったく、アルマンド、あなたって人は……」
タダ酒を飲みに来ているのか、仕事に来ているのかと、ソフィアはアルマンドを見た。
それにしても、不思議な男だ。
貴族でも無いのに、パーティー会場へどうやって入り込んでくるのだろう。
アルマンド曰く、堂々と、適当な事を言っていれば、大丈夫なのだとか。
それだけに、面がバレると不味いと、彼は、常に、仮面舞踏会で使う、目元だけを隠すドミノマスクを顔に着けていた。
さらさらの金色の髪に、顔を覆う、シルバー色のドミノマスク。くりぬかれている目元の奥では、青い瞳が輝いている。鼻筋は通り、線の細い、端正な顔立ちだろうけれど、半分マスクに覆われている為に、素顔はハッキリわからない。
そして、会場では、当然、目立ってしまうのだけど、そこにまた、アルマンドは、上手くつけこんで、実は、外国の王族だ、亡命貴族だ、などなど、いかにも上位貴族のお忍びです、だから、身元を隠さなければならないのですと、言い逃れしていた。
まあ、本当に、図々しいというか、嘘が上手いというか。
さて、そこまでして会場に顔を出すアルマンドは、ご婦人と、ダンスをする訳でもなく、紳士達と、別室で葉巻をくゆらせながらカードゲームを楽しむ訳でもなく、会場の片隅で、ポケットから、手帳を取り出し、何かを書き留めているばかりだった。
そう、彼の正体は、ゴシップ記者なのだ。
貴族ネタは、庶民に受ける。
そして、延々と続く、皇太子の婚約破棄は、絶好のネタだった。
喉から手が出るほど知りたい情報の為に、アルマンドは、マスクを着け、身バレしないようにしているようなのだが……。
「ねぇ、思うんだけど、誰か、貴族からネタを聞き取ればいいんじゃないの?わざわざ、怪しげなマスクを着けて潜入することもないんじゃないかしら?」
ソフィアは、いつものように、アルマンドへチクチク嫌みを言った。
どう考えても、その方が、安全で楽に仕事ができるのではと、ソフィアは思っていたからだ。
「ああ、そうね。ソフィア、君のように、過去の栄光にすがって生きる貴族を買収するのも手だとは思うけどね、やはり、なんというか、臨場感ってやつですか?それが、欲しいわけなのよ」
自分の目で確かめないと、面白い記事は書けないのだと、アルマンドは言う。
「それにさぁ。そんな、いわゆる没落貴族なんかと関わってしまったら、しょっちゅうこっちの、懐を、あてにされるだろう?」
アルマンドは、ニヤリとしながら、ソフィアのドレスに目をやった。
「うーん、相変わらずの一点モノね。でもさぁ、常に、君が着ているその、紅茶色のドレスは、なかなか、役に立っているんだよ」
「はあっ?!」
言っている意味がわからないと、ソフィアは、アルマンドを睨み付ける。