「少しは……落ち着いたか? あ、いや……落ち着きましたか?」
怜が心配しつつ奏に声を掛けるが、先ほど『馴れ馴れしい』と言われたのを思い出し、慌てて敬語で言い直した。
「別に今更……。いいですよ、葉山さんの普段の口調のままで」
奏が不貞腐れたように言い返すと、怜はホッとため息を吐いた後、右手を後頭部にやり、頭を軽く掻く。
「さっきは……その……………初対面なのに突然馴れ馴れしくして、音羽さんの気分を悪くさせてしまって申し訳ない……」
怜は消え入るような声で謝ると、奏もペコリと頭を下げた。
あれから二人は、モノレールの線路沿いを時々休みながらも歩き続け、怜は自分と奏の荷物も持ち、立川駅周辺にある新しくできたシティホテルのラウンジにいた。
木目調の細かい梁のようなものが複雑に組み込まれた高い天井と、開放的な空間。
間接照明の柔らかな光が包む中、暖かいコーヒーを口にした事で、奏もようやく落ち着きを取り戻したところだ。
「それに……結構長い距離を歩かせてしまって、すまない……」
「私こそ、葉山さんにご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありません」
奏は、どことなく居心地の悪さを感じつつも、怜に軽く会釈をした。
「やっぱり君と話したいって思って追いかけたら……いきなりしゃがみ込んで驚いた……」
居た堪れない気持ちになった彼女は、無言のまま、再び頭を垂れた。
二人の周辺では、宿泊客やラウンジでお茶をする人、ホテル内のレストランへ食事に来たと思われる人で賑わっている。
「披露宴の歓談の時に、音羽さんが弾いた曲を聴いて……どうしても君と話したいって思って、宴会場から出てくるのを待ってたんだ」
「私が弾いた曲……ですか?」
「そう。新郎新婦がお色直しで退場する直前、君はT–SQUAREの『WHEN I THINK OF YOU』を弾いただろ?」
奏は面を食らい、ひゅっと息を呑んだ。
奈美の夫、豪の彼女への溺愛ぶりを思い、即興状態で弾いた曲を聴いて『話したい』なんて思ってる人がいたなんて。
「あの曲、T–SQUAREの曲の中で一番好きなんです。でも……よく分かりましたね」
彼女は、こう言葉を返すしかできない。
「ああ、あの曲、俺もT–SQUAREの中で一番好きな曲だから。それに音羽さん、T–SQUAREの曲を知ってるって事は、吹奏楽部だったのかな? って思ったんだ。俺、高校時代に吹部でサックス吹いてたから」
「葉山さんのお察しの通り、私も高校の時に吹奏楽部でした」
話してみると、この葉山怜っていう人と共通点があるな、と、奏はぼんやり考える。
それに、先ほどは怜の前では取り乱してしまったが、意外と話しやすいかも、と感じていた。