テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
370
308
61
40,435
ある雨の夜、
修道院の薄暗い一室に、
重たい沈黙が落ちていた。
「借りた金は……三十ディナールだったはずだ」
村人の男は、濡れ擦り切れた帽子を胸に抱え、
震える声で言った。
机の向こうでは、
黒い修道服をまとった修道士が、
ゆっくり帳簿を閉じる。
「借りたお金には利息がつくものなのです」
「だとしても、あんまりだ……!」
男の顔には疲労が刻まれていた。
痩せた指先は土で荒れ、
今年の不作をそのまま物語っている。
「こんなこと……神様がお許しになるわけがない」
修道士は静かに微笑んだ。
「私どもは神の声を聴き、あなた方を助けるために、
お金をお貸ししておるのです」
その言葉に、
村人は何も返せなかった。
ただうつむき、
銀貨の入った袋を差し出す。
からん。
修道士は袋の中身を確かめると、
満足そうにうなずいた。
「よろしい」
「神の祝福があなたにありますように」
男は力なく頭を下げ、
部屋を出ていった。
扉が閉まる。
その様子を、
修道院の窓の外から、
一人の少年がじっと見つめていた。
ロビンだった。
壁に身を寄せ、
腕を組みながら、
彼は聞き慣れたやり取りにうんざりしていた。
(どうなってやがるんだ、この国は)
村人は肩を落とし、
石畳の道をとぼとぼと歩いていく。
その背中は、
まるで全部を諦めてしまったようだった。
一方、部屋の中では、
修道士が壁際の十字架へ近づいていた。
聖人像を横へずらす。
すると背後の隠し棚が現れた。
中には、
銀貨の詰まった大きな箱。
修道士は先ほど受け取った銀貨を、
その中へ静かに落とした。
からん。
からん。
鈍い音が部屋に響く。
修道士は両手を組み、
目を閉じる。
「あの者に祝福を」
そして次の瞬間、
小さく付け加えた。
「……私たちに豊かさをお与えください」
梁の影で、
ロビンの眉がぴくりと動いた。
修道士は満足そうに箱の蓋を閉めた。
重たい銀貨の音が、鈍く響く。
からん。
からん。
その音を聞きながら、
ロビンは木の梁の陰で顔をしかめた。
(祝福だぁ?)
(どっちがだよ)
修道士はゆったりと椅子へ腰を下ろし、
机の上の帳簿を開いた。
「次は……マシュー農夫か」
「借り入れ十五ディナール」
「未返済」
「延滞金三ディナール」
「利息七ディナール」
隣の若い修道士が首をかしげる。
「ですが、それでは……」
年老いた修道士は鼻で笑った。
「だから儲かるのだ」
「神への寄進は、神の家を豊かにする」
「神の家が豊かになれば、神もお喜びになる」
若い修道士は黙り込んだ。
ロビンの拳がぎり、と鳴る。
(ふざけやがって)
その時だった。
廊下の向こうから、
別の修道士が慌てて駆け込んできた。
「大変です!」
「また森の盗賊どもが!」
部屋の空気がぴたりと止まる。
年老いた修道士が顔をしかめた。
「……ロビン・フッドか」
「はい!」
「昨夜、街道で王都の教会に運ぶを献金を積んだ荷車が襲われました!」
修道士は深くため息をついた。
「まったく」
「神を恐れぬ連中だ」
梁の上で、
ロビンはにやりと笑った。
(悪いな)
(俺たちは、お前らほど神様に嫌われちゃいねえよ)
修道士たちの足音が遠ざかる。
廊下の向こうで扉が閉まり、
修道院は静けさに包まれた。
ロビンは窓枠を越えると、
音もなく部屋へ降り立った。
薄暗い部屋の中央には、
先ほどの銀貨箱。
ロビンは鼻を鳴らす。
「神様も大変だな」
壁際の十字架へ歩み寄り、
聖人像を横へずらす。
隠し棚が現れる。
中には銀貨。
ぎっしりと詰まった銀貨。
ロビンはためらいもなく箱を抱え上げた。
「神のご加護を」
にやりと笑い、
窓から外へ消える。
その夜。
ロビンは町や街道沿いを歩き回った。
灯りの消えかけた農家。
雨漏りする小屋。
やせ細った子供たち。
見つからないよう銀貨を窓辺へ置き、
時には袋ごと投げ込み、
また次の家へ向かう。
「……?」
「お金……?」
背後で驚く声が聞こえるたび、
ロビンは木陰で小さく笑った。
だが配り終えるころには、
腹はぺこぺこだった。
しかも昼からの雨で川は増水し、
橋は濁流に呑まれている。
「まいったな……」
仕方なく、
川沿いに建つ小さな料理屋へ入った。
扉を開けると、
肉とスープの匂いが鼻をつく。
だが同時に、
奇妙な声が店内へ響いていた。
「おーん……おんおん……」
店の隅で、
大男が泣いていた。
鎧を着た騎士だった。
六尺近い体。
肩幅は樽のよう。
なのに顔を真っ赤にして、
子供みたいに泣いている。
しかも。
気のせいか、
こちらを見ている。
(いやだなあ……)
ロビンは視線を逸らし、
できるだけ離れた反対側の席へ座った。
「スープ一皿」
店主が無言でうなずく。
やれやれ、と息をつき、
ふと振り向く。
目の前に、
さっきの騎士がいた。
「うわっ!?」
ロビンがのけぞる。
騎士は深々と頭を下げた。
「聞いていただいてありがとうございます」
「いや、まだ何も聞いてないけど」
「拙者、リー・リチャードと申す者でございます」
涙をぬぐいながら、
騎士は律儀に名乗った。
「拙者、先の聖地での戦いに従軍したのでござる」
ロビンの眉がぴくりと動く。
「その時の金を修道院に、」
「領地を担保に借りたのでござるが……」
リー・リチャードは肩を落とした。
「明日が返済日なのに、金を用意できぬのでござる」
「ほとほと弱っておるのでござる……」
そう言うと、
騎士はずい、と顔を寄せた。
「袖振り合うも他生の縁」
「なんとか四百ディナール、お借りできないでござろうか」
「無茶言うなよ!大金じゃないか!?」
ロビンは思わず声を上げた。
聞きたくもない話だった。
……なのだが。
“聖地の戦い”
その言葉だけは、
妙に耳へ残った。
ロビンは少し身を乗り出す。
「聖地の戦いっていうと……」
「リチャード様もいたのか?」
すると、
リー・リチャードの顔がぱっと明るくなった。
「おおっ!」
「あの方はすごかったでござる!」
「アッコムでもう負けると聞いていたのに」
騎士は両手を大きく広げる。
「颯爽と大艦隊を率いて現れたのでござる!」
「しかもその先頭で!」
「髪をなびかせながら!」
店の中の客たちまで、
思わず振り向くほどの大声だった。
ロビンの目が輝く。
「もっと聞かせておくれよ」
リー・リチャードの話は面白かった。
酒が入るたびに話は大きくなり、
身振り手振りもどんどん派手になる。
「サラディン軍の矢が空を埋めたのでござる!」
「もう昼なのか夜なのかわからぬほどでござった!」
「うわあ……」
ロビンは身を乗り出した。
リー・リチャードは机を叩く。
「だが!」
「我らが獅子心王リチャード様は違った!」
騎士は椅子の上へ立ち上がった。
「馬を駆り!」
「剣を掲げ!」
『進めぇぇぇぇ!!』と!」
店の客がびくっと肩を震わせる。
店主が嫌そうな顔をした。
「声がでかい!」
「これは失礼!」
リー・リチャードは座り直した。
だが興奮は止まらない。
「しかも強いのでござる!」
「敵を三人まとめて斬り倒し!」
「矢が刺さっても前へ進み!」
「しかも飯をよく食う!」
「最後関係ある?」
「大事でござる!」
真顔だった。
ロビンは吹き出した。
こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。
森での暮らしは気楽だが、
いつも追われる側だった。
税。
代官。
修道院。
飢えた村人。
そんな話ばかり聞いていた。
だがリー・リチャードの語る世界には、
海があり、
砂漠があり、
巨大な城壁があり、
英雄がいた
ロビンは夢中で耳を傾けた。
「で、そのサラディンってのは強かったのか?」
「強いなんてもんではござらん!」
リー・リチャードは腕を組む。
「賢く!」
「勇敢で!」
「しかも部下に慕われておる!」
「へえ」
「敵ながら見事な王でござった」
騎士は少し遠くを見る目になった。
「……だからこそ」
「皆、命を懸けたのでござるな」
店の空気が少し静かになる。
ロビンはスープをすすった。
ぬるくなっていた。
だが不思議と悪くなかった。
「それで?」
「なんでそんな立派な騎士様が金に困ってるんだよ」
その瞬間、
リー・リチャードの顔がまた崩れた。
「おおーん……」
「また泣くの!?」
「戦の金を借りたのでござるぅぅ……!」
「槍も馬も売ったのでござるぅぅ……!」
「あと四百ディナール足りぬのでござるぅぅ……!」
店中の客が苦笑した。
ロビンは額を押さえる。
だが。
(悪い人じゃなさそうなんだよなあ……)
ふと、
腰の袋が重たく鳴った。
修道院から持ち出した銀貨。
ロビンは小さくため息をつく。
そしてぼそりと言った。
「……もし金があったら」
「本当に領地を取り戻せるのか?」
コメント
1件
いやあ第6話めっちゃ面白かったわ! まず教会の金貸しの偽善っぷりがムカつくほど生々しくて、ロビンが「祝福だぁ?どっちがだよ」って梁の上で毒づくところ、最高に気持ちよかった。 んで料理屋で出会ったリチャード!あの鎧着た大男が酒入って「おーん」泣きながら聖地の戦いの武勇伝を熱弁するギャップが好きすぎる。最後の「大事でござる!」とか笑った。 これで「もし金があったら領地を取り戻せるのか?」って流れ…次どうなるんだろう。続きすげえ気になる!🔥