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東屋 朧
蒼乃(キャラボ中〜!)
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第四話 ①【ロッカー27】
通話が切れたあとも、北松誉はしばらくスマホを耳に当てたまま固まっていた。
「……北松?」
シオンの声で、ようやく我に返る。
「誰」
誉はゆっくりとスマホを下ろした。
「知らない番号です」
「それは見れば分かる」とシオン。
「俺の名前を知ってた」
詩織が小さく息を呑む。
「それで?」
「“そのロッカー、開けないほうがいい”って」
沈黙。
新宿駅西口のロッカー前は、夜のくせにやけに明るい。
けれどその瞬間だけ、周囲の空気が一段冷えた気がした。
「……開けるなって言われたら、逆に気になるな」
シオンが言う。
「気になるで済ませないでください」
「じゃあ帰る?」
「ここまで来て帰れるわけないでしょう」
「ほら」
「ほらじゃない」
誉は自分で言ってから、またやってしまった、と思った。
シオンに“見て見ぬふりできないタイプ”認定されるのが腹立たしい。だが否定しきれないのがもっと腹立たしい。
詩織が不安そうに二人を見比べる。
「でも、開けないほうがいいって……中に危ないものが入ってるってこと?」
「爆弾とか?」とシオン。
「やめてください!」
誉の声が思ったより大きくなって、近くを通ったサラリーマン風の男が怪訝そうにこちらを見た。誉はすぐに声を潜める。
「そういうことを軽々しく言わないでください。通報案件になるでしょう」
「じゃあ通報する?」
「それは……」
誉はロッカーを見た。
小型の扉。番号は27。使用中。
ただの荷物入れにしか見えない。見えないのに、知らない男から“開けるな”と電話が来たせいで、一気に禍々しく見えてきた。
「警察に言うべきでは?」
詩織が言う。
「相良さんに」
「うん、それが正しい」と誉は即答した。
「つまんない」とシオン。
「つまんないで判断するな」
「でもさ、警察呼んだら、どうせ“勝手に動かないでください”って言われるよ」
「当然です」
「そしたら中身、すぐ見られないかも」
「それも当然です」
「俺は今見たい」
「知らないです」
シオンはロッカーの前にしゃがみ込み、投入口や扉の隙間を見る。
誉はその背中を見て、嫌な予感しかしなかった。
「あなた、まさか開けようとしてません?」
「暗証番号分かんないのにどうやって」
「ならいいですけど」
「でも、この機種、管理会社呼べば身分確認で開くよね」
「よくない知識があるな……」
詩織がロッカーの前で落ち着きなく指を組んだ。
「秋山、何入れたんだろ」
「“渡す前に確認”って書いてた」と誉。
「誰に」
「そこが分からない」
「北松かも」とシオン。
「やめてください」
「だってメモに名前あったし」
「イニシャルです」
「K.H.」
「わざわざ言わないでください」
誉は額を押さえた。
考えれば考えるほど分からない。
どうして自分のイニシャルがあるのか。どうしてシオンの名と並んでいたのか。どうして住所まで知られていたのか。
その時、シオンが立ち上がった。
「北松、さっきの番号、かけ直して」
「は?」
「電話の主」
「出ると思います?」
「思わない。でも履歴は残る」
「それに何の意味が」
「なんとなく」
「雑だなあ」
それでも誉は発信履歴を開き、知らない番号へかけ直した。
呼び出し音、一回。
二回。
三回目で、留守番電話に切り替わるかと思った瞬間、相手が出た。
「……もしもし!」
誉が思わず声を張ると、相手はしばらく黙っていた。
呼吸音だけがかすかに聞こえる。
『……開けるなって言っただろ』
低い男の声。
さっきと同じだ。
「あなた誰ですか」
『関係ない』
「関係なくないでしょう。どうして俺の名前を知ってるんですか」
『そんなことより、そこから離れろ』
「嫌です。説明してください」
横でシオンが、もっと喋らせろ、という顔で手をひらひらさせる。
誉は腹が立ったが無視した。
『説明してる時間がない』
「何があるんですか、中に」
『……』
「答えてください」
『お前ら、もう見られてる』
ぶつり。
「切れた!」
「ナイス、北松」とシオン。
「全然ナイスじゃないです」
「でも情報増えた」
「増えてないですよ。怖いこと言われただけで」
「“見られてる”ってのは重要」
シオンはすぐに周囲を見回した。
誉もつられて振り向く。
夜の駅構内。
少し離れた自販機の前でスマホをいじる女。
ベンチで寝ている酔っ払い。
足早に通り過ぎる二人組。
どこにでもありそうな景色だ。
でも、どこにでもありそうだからこそ分からない。
「……誰かいるんですか」
詩織が声を潜める。
「いるかもしれないし、いないかもしれない」とシオン。
「最悪の答え」
「でも本当」
誉は喉を鳴らした。
やはり警察に言うべきだ。そう思ったとき、ふいにロッカーの列の向こう側で、清掃員の制服を着た中年の男がこちらを見ているのに気づいた。
一瞬、目が合う。
男はすぐにモップを押して視線を逸らした。
ただの清掃員かもしれない。
でも今は、その“ただの”が信用できない。
「……あの人」
誉が小声で言うと、シオンもちらりと見た。
「分かんない。今は全部怪しく見える」
「それ、困るやつでは」
「困る」
シオンはロッカーの番号をもう一度見て、ふと詩織に聞いた。
「秋山、ロッカー使うときの暗証番号の癖とかあった?」
「癖?」
「誕生日とか、バンドの結成日とか」
「知らない……でも」
「でも?」
「4桁なら、よく“0321”使ってた」
「何の日」
「飼ってた犬の命日」
「重いな」
「そこ今いる?」
誉が言うと、シオンは肩をすくめた。
「使ってた、って情報はいる」
ロッカーにはテンキーがある。
つまり暗証番号式。
誉は嫌な予感しかしないまま、それを見つめた。