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なな
50
#闇
ruruha
1,988
393
外伝1 紙芝居「カラフル桃太郎」
土曜日の午後。
児童館の小さな部屋には、低い椅子が三列に並べられていた。
その前に置かれているのは、木でできた紙芝居の枠だった。
まだ絵は見えない。
閉じられた扉だけが、これから何かが始まることを知っているように、子どもたちの前でじっとしている。
ユウナは一番前の席に座った。
隣にはコウ。
その向こうにはミナト。
三人の後ろにも、小学生くらいの子どもたちが十人ほど集まっていた。
ユウナは胸元の人格タグを指で触った。
現在の表人格 代表人格
交代候補 物語人格 ツッコミ人格
「今日は代表で見る」
小さく言うと、内側から物語人格がすぐ返してきた。
途中で代わって。
「やだ」
ツッコミ人格も出たがっている。
変なところがあったら呼んで。
「呼ばない」
隣のコウが顔を向けた。
「誰と話してるの?」
「うちの中」
「今日、にぎやか?」
「いつも通り」
コウは納得したようにうなずいた。
本人も少し前まで質問人格だったらしく、胸元のタグには交代履歴が残っている。
そこへ、ベージュのエプロンを着けた紙芝居のお姉さんが入ってきた。
木枠の後ろへ座る。
子どもたちの声が、少しずつ小さくなった。
「今日は、昔から伝わるお話です」
お姉さんは、閉じられた紙芝居の扉に手をかけた。
「みんな知っているかな?」
後ろから声が飛ぶ。
「桃太郎!」
「まだ見えてないよ!」
「タイトル書いてあった!」
お姉さんが笑う。
「そう。今日のお話は、桃太郎です」
ミナトが小さく胸を張った。
「知ってる。桃から生まれて鬼ヶ島行くやつ」
ユウナが横を見る。
「全部言わないで」
「まだ全部じゃない」
「かなり言った」
お姉さんが扉を開いた。
一枚目。
山と川。
川辺には、おばあさんが立っている。
上流から、大きな桃が流れてきていた。
「むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが暮らしていました」
お姉さんの読み聞かせ人格が、ゆっくりした声で話し始める。
「おじいさんは山へ仕事に。おばあさんは川へ洗濯に行きました」
川の向こうから、大きな桃が流れてくる。
「どんぶらこ」
お姉さんが言う。
子どもたちも続く。
「どんぶらこ」
「どんぶらこ」
「どんぶらこ」
コウの笑い人格が出た。
「桃、大きすぎ」
絵の桃は、おばあさんの上半身くらいある。
ユウナも少し笑った。
おばあさんは桃を拾い、家へ持ち帰った。
次の紙が抜かれる。
家の中。
おじいさんとおばあさんが、大きな桃を前にしている。
「おばあさんの料理人格が、桃を切ろうとしました」
ユウナが一瞬止まった。
料理人格?
お姉さんは当然のように続ける。
「ところが、おばあさんの世話焼き人格が言いました。こんなに大きな桃なら、中に何か入っているかもしれない。慎重に開けましょう」
ミナトがユウナを見る。
ユウナもミナトを見る。
「普通に人格いるんだ」
「昔からいるでしょ」
「そっか」
この世界の昔話なのだから、昔の人に人格がいても何もおかしくない。
子どもたちはそれ以上気にしなかった。
桃が割れた。
中から少年が飛び出す。
「おぎゃあ!」
お姉さんの演技人格が大きな声を出した。
コウがびくっとして、それから笑った。
「桃から生まれた少年は、桃太郎と名づけられました」
紙芝居の桃太郎は、元気そうに手を上げている。
「桃太郎には、もちろんいくつもの人格がありました」
ユウナの物語人格が少し前に出た。
目が絵に吸いつく。
桃太郎の横には、小さな吹き出しが三つ描かれていた。
代表人格。
出発人格。
慎重人格。
食いしんぼ人格。
ユウナが小声で言う。
「四人じゃん」
コウの質問人格が出る。
「桃から出た時から人格いたの?」
お姉さんは紙芝居の外から答えない。
そのかわり物語の声で続けた。
桃太郎はすくすく育った。
力もついた。
よく食べた。
よく遊んだ。
人格もよく交代した。
ある日のこと。
村に、鬼ヶ島の鬼たちの話が伝わってきた。
食べ物を持っていかれた。
道具を持っていかれた。
困っている村人がいる。
桃太郎は立ち上がった。
「僕が鬼ヶ島へ行きます!」
お姉さんが力強く読んだ。
次の瞬間。
紙が半分だけ抜かれた。
同じ桃太郎なのに、座っていた。
「……どこへ?」
子どもたちが一斉に笑った。
ユウナのツッコミ人格が飛び出した。
「早いよ!」
お姉さんも笑いをこらえながら続きを読む。
「出発人格が鬼ヶ島行きを決めた直後、慎重人格に交代してしまったのです」
桃太郎の慎重人格は、おじいさんとおばあさんを見た。
「鬼ヶ島って遠いんですか?」
「遠い」
「海を渡るんですか?」
「渡る」
「鬼がいるんですか?」
「いる」
「行きたくないです」
部屋の中に笑いが広がった。
おじいさんの心配人格も前に出る。
「そうだな。危ないからやめてもいい」
すると桃太郎の出発人格が戻る。
「行きます!」
慎重人格。
「行きません!」
出発人格。
「行きます!」
慎重人格。
「地図をください!」
出発人格。
「地図なしでも行ける!」
慎重人格。
「それが一番危ない!」
ユウナは膝を叩いて笑った。
「もう出発できないじゃん」
ミナトの昔話人格が少し困ったように言う。
「俺の知ってる桃太郎と違う」
コウが言う。
「でもこっちの方が普通じゃない?」
ミナトは少し考えてから、うなずいた。
確かに。
人格がいるなら、こんな桃太郎の方が普通だった。
やがて、おばあさんの料理人格がきびだんごを作った。
丸くて、やわらかそうなきびだんご。
桃太郎の食いしんぼ人格が出る。
「全部食べていい?」
「旅の途中で仲間にあげる分ですよ」
「半分だけ」
「だめです」
「一個だけ」
「だめです」
「味見」
「もう三個味見しました」
ユウナの内側で物語人格が笑っていた。
ツッコミ人格も笑っている。
代表人格まで笑っていた。
ようやく桃太郎は出発した。
山道を歩く。
一歩。
二歩。
三歩。
そして犬が現れた。
「桃太郎さん。その腰につけているものは何ですか?」
「きびだんごです」
桃太郎の代表人格が答える。
犬の食いしんぼ人格が、すぐ前に出た。
「ください」
慎重人格に交代。
「待ってください。何が入っていますか?」
忠実人格。
「いただけるなら、あなたについて行きます!」
また食いしんぼ人格。
「まず食べてから考えます」
桃太郎の交渉人格が腕を組む。
「順番が逆じゃない?」
子どもたちがまた笑う。
ユウナはだんだん紙芝居の中へ引き込まれていった。
紙が一枚抜かれるたびに、世界が少しずつ前へ進む。
次は猿。
その次はキジ。
猿の元気人格は、きびだんごを見るなり仲間になると言った。
いたずら人格に交代すると、桃太郎の袋からもう一個取ろうとした。
作戦人格になると、急に地面へ枝で地図を書き始めた。
「鬼ヶ島へ正面から行くのはよくない。ここから回り込む」
桃太郎の慎重人格が食いつく。
「詳しく聞かせて」
出発人格が割り込む。
「早く行こう!」
作戦人格。
「待て!」
出発人格。
「待たない!」
慎重人格。
「待って!」
犬の忠実人格。
「桃太郎さんについて行きます!」
犬の慎重人格。
「でも待った方がいいと思います!」
猿のいたずら人格。
「じゃあ俺だけ先に行こうかな」
全員。
「だめ!」
紙芝居の前で、子どもたちまで声をそろえて笑った。
キジが仲間になる場面では、さらに時間がかかった。
偵察人格はすぐに鬼ヶ島を見つけに飛びたい。
怖がり人格は海の向こうへ行きたくない。
おしゃべり人格は、島へ行く前に全員の自己紹介をもう一度聞きたい。
桃太郎一行は、海へ着くまでに何度も止まった。
「この昔話、長そう」
ユウナが言った。
ミナトがうなずく。
「人格多いと旅が進まない」
コウの質問人格が手を上げる。
「でも一時間に一回くらい変わるんでしょ?」
お姉さんは演技人格のまま、紙芝居の桃太郎を指差した。
「この桃太郎たちは、緊張すると少し早く交代するようですね」
子どもたちは納得した。
鬼ヶ島が見えてきた。
岩の多い島。
大きな門。
その向こうに、鬼たちがいる。
桃太郎の出発人格が言った。
「よし!乗り込むぞ!」
慎重人格。
「待とう」
全員がずっこけそうになった。
「ここまで来て!?」
ユウナのツッコミ人格が声を上げた。
紙芝居のお姉さんも笑っている。
桃太郎の慎重人格は、島をじっと見た。
「本当に戦う必要があるのかな」
猿の作戦人格が地面へ線を引く。
犬の慎重人格がうなずく。
キジの偵察人格が空から島を見て戻ってきた。
「鬼たちはいる。でも、門の前に話し合い用の旗が出ています」
桃太郎の交渉人格が前へ出た。
「じゃあ話してみよう」
ミナトが首をかしげる。
「戦わないの?」
ユウナも少し驚いた。
知っている桃太郎なら、ここから鬼退治が始まる。
けれど紙芝居の中では、桃太郎たちは門の前に立った。
鬼の頭領が現れる。
大きな体。
紫の衣。
肩には鉄の棍棒。
強気人格が叫んだ。
「何者だ!」
桃太郎の交渉人格が答える。
「村から来た桃太郎です。持っていった物を返してください」
鬼の頭領の強気人格が鼻を鳴らす。
「いやだ!」
次の瞬間、話し合い人格へ交代する。
「……ただし、理由は聞こう」
子どもたちが笑った。
コウが言う。
「鬼も変わるんだ」
ユウナが答える。
「そりゃそうでしょ。この世界なんだから」
桃太郎は、村で困っている人の話をした。
食べ物がなくなったこと。
道具がなくなったこと。
返してほしいこと。
鬼の頭領は腕を組んだ。
強気人格が何度か前へ出ようとする。
けれど話し合い人格が我慢させる。
その顔が、少しずつ変わっていった。
反省人格。
「……持っていきすぎたかもしれない」
猿のいたずら人格が小声で言う。
「かもしれないじゃないだろ」
犬の忠実人格が桃太郎の横でうなずく。
キジのおしゃべり人格が、そこから長い。
「村ではですね、鍋が足りなくなって、畑の道具も減って、食べ物を分けるのも大変で、それから――」
鬼の頭領が両手を上げた。
「わかった!わかったから!」
部屋の子どもたちが笑った。
ユウナは、鬼退治が始まらないことがだんだん面白くなってきた。
紙芝居の桃太郎は、剣を抜かない。
犬も飛びかからない。
猿も暴れない。
キジもつつかない。
代わりに、人格が交代する。
強気。
慎重。
交渉。
反省。
作戦。
おしゃべり。
島の門の前は、戦場ではなく、大きな会議みたいになった。
鬼の頭領の反省人格が言った。
「持っていった物は返す」
桃太郎の代表人格がうなずいた。
「ありがとうございます」
出発人格がすぐ続ける。
「じゃあ運ぼう!」
慎重人格。
「量を確認してから」
食いしんぼ人格。
「きびだんご休憩しない?」
犬の食いしんぼ人格。
「賛成」
猿の作戦人格。
「帰りの船への積み方を先に決めよう」
キジのおしゃべり人格。
「それなら僕が上から数えて――」
桃太郎の代表人格が、少しだけ疲れた顔をした。
「みんな、一個ずつお願いします」
ユウナは笑いすぎて、お腹を押さえた。
「桃太郎、大変」
コウも笑っている。
「主人公なのにまとめ役だ」
ミナトは紙芝居をじっと見ていた。
「でも、こっちの桃太郎もいいな」
その声は小さかった。
ユウナが聞き返す。
「なんで?」
「一人で全部決めてないから」
ユウナは少しだけ紙芝居を見る目を変えた。
桃太郎の中には、勇気だけではなく慎重さもいる。
勢いだけではなく、話し合おうとする人格もいる。
犬にも猿にもキジにも、それぞれ違う考えがある。
だから進むのは遅い。
けれど、鬼ヶ島までちゃんと着いた。
そして、帰る準備までできた。
次の紙が抜かれる。
帰りの船。
返してもらった荷物。
桃太郎たち。
そして鬼たちも数人、荷物運びを手伝っている。
村へ戻ると、おじいさんとおばあさんが待っていた。
おじいさんの心配人格が桃太郎を抱きしめる。
「無事だったか!」
桃太郎の照れたような代表人格が笑う。
「ただいま」
おばあさんの料理人格は、すぐに鍋を用意し始めた。
「みんな、お腹がすいたでしょう」
桃太郎の食いしんぼ人格が飛び出す。
「すいた!」
犬。
「僕も!」
猿。
「俺も!」
キジ。
「僕は三回くらい言おうとしてました!」
鬼の頭領の強気人格が出る。
「我々も食べる!」
反省人格に変わる。
「……いただいてもいいでしょうか」
おばあさんが笑った。
「もちろん」
最後の紙。
村の大きな食卓。
桃太郎。
おじいさん。
おばあさん。
犬。
猿。
キジ。
鬼たち。
みんなが並んで食事をしている。
その頭の近くには、たくさんの小さな吹き出し。
それぞれの人格が、まだ何か話している。
お姉さんの声がゆっくりになる。
「こうして桃太郎は、たくさんの人格と、たくさんの仲間に助けられながら、村へ戻りました」
桃太郎の出発人格が、もう次の旅を考えている。
慎重人格は地図を確認している。
食いしんぼ人格はおかわりを探している。
交渉人格は鬼たちと次の約束を話している。
「桃太郎はその後も、自分の中のみんなと相談しながら、にぎやかに暮らしたそうです」
お姉さんが最後の紙を抜いた。
木枠の中が閉じられる。
「おしまい」
少しの静けさ。
そのあと。
拍手が広がった。
ぱちぱちぱち。
ユウナも拍手した。
コウは笑い人格のまま、かなり強く手を叩いている。
ミナトも、知っている桃太郎とは違ったのに満足そうだった。
紙芝居のお姉さんが木枠から顔を出した。
「どうだった?」
いくつも手が挙がる。
「桃太郎、人格多かった!」
「犬がきびだんごばっかり見てた!」
「鬼と戦わなかった!」
「キジしゃべりすぎ!」
「猿の作戦人格ほしい!」
コウの質問人格が手を上げた。
「昔の人も、今と同じくらい人格いたの?」
お姉さんの表情が、少しだけやわらかくなる。
「昔話の中では、そうだったみたいですね」
ユウナの物語人格が前へ出た。
紙芝居の閉じた扉をじっと見る。
「じゃあ、浦島太郎も?」
「どうでしょう」
「かぐや姫も?」
「いるかもしれませんね」
「一寸法師も?」
「小さな体の中が、かなりにぎやかかもしれません」
子どもたちが笑った。
ユウナのツッコミ人格がすぐ言う。
「体より人格の方が多そう!」
お姉さんも笑う。
児童館の時計が鳴った。
ちょうど一時間。
子どもたちの胸元で、人格タグが次々に震え始める。
代表人格から遊び人格へ。
質問人格からおやつ人格へ。
物語人格から帰宅人格へ。
ユウナも目を瞬いた。
現在の表人格 ツッコミ人格
「あ、変わった」
コウが見る。
「何になった?」
「ツッコミ」
「じゃあ最後に紙芝居へ何か言って」
ユウナは閉じられた紙芝居の木枠を見た。
少し考える。
桃太郎は鬼ヶ島へ行った。
鬼とは戦わなかった。
旅の途中で何回も止まった。
仲間はみんな好き勝手だった。
桃太郎自身の中も、ずっとにぎやかだった。
それでも。
ちゃんと帰ってきた。
ユウナは笑った。
「桃太郎、次の旅はもうちょっと相談してから出発して!」
部屋に笑い声が広がる。
木枠の向こうで、紙の桃太郎まで困ったように笑っている気がした。
帰り際。
ユウナは紙芝居のお姉さんの横を通った。
「また昔話やる?」
「やりますよ」
「次は何?」
「まだ決めていません」
ユウナの物語人格が、奥から強く押してくる。
浦島太郎。
浦島太郎。
ツッコミ人格も乗ってきた。
亀について行く人格と行かない人格で揉めそう。
ユウナは振り返った。
「浦島太郎がいい!」
コウも叫ぶ。
「僕も!」
ミナトの昔話人格まで前へ出る。
「それなら知ってる!」
お姉さんは少し笑って、木枠を閉じた。
「では、いつか」
外へ出ると、午後の風が頬をなでた。
ユウナは歩きながら、さっきの桃太郎を思い出す。
知っているようで、知らない昔話。
昔の世界にも、自分たちと同じように、たくさんの人格がいた。
そう思うと、桃太郎が少しだけ近く感じた。
勇敢な主人公。
だけではない。
怖がる時もある。
迷う時もある。
食べたい時もある。
話し合いたい時もある。
全部まとめて、桃太郎。
ユウナは自分の人格タグを見た。
ツッコミ人格。
その奥に、代表人格。
物語人格。
自分も似たようなものだ。
「ねえ」
コウが隣を歩きながら言う。
「ユウナの中で鬼ヶ島行きたい人格いる?」
「いない」
「一人くらい」
「絶対いない」
内側から物語人格が小さく言った。
紙芝居の中なら行ってみたい。
ユウナは立ち止まった。
「……いた」
コウが笑った。
ミナトも笑った。
三人は、児童館の前の道を歩いていく。
背後では、紙芝居の木枠が片づけられている。
その中で桃太郎たちは、次にページを開かれる日まで、またにぎやかな会議を続けているのかもしれなかった。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 「カラフル桃太郎」、めっちゃ好きでした…! 桃太郎に慎重人格とか食いしんぼ人格がいて、鬼ヶ島に行くのに「待とう」ってなるのが、もうツボすぎて声出して笑いました😂 鬼にも話し合い人格がいるのがこの世界らしくて、戦わない桃太郎がすごく優しくて温かいなって思いました。 ユウナが「浦島太郎がいい!」って言ってるところ、私も続きがすごく気になります…! 次の紙芝居も楽しみにしてます🌙