コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ずっと二人で雲の上から下界を見ていた。
雲の上から見る〝人間〟は酷く滑稽で
そんな様子を見ては二人で腹を抱えて笑っていた。
「何故あの男の人は顔を真っ赤にして怒っているんだろう」
「思い通りにならなかった!って叫んでいるね」
「思い通りにしてどうするんだろう」
「思い通りになったら面白く無いのにね」
あぁ、滑稽、滑稽。
「あの人はずっと部屋に一人きりだね」
「一人が好きなんじゃないのかな?」
「でも寂しい、寂しいって泣いてるよ」
「外に出れば人が一杯居るから一人が好きなんじゃない?」
「だったら何故外まで歩いて行かずに泣いてばかりいるのかな…」
「泣くのが好きなんじゃない?」
「おかしいね」
あぁ、滑稽、滑稽。
「ずっと迷路で迷ってる人が居るよ?」
「出口がわからなくて困ってるね。」
「今まで歩いてきた道を紙に書けば良いのに…」
「書けないから困ってるんだろう?」
「何故書けないの?」
「自分が歩いてきた道を思い出したくないからだよ」
「でも思い出せないと又、同じ道で迷うのに?」
あぁ、滑稽、滑稽。
二人は大きな〝欲〟を持たなかった。
でも二人には音楽があった。
音楽は互いの心を繋ぎ、二人を会話させたから
それで満足だった。それ以上は関心が無かった。
だから下界で起きている全ての出来事が
滑稽にしか映らなかったのかもしれない。
毎日毎日、ずっと二人で音楽以外何も無い生活。
それでも退屈を覚えずに毎日毎日無邪気な顔して笑っていた。
「ねぇ、あの女の人はとても幸せそうだよ?」
「男の人に抱きしめられて嬉しそうだね」
「空に舞い上がらんばかりだね」
「舞い上がってここまで上がってこれたら祝福してあげようか…」
そう言って二人で見守っていた女の人は
次の日には何やら手紙を胸にベッドに泣き伏せてしまった。
「昨日はあんなに幸せそうだったのにね…」
そう心配する君に「愛だ恋だがよく判らないけど何だか滑稽だね」そう笑うとボソリと「どんなのかなぁ…」と呟いたまま君は泣き伏す彼女を見ていた。
高揚したり…絶望したり…信じたり…裏切ったり…
「…きっと音楽よりはつまらないよ」
「そうかなぁ…」
「そうだよ」
「下へ降りて知ってみようか…」
僕の手を握り、君はそう悪い顔で言った。
「嫌だよ。下へなんて下りたら羽が無くなってしまうよ、きっと。」
そう眉間に皺を寄せる僕に君はただ、
「無くなったら駄目なの?」
そう首を傾げたまま考え込んでしまった。
答えが返せないまま時は過ぎ…心が離れ…
とうとう音楽でさえ二人を繋げなくなった。
空々しい旋律が空気に木霊して僕は頭を抱えるだけで…とうとう音を出す事さえ辛くなってしまった。
君はそんな事を知ってか知らずか判らないけど
ずっとその空々しい旋律を楽しそうに吹いていた。
「下へ降りてみるよ」ある日突然君はそう言って
下界の雑踏に紛れ込んでしまった。
僕はその様子をただ、楽器を吹き鳴らしながら見ていた。楽器からは悲しい旋律ばかりが出てきて空は曇ってしまった。
曇ってしまった空は下界の君を隠し、
とうとう行方がわからなくなってしまった。
君の居ない雲の上はとても静かですれ違う音も無いから音を出す事はあまり辛くなくなったけれど
どんなに楽しく吹いてもその旋律は悲しみに濁ったままだった。
それでも僕は吹いた。毎日、毎日飽きもせず。
下界に堕ちた君になんてもう興味ないや、と言いながら時々覗き込んで君の姿を探した。
似たような人は沢山居たけど君ほどのずる賢い奴は居なかった。
似たような人は沢山居たけど君ほどの悪趣味な奴は居なかった。
似たような人は沢山居たけど君ほどの性格の悪い奴は居なかった。
似たような人は沢山居たけど君程…
君ほど………楽しい奴は居なかった。
沢山の人と出遭ったけれど皆、君では無かった…
それが凄く悲しくて空しかった。
だから毎日楽器を吹いていた。飽きもせず毎日毎日。
自分でも嫌になる程いつも悲しい音しか出なかった。
ある日、下界を見てみたら君がこっちに向かって
手を振っていたのが見えた。
君は満身創痍で…僕に助けてくれ…と手を振っていた。
「利己的な君の事だ!僕の事等忘れてたくせに」僕がそう笑うと「一度だって忘れた事は無いさ!あの時が一番楽しかった」
そう悲しい目で僕を見る君を「自業自得だね、滑稽だ。」と笑うと君は一言「助けて…」と呟き僕に手を差し伸べた。
僕が欲しかったのはそんな君じゃない。
〝憐れ〟で人を釣る低俗な君は君じゃない。
言葉に出さずにそう思いながら楽器を吹くと
君はハラハラと涙をこぼし雑踏の中に消えていった。
その背中を見ても僕は昔の君を思い出すばかりで…
今の君をちっとも惜しむことが出来なかった。
愛だ、恋だ、なんて所詮は全てエゴなんだよ。
醜く穢れた欲でしか無いんだよ。
遺伝子に組み込まれた愚かな種の保存用プログラムでしか無いんだよ。
だったらこの僕の痛みは何なのだろう…。
僕はいつか見た男の人の様に顔を歪ませ君を罵倒した僕は…
世俗に堕ちて、塗れ…穢れてしまった君をあざ笑った僕は
あれ…?堕ちたのはどっちだ…?
そう思った瞬間背筋に汗がスーッと流れたのを感じた。
自分の感覚に間違いが生じていないとしたらその雫は何に邪魔される事も無く真っ直ぐと下に流れ落ちていった。
鼓動が激しく僕をからかう様に激しく打った。
まるで今まで自分の悪戯に気がつかなかった俺を笑う
いじめっ子の様に楽しそうに腹を抱えた。
震える指先でそっと背中を探った先には
何も当たらなかった…
僕にはもう羽が無かった
あぁ…堕ちたのは僕の方だったんだ…。
そう判った瞬間景色は反転し、翼を持たない僕は
まっさかさまに青い空へ堕ちていった。
青い色が胸いっぱいで胸やけがしそうだった。
きっと僕は元の世界へはもう返れないだろう。
雲の上の孤独よりももっと深い孤独に堕ちるんだろう。
それでも瞳を閉じて思うのはあの時の君だけ。
その君が居ないならもう孤独で構わない。
何処へでも連れて行け、空よ。
【END】