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影猫パーカー@最低週1投稿目標
第5話〜弱者の涙〜
ドンン、、と凄まじい衝撃と共に、フウゴの視界が上下に回転した。
背中が硬い泥の地面に叩きつけられ、肺の空気が強制的に絞り出される。
そして間髪入れず、分厚い影がフウゴの上にのしかかった。
首元を、万力のような力で掴まれた。
ギリ、ギリと気道が押し潰され、頭が破裂しそうなほど血がのぼる。
指を引き剥がそうと、フウゴは爪が割れるほど敵の腕をかきむしったが、大木のようにビクともしない。
「お前らは… 間違ってる! 何一つ正しくなんが…ない ッ!!」 残った酸素のすべてを切り詰めたフウゴの叫び。
だが、その正義の言葉は、目の前の男の眉一つ動かすことはできなかった。
男は冷徹な目でフウゴを冷たく見下ろした。
「おい…てめえは何一つわかっていない」
ドカッッッ
無造作に振り下ろされた拳が、フウゴの頬を激しく殴りつける。
視界が真っ白に染まり、耳鳴りが脳内を支配する。
意識が遠のきかけるフウゴの髪を掴み、男は顔を至近距離まで近づけて、さらに言葉を叩きつけた。
「なぁ、敵ってのはな、殺さないと虫のように何度でも湧き出てくる。なにより 歴史がそれを証明している。 俺は終わりのない戦いより、終わりのある戦いを選択した。俺はハヤテ、冥土の土産に覚えておけ」
圧倒的な現実の暴力。フウゴの信じていた正義が、木端微塵に砕かれた。
男がトドメの石剣を振り上げた瞬間、奇跡的に味方の放った矢が近くの地面に突き刺さり、男がわずかに怯む。
フウゴはその隙を見逃さず、死に物狂いで男の体を蹴り飛ばし、堀を埋め尽くしている丸太を渡って森へ走る。
あいつらは、この時間を選んで襲撃してきたのだ。
ーー夜の森。
灯りのない純粋な漆黒、飢えた野獣、恐ろしく、そして美しい神々。
この時代、夜の森に深く入ることは確実な死を意味していた。
敵は黄稲村の人々が森へ逃げ込めば、大自然の脅威が勝手にトドメを刺してくれることまで、計算に頭に入れていたのだ。
木の枝が顔を切り裂き、足がもつれて何度も転ぶ。 暗闇の奥から、無数の野獣の不気味な咆哮と、こちらを値踏みするような無数の赤い眼光が迫る。あそこにいるのが、なんの神かも考えたくない。ただひたすらに走った。
「くそ!弥生人だよな、戦い方が…いくらなんでも戦術的じゃねえか?!」
喉はカラカラに渇き、息が上がって胸が張り裂けそうだ。極限の恐怖と絶望で、フウゴの足がすくみかけた、その時だった。
突如として、視界が開けた。
ーーそこは、森の最深部。
周囲の不気味な闇とは一線を画す、息を呑むほどに青く、澄み切った池がそこに広がっていた。
夜だというのに、池の底から淡い光が湧き出ているかのように、水面がサファイア色に美しく輝いている。
フウゴは吸い寄せられるように池のほとりへ這いつくばり、その水をすくって喉に流し込んだ。驚くほどに冷たく、清らかな水が、渇いた身体に染み渡っていく。
ハァ、ハァ、と息を整えていると、不意に、水面が静かに波紋を描いた。
優しく水が揺れる音が響き、池の奥から、大蛇が現れる。 見た目は白い大蛇だが、ただならぬ何かを感じる。
それはこの青き池の神、イヒカヌシであった。
神聖な光を纏った、息を呑むほどに美しい姿。ただそこに存在するだけで世界がひれ伏すような、超越した神の力。
フウゴはそのあまりの威容に身体を硬直させた。「ごめんみんな、もう無理みたいだ」
流石のフウゴも自分の最後を悟った。
……. しかし池の神は攻撃してこなかった。
イヒカヌシの深く澄んだ瞳が、静かにフウゴを見つめる。
その瞳には敵兵のような冷酷さは微塵もなく、ただ迷い込んだ哀れな生き物を憐れむような、大いなる慈悲が宿っていた。
池の神が静かに息を吐くと、その神秘的な光に導かれるようにして、周囲の暗闇からヤソガをはじめとする黄稲村の民たち、そしてタカたち4人組 が、ふらふらと姿を現した。
イヒカヌシの放つ神聖な気配の前に、周囲にいた飢えた獣たちは一斉に姿を消し、森には穏やかな静寂が戻る。
神による、奇跡的な救済。
「イヒカヌシ…..ありがたい。我々を引き合わせてくださったか」ヤソガが涙ぐんだ顔で呟いた。
「ヤソガさん、黄稲村の皆さん、無事でよかった。とりあえず夜が開けるまで静かに待機しましょう…..」
誰一人として眠るものはいなかった。
そこに残されたものは弱き者の涙のみ。
夜が明け、イヒカヌシが静かに池の底へと消え去った後。
黄稲村の一同はもしかしたらという微かな希望を胸に、恐る恐る村へと戻った。
かなり走っただろうか。獣道を通ったせいか足の裏に血が滲んでいる。
そこに広がっていたのは、息を呑むような凄惨な光景だった。
「あ… あぁ……」
誰かの絶望的な声が漏れる。
昨日まで自分たちが笑い合い、助け合って暮らしていた家々は、すべて焼き払われ、ボロボロに破壊し尽くされていた。地面には血がこびりつき、大切に育てていた 作物は踏みにじられている。あたり一面には女子供の亡骸。
守るべきものが、 帰るべき場所が、
完全に消え去っていた。
「ふざけるな…! なんであいつらに、あんな目に遭わされなきゃいけないんだよ!!」
若者たちは地面を叩き、頭を抱えて泣き叫んだ。
この時代にはまだ戦争という概念そのものがあまりない。 当然、敵を迎え撃つための武器も、防衛設備なんて最初から何も作られていなかった。 ただ豊かに暮らしていただけの民にとって、この破壊はあまりにも不条理だった。
コメント
1件
うわあ……読んでて息が詰まるような回でしたね。フウゴの「間違ってる!」っていう叫びが、暴力の前ではまったく通じない——その無力感が生々しくて辛かったです。 でも、あの青く澄んだ池とイヒカヌシの登場にははっとしました。夜の森=絶望という流れの中で、慈悲そのものみたいな存在が現れる構成が美しい。神様が“攻撃してこなかった”という描写に、この世界の理みたいなものを感じます。 しかし戻った村の惨状……「守るべきものが消えた」という一文が重く刺さりました。次、どう立ち上がるんだろう。