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森の魔女の弟子になりたいという少女は、緊張の面持ちでマーサを見上げていた。不安気に揺れる瞳は切実さを物語っているように見て取れた。


「一体、どういうことなのでしょう?」


用件は済んだとばかりに早々と退散しようとしていた男の腕を掴んだまま、マーサはじろりと睨みつけた。

知り合いに頼まれたと言っていたので、彼は少女の家族ではないようだ。なのに一切の説明もなく館に置いて行こうとしている。逃げられたらどうしようもない。


「あ、えっとですねぇ……」


込み入った事情でもあるようだが、素性の分からない者を中へ入れる訳にもいかない。かと言って、入口前での立ち話では子供には辛いだろうと、庭に配置してあるガーデンテーブルへと二人を促した。

今朝はクロードは来ていなかったので、庭仕事の邪魔になることもない。


木製の椅子へと腰を落ち着けた後、ウェルス商会の商会長だと名乗る男が仕方ないといった風に口を開いた。


「この子、メアリーの親は宝飾品の加工職人をしております。うちの商会とも取引があり、その縁から親しくさせてもらっておりまして」


最初に彼は主に宝飾品を取り扱っていると言っていたから、作り話では無さそうだ。メアリーと呼ばれた少女は男の隣の椅子でお行儀良く座っていた。


「今朝、預けている商品の様子を見に工房に行った際に、こちらのお屋敷に伺ってみようと思ってると話したところ、是非メアリーを連れて行ってくれと頼まれまして……」

「それは先ほども聞きましたわ」


知り合いから頼まれたとはいえ、この辺鄙な館に子供を置き去りにしようとした意味が分からない。どういう事情があるのやらと少女の様子を伺った。特に身なりが貧素という訳でもなく、どこにでもいそうな街の子供だ。綺麗に結ばれたツインテールは親からおざなりにされて育っているようにも見えなかった。


「森の魔女様の弟子になりたいとか?」

「はい」

「どうしてご両親ではなく、商会長さんと一緒なのかしら?」


過去にベルが弟子入りを受けたことがあるのはマーサも知っていたし、それに関してはベルも頭から拒みはしないだろう。皆、ベルとの力の差に圧倒されてすぐに辞めて行ってしまい、誰も長続きはしなかったけれども……。

なんにせよ弟子入りを希望するにしても、ただの知り合いに引き連れられて訪れて来た子は初めてだ。


マーサに思い当たるのは、一つだけ。生活がままならなくなっての口減らしなのだろうか。


「父さんが手を怪我して、工房の仕事が出来なくなってしまって……」

「腕の良い職人なんですが、もう何か月もまともに工具が持ててないようです」


メアリーの言葉を足すように、ウェルス商会長が説明した。

聞いてみると、マーサの予想したように家計が苦しくなったからと親が娘を放り出したというのとは少し違っているようだった。


「私が家を出たら、少しは家族が楽になるかなと思って」

「親は相当、反対したようなんですが、この子がどうしてもと言ってるみたいなんです」


とても可愛がられていた為に、親に連れて行ってとお願いしても、いつまで経っても出して貰えそうもなかったから、代わりに商会長に頼んでもらったということらしい。


難儀な子ねぇ、とマーサは心の中で呟いた。

本当の話なら力になってあげたい気もするが、弟子入りとなると世話係の一存では何も決められない。


「メアリーといったかしら、お幾つなの?」

「11歳です」


しっかりしているのでもう少し上かと思っていたから驚いた。親元を離れる年齢には早いような気もする。


「一応、アナベル様にもお伺いはしてみますけれど……」

「よろしくお願いします!」


期待を込めた瞳で見上げられて、マーサは少したじろいでしまう。子供の純真さには勝てない。

逃げ帰らないようにと商会長にはしっかりと釘を刺してから、二人を庭に残して館へと戻る。


しばらく後に外に出てきたマーサから中に入るようにと促され、二人は緊張を隠し切れない様子で館のホールで森の魔女と対峙することとなった。


「あ、お初にお目にかかります、私はウェルス商会の……」

「コホン。商談は抜きでお願いいたします」

「あ……申し訳ありません……」


ソファーで待つベルの姿を見つけ、意気揚々と名乗り上げかけた商会長をマーサは制した。

二人にも腰かけるように勧めながら、ベルは目の前の硬い表情の少女をじっと見つめた。


「弟子入りを希望、でしたかしら?」

「はい……」


顎に指を当てて首を傾げる。長い栗色の癖毛がふんわりと揺らいだ。


「んー。何を教えてさしあげたら、良いのかしら?」


その場にいた一同が揃って、え?とベルを見る。魔女に弟子入りというと、魔法や調薬を教えるに決まっているじゃないかと。


「魔力が無いとなると、困ったわね……」


教えてあげられることは何も無いのよね、と呟く。マーサから話を聞いて少し興味を持って会うことにしてみたものの、メアリーからは魔力を微塵も感じられなかった。


「メ、メアリー、お前、魔力持ちじゃなかったのか?」

「え? そうなの……?」


キョトンと不思議そうにしている少女に、隣に腰掛けている商会長がぐったりと背中を丸めた。いくらかの魔力があって言っているのかと思って連れて来たのに、ただの子供の戯言に付き合わされただけだったというのか。


「でも私、お水は出せるよ」

「蛇口の横にある石を触ったら、だろ?」

「うん」

「それは魔石の力で、メアリーの魔力じゃないんだよ……」


子供によくある勘違い。魔石に込められた魔力は目に見えないから、魔法を使っていると錯覚してしまうのだ。その子供の反応を面白がって否定せずにいる親は意外と多い。メアリーの親もそのタイプのようだ。


「ご両親は分かってて頼んだんでしょうね」

「くっそ……」


思えば、子供を家から出すにしては身軽だなと思っていた。心配なら一緒に来ればいいと何度言っても来なかったのは、結果が分かっていたからで。

長い付き合いのある職人のタチの悪い冗談にまんまと乗せられてしまったという訳だった。


「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。今日は大人しく連れて帰らせていただきます」


深々と頭を下げてから、ウェルス商会長は気の抜けたように笑っていた。ほら、帰るぞとメアリーの肩を押して立ち上がらせ、もう一度頭を下げる。


「え、でも……」

「いいから。メアリーは魔女にはなれないんだから」


納得いかない顔をしながら、渋々に付いていく。


「そうね。どうしてもというのなら、マーサに弟子入りしたらどうかしら?」

「ア、アナベル様?!」

「今は私だけじゃないから、マーサも仕事が増えているでしょう?」


本気ならご両親と共に来ることと付け足して、緩やかに微笑む。

家族を楽にしたいというのが本当なら、魔女の弟子じゃなくても世話係の見習いでも良いはずだ。


「また来ます!」と元気に言い残して、メアリーは軽やかに館を後にした。

猫とゴミ屋敷の魔女 ~愛猫が実は異世界の聖獣だった~

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