「あっ」
涼ちゃんがやらかしたといわんばかりに、大げさなくらいに表情をゆがめて声を上げる。
「なに涼ちゃん」
飾りつけをしていた手を止めて、元貴が怪訝そうに彼の方を見た。
「忘れ物……」
「なに?まさかプレゼント忘れてきた?」
俺がすかさずからかうように言葉を投げると、彼はこれ以上ないくらい申し訳なさそうな顔つきをして
「そのまさかのまさか……」
まじかよ。俺と元貴は顔を見合わせて思わず吹き出す。
「ウソでしょありえない!」
元貴が声をあげて笑う。
「だってさっき入ってきたときなんかおっきな袋持ってなかった?」
「そう、それもそうなんだけど、もう一個あるの!そのもう一個の方忘れてきちゃった!」
またそのパターンかよ、うっかりが彼の代名詞とはいえいくらなんでもおもしろすぎるだろ。彼は去年の俺の誕生日にも「もうひとつプレゼントがある」と言って、それは当日には間に合わなかったから後日渡すねと言われていたのだが、ほぼ毎日会うくせにいつも忘れてきて、結局俺がそれを受け取ったのは年が変わってからだった。
「これじゃお年玉じゃん」
年越しライブ番組の撮影終わりに寄った彼の部屋で、そのもう1つのプレゼントを受け取りながら俺は笑った。
「だってなぁんか渡すタイミングが……」
「いや、いくらでもあったでしょ!ほぼ毎日会ってんじゃん俺ら」
それはそうなんだけどね、と彼は何か言いにくそうにもごもごと言葉を濁す。きっとここまで先延ばしにしてしまったことに、彼なりに罪悪感を覚えているのだろう。そう判断した俺は、話題を変えようともらったプレゼントのことを口にする。
「え~でもまじでうれしいっ!前から俺が欲しいって言ってたレコードじゃん」
へへ、大切に聴く!と笑顔を見せると、彼はほっとしたように笑った。
「じゃ、あんま長居しても悪いし帰るね。プレゼントマジでありがとう、涼ちゃん。ほんと嬉しい」
「うん……あのさ、若井」
玄関のドアに手をかけた俺を彼が呼び止める。
「ん?」
なんだろう、と俺は彼の方に向き直ったが、涼ちゃんは何か言いかける様にして口を開いてから、やっぱり思い直したように口をつぐんで
「お誕生日おめでとっ!」
なんて言ってみせる。俺の誕生日が1月1日みたいじゃん、と笑って俺は彼と別れた。何を言いかけたのか、気にならないわけではなかったが、その時はかなり疲れていたのもあり、聞き返すことなく彼の家を出てしまった。完全に聞き返すタイミングを逃した今となっては、あの時に聞いておけば、なんて思ったりもする。
「今年もお年玉コースかぁ?もう若井、誕生日正月でいいんじゃない」
事情を知っている元貴が揶揄うように言う。
「えっ、でも今年はもう手元に届いてはいるんでしょ?」
「うん。家に忘れてきちゃった」
「じゃあやだ!せっかくだからちゃんと誕生日に欲しい!涼ちゃん今から一緒に取りにいこ」
「えっ、いまから?」
驚いたように涼ちゃんが声をあげた。元貴も意外そうに俺を見ている。
「いいじゃん。せっかく涼ちゃんからのプレゼントなんだもん、当日に欲しい。元貴、このわけわかんない飾りつけ、やっといてよ」
「わけわかんないっていうなよ!お前がこれがいいって言ったんじゃん」
しかたないなぁ、と元貴は呆れたようにため息をついた。
「大した距離じゃないしさっさと行って来たら?俺先にケーキ食べてる」
「なんでだよ!俺の誕生日だぞ、食うなよ!」
「食わねぇよ、いまグルテン避けてるし」
「なんでだよ、せっかく俺の誕生日なんだから食えよ!」
どっちだよ!とツッコミを入れる元貴に、涼ちゃんはおかしくてたまらないといった風に笑う。
「ごめん、じゃあ、ぱっと取り行って来ちゃおう。俺一人でもいいけど……」
「いいせっかくだし俺も行く、めちゃくちゃ気になるから」
こどもかよ、と元貴から笑われながら、俺と涼ちゃんは俺の家を出る。あのすべてを溶かしてしまうんじゃないかというくらい暑かった夏がウソのように、今日の空気はひんやりとしていて秋の匂いがする。あっ意外と寒い、と言って首を縮こまらせた涼ちゃんの指先をそっと握った。彼はちょっとぎこちなく身体を強張らせたけど、それも一瞬のことで、何も言わずにそれを受け入れた。俺は彼の指先を握ったまま、タクシーを止めて乗り込む。前々から何かと彼の手を握ることがあるせいか、こんな風に手を繋いでも彼は何も言わない。拒否られるよりは全然いい。別にこの繋いだ指先の熱の本当の意味が彼には伝わらなくてもいいから、どうか変わらずに俺の側にいてほしい、なんて思ってしまう俺は結構女々しいのかもしれない。
「ね、涼ちゃん、もう一個のプレゼントって何?」
「え~、それは渡してからのお楽しみだよ」
なんだろう、めちゃくちゃ気になる、と言いながら俺は流れていく窓の外の景色に目を遣る。思いがけず手にした彼との二人の時間がもっと長いものであればいいのにと願うのに、タクシーのスピードは緩むことなく街の景色を流していく。あっという間に涼ちゃんのマンションに到着し、繋いだ指先は自然とほどけてしまった。
「じゃあすぐ持ってくるから」
と彼は俺を玄関に残してさっさとあがっていってしまう。玄関先にまで満たされている彼の匂い。ちょっと甘くて、あったかい感じがして、何だか安心してしまう。でもそんなことを考えてしまう自分がちょっときもいかも?なんて勝手に気まずく思ったりして。そんな俺の心の中の葛藤など知る由もなく、彼はすぐに満面の笑みで戻ってきた。
「ごめんお待たせ~ちゃんと昨日、机の上に用意してたのに忘れちゃうんだから不思議だよねぇ」
はい、と渡される小さめの白い紙袋。そんなうっかりをするのは彼くらいなものだろう。
「わ、ありがとう!」
「……じゃあもどろっか、元貴待ってるし」
あ、と俺は言葉に詰まってしまう。別に何の用事もないんだけど、せっかくのこの時間があまりにもあっけなく終わってしまうことが、さみしい。何か話題を、と咄嗟に思い浮かんだことを口にする。
「あっ、あのさ、正月にプレゼントもらいにきたとき涼ちゃんなにか言いかけてたよね?あれなんだったの?」
彼はきょとんとしてから、あぁ、と気まずそうに笑う。
「よく覚えてたねそんなこと……別に大したことじゃないよ」
そっか、と俺は頷く。そう言われてしまったら、何も返せなくなってしまう。でもなんだろう、やっぱり彼のその表情には違和感がある。何となく動けなくなってしまった俺の様子に、彼も何か感じ取ったのだろう。ちょっと躊躇ってから
「あのね……あのね、俺、ほんとうはわざとだったんだ」
「え?」
「今日、こっちのプレゼント忘れたの」
どういうこと、と首を傾げた俺に、彼はますます言いにくそうに、それは、とか、あの、とか意味を成さない言葉をとぎれとぎれに紡ぐ。
「忘れたら、前の時みたいにまた、若井がうちに来てくれるって思って……」
ごめんなさい……と消え入りそうな声と共に俯く涼ちゃんを俺は信じられないような思いで見つめる。だってそれじゃ、まるで彼が、俺といることを望んでくれているみたいじゃないか。でもそんなに都合のいい話があるだろうか。でも、耳まで真っ赤になりながら震える彼を見ていたら、そんな疑いなんてどうでもよくなって、俺は思わずその肩を抱き寄せた。
「えっ、わ、若井……?」
戸惑うように声をあげた彼に、涼ちゃん、と呼びかける。
「ねぇ、俺の勘違いだったら押しのけて……ちゃんと俺を拒んでね」
彼の顎にそっと指先を添える。潤んだ瞳が戸惑いに揺れながら俺を見つめ、それからそっとそのまぶたは閉じられた。ゆっくりと唇が触れあい、それから確かめるように何度も何度も角度を変えて重ねられていく。ようやく互いの唇が離れ、真正面からその目線が交差した時、俺の心は信じられないような現実を受け入れた甘い喜びに支配されていた。
「夢みたいだ……涼ちゃん、お得意の“うっかり”でキスされちゃっただけとか言わないでよ?」
「ちょ……っ、いくらなんでも俺そんなんじゃないけどっ」
ごめんうそうそ、と俺は笑いながらもう一度彼を抱きしめる。
「もう一度俺をここに呼んで……どうするつもりだったの?またそのまま帰すつもりだったわけ」
う、と彼は言葉に詰まる。
「だって、怖くて言えなかった。あの時だって、帰らないでってホントは言いたかったんだ。でも、若井はなんてことなく俺のことかわいいっていうし、手だって繋ぐじゃない。意識してるのは俺ばっかりだと思ってたから、好きだなんて言って気持ち悪いって思われたら……」
「思うわけないじゃん!俺誰彼構わずかわいいって言わないでしょ、手だってあんな風に自分から繋ぎに行くの涼ちゃんだけだよ。でもそれで十分って思っちゃってた。べつに特別なんかなれなくても側にいれたらそれでって」
でも、と俺は続ける。
「こうやってもう『特別』知っちゃったら、もう離してやれない。……いいよね、涼ちゃん?」
彼は同意の言葉を口にする代わりに、その手を俺の指に添えて、目を伏せる。俺たちの唇は再び吸い寄せられるように重なる。今度はもっと深く深く、甘く甘く——
「おっっっせぇ!!」
すっかり飾り付けられた部屋の真ん中で不貞腐れたように元貴が仁王立ちしていた。
「ごめん……うわぁすごいなぁこの装飾!ありがとう元貴!!」
「わざとらし……で?無事誕プレはゲットしたわけ?」
「あ」
俺は慌ててぱっと手元を見つめる。涼ちゃんも同じように、あっと小さく声をあげた。俺の右手は空っぽ。左手には……涼ちゃんの右手。怪訝そうに首を傾げる元貴。
「玄関に置いてきた」
「なんでだよ!!!」
「あ、でもほら!代わりに『涼ちゃん』持ってるから」
「訳分かんねぇ!それは引っ張ってきたって言うんだろ!ていうか出てった時となんも変わってねぇじゃんか!」
何しに行ってきたんだお前ら!と元貴が今日一番じゃないかってくらいの声でツッコミを入れた。肝心のプレゼントは、キスしながら押し倒したときに、うっかり潰さないようにと端に除けてそのままだ。しかもそのあと手を繋いだまま出てきたから……。あちゃあ、と俺は涼ちゃんと顔を見合わせる。
「まぁ……都合がいい時、取りに来たら?」
腐るもんでもないし、と彼は言う。もう「持ってきてもらう」必要なんてなくて、「特別な理由」がなくても俺は君の家を訪ねていける。そんな事実が嬉しくて、照れくさくって、俺は口元を緩ませながら大きく頷いた。それになんだかんだ一番のプレゼントを、もうこの左手にもらっているしね。
※※※
若井さんバースデーということで記念作品をかかせていただきました!
もちろん💙💛 です
今年は涼ちゃん、誕プレちゃんと渡せたかな……笑
「最年少」ひろぱも29歳(*´︶`)おめでとう〜っ!!
コメント
4件
最高です〜!!!!やっぱり天才ですね💕︎取りに行ったプレゼント忘れちゃうとかおっちょこちょいすぎて可愛すぎでした👍👍👍
ひゃ〜ッ💘かわいいです………ッ😍!!! 勘違いだったら押しのけて、にドキドキしてしまいました🫠お誕生日おめでとうございますぅぅ💙💛
薄々気付いてたのですが、私、いろはさんの💙💛もめっちゃ好きです🤭💕