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野々さくら
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ありあ
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僕は、怪異探求倶楽部を書く上で
決めていたルールがふたつあります。
まず、ひとつ目が『死亡シーンを描かない』
これは『人が死ぬシーンを一切描かない』
という意味ではありません。
正確には『無駄な死亡シーンを描かない』
ということです。
これも『SpecialFile−あとがき− 2』で語った話と少し重複してしまうのですが、僕は、ある種のホラー作品にありがちな流れに、以前から違和感を持っていました。
たとえば、映画の煽り文句で『途中退場者続出』みたいに、とにかく『怖いですよ』みたいにアピールしている作品があったりしますよね。
ところが、実際に蓋を開けてみると、ただグロいだけ。
それって本当に『怖くて途中退場した』のでしょうか。
単純に「血の色やグロテスクな映像が苦手で、気分が悪くなって退場しただけなんじゃね?」と思ってしまうんです。
僕は、そういう演出があまり好きではありません。
もちろん、グロテスクな描写がある作品そのものを否定しているわけではありません。
ただ、物語上さほど必要ではなかったりする人物を、突然殺したり自殺させたりして
『ほらどう?どう?怖いでしょ?どう?』と恐怖を演出するやり方には、どうしても違和感があります。
たとえば、いきなり人が飛び降りる。
効果音が「ドーン!」
観客が「きゃー!」
そして製作者が「してやったり!」
とガッツポーズする!みたいな。
「いやいや、ここでこの人を殺す必要あった?」
僕はそう思ってしまうんです。
だから怪異探求倶楽部では、恐怖演出のためだけに、意味のない死亡シーンを入れないというルールを決めていました。
たとえば、龍河が霊に取り憑かれ、錯乱した末に、信愛たちの目の前で自ら喉の動脈をナイフで切ってしまう。
そして信愛が返り血を浴びて「きゃー!」と叫ぶ。
そういうシーンは描きたくありませんでした。
もちろん、過去に起きた事件として、魂に刻まれた記憶上で、死を描くことはあります。
でも『ここで人が死んだら怖いだろう』という理由だけで人を殺したくはない。
そもそも、目の前で人が自殺するなんて経験をしたら、普通の人間は『次の場面では普通に活動する』なんてことにはならないと思うんです。
強烈なトラウマになって、その後の日常生活に大きな影響が出てもおかしくない。
なのに、ホラー作品では、目の前で凄惨な死を目撃したキャラクターが、次のシーンではケロッとしていることがあります。
僕は、そこにも違和感がありました。
だからこそ作品中では『人が死ぬこと』そのものを恐怖演出の道具にしない。
死を描くのであれば、佳苗の餓死や、千歳の死、西鉄雄の拳銃自殺のように、物語上の意味を持たせる。
それが、この作品を書く上で決めていた一つ目のルールです。
コメント
1件
×××さん、あとがき拝読しました。「無駄な死亡シーンを描かない」というルール、すごく共感します。単に「怖がらせるため」に人が死ぬ演出って、確かに違和感ありますよね。キャラの死が物語として意味を持つからこそ、読者の心に残る——佳苗や千歳の死がそうだったんだなと、今さらっと腑に落ちました。作品の構造をこうして言語化してくれるの、設定好きとしては嬉しいです。続きも楽しみにしています!